第15話 観覧車
その後、俺と前原さんはミラと合流した。
ミラは、満足した様子で、「三回も乗っちゃったよ」と言った。
三回も乗るとは化け物だ。
その後も色々な乗り物に乗った。
「はあ、楽しかった」
ミラが楽しげにそう呟く。もうすでに日は落ち始めている。
楽しい時間もそろそろ終わりを迎えるようだ。
「最後に何のるー?」
「そりゃあれじゃない?」
前原さんが指さした。そこには観覧車が置いてあった。
「あれに乗りたいの?」
「うん、実はそうなんだ」
そう言って前原さんは首肯した。
前原さんが自分の意志をはっきりと言った。少しは慣れてきているのだろうか。
「でもあれって男女二人で乗るもんじゃない?」
「なら、ミラには一人で乗ってもらうか」
「ええ? 私よりも前原さんを選ぶの?」
そう言って俺の背中をパンパンと叩いてくる。
「損なのやだよ浮気だよ」
「俺たちカップルじゃないだろ」
「友達でもカップルだよ。それに私は智也の事好きだし」
そう言って、頬を膨らませるミラ。
「は?」
「冗談だよ」
疲れる。
「なら、三人で乗ろうぜ」
「分かったよ、智也のけち」
そう言って唇を尖らせてきた。
ミラは、楽しければ何でも自分勝手だからな。
そして、俺たちは観覧車の列に並ぶ。
ただ、ジェットコースターほどの並びではない。
そこまで長時間費やすわけではなさそうだ。
列の中で話すことはもちろん、今日の振り返りだ。
「今日は楽しかったねっ!!」
ミラが元気そうに言った。
先ほどの不機嫌はどこへやら。
おそらくは、場を和ませるための冗談だったのだろう。
「うん。思った以上に色々とあったね」
「ね」
ミラが手を出してくるので前原さんはそれに返す。
「ほら、智也も」
「あ、ああ」
そして俺ともハイタッチをかます。
「まさかこんなに楽しい遊園地になるとは思わなかったよ」
「智也たちがジェットコースターに乗ってくれてたらもっっと楽しかったのに」
「無茶を言うな」
「私、無理だよ」
俺たちは互いに顔を見て頷く。
俺たちを殺す気なのかなこの悪魔は。
そうこうしている間に、順番が来た観覧車の座席は俺と前原さんが隣同士で、ミラはその対面という形になった。
これに関してもミラは不服そうだったが、
「対面だからいいじゃねえか」
そう、俺が言うと、納得したような様子を見せた。
観覧車が少しづつ上へと上がっていく。
段々と空の旅へと誘われていく。
遊園地に遊びに行くという一大イベントの最後にはこれが合っている。
「きれいだな」
俺はふと呟いた。
あの景色。まさに素晴らしいなと思う。
「えー智也ロマンティック」
「お前は黙ってくれ」
「分かってないなあ、こういう場合は今日の思い出話をする機会なんだよ。これはデートじゃないんだからさ」
「それは分かってるよ」
「別に、ハーレム状態とは言っても、無理に男を出さなくてもいいんだよ」
「はあ……」
よくわからねえ。
「じゃあ、思い出話しようよ、ジェットコースターの話とか、ジェットコースターの話とか」
「それしか頭にないのかよ」
「うんっ!!」
言い切りやがった。
「やっぱり速かったよね。ゆっくりと上がって行ったと思ったら急スピードで落ちて行ってさ、風が気持ち良かったよ。その後も体がねじれそうなほどにぐるぐるとして行って、本っとうに楽しかった。三半規管ぐちゃぐちゃになりそうになるけど、それでも楽しさが勝つね。二回乗ってもいいくらい。それに、途中でね――」
「ミラ、俺たち乗ってないからやめて欲しい」
それをするなら帰り道にできる。わざわざ観覧車という場所でする話じゃない。
「えー」
「前原さんは今日何が楽しかった?」
ミラを無視して、前原さんに話しかける。
「そうね、カートとあのソフトクリーム屋さんの時かな」
「前原さん、それって私がいない時ばっかりじゃん」
「そうかも」
そう言って前原さんは微笑んだ後、軽く俺の顔を見た。
俺といた時が楽しかった、という事なのかな。そうだとしたら嬉しいんだが。
思えば前原さんと同居生活が始まってからまだ四日ほどしかたってないんだよな。
最初は不安で仕方がなかったが、今となっては楽しい事ばかりだ。
「とーもや」
顔をつねられる。
「なににやにやしてんのよ」
「は?」
「だからなににやにやしてんの?」
俺、そんなににやにやしていたのか。
「俺はにやにやしていたわけじゃ……」
「にやにやしてたように見えたよ。ね、前原さん」
「うん、見えた」
ちょっ前原さんも。
これはしまったな。
「きっと今日が楽しかったから、にやにやしてたんじゃないか?」
「え、なんかロマンティックになってない? 痛いよ」
「なんだよ」
俺はそっぽを向く。もはや正解のない問題を解かされている気分だ。
全てが不正解なのだから。
「ねえ、春田君」
前原さんが耳元で言う。
「今日はありがとうね、来てくれて」
「なんで耳元なんだよ」
俺も返す。
「こんなこと言ったら、長谷部さんに悪いじゃない」
確かにそう言う意味に捕らえられるかもしれない。だけど、
「大丈夫だろ。ミラはそう言うところちゃんとわかっている。それに今の状況の方がまずいかもしれない」
前原さんにそう言ってミラの方を見ると、超絶ダイナミックに分かりやすくにやにやしていた。
これを見て、真顔だと思う人も怒ってるとも悲しそうな顔だとも思わないくらいに。
「ねえ」ミラが立ち上がり俺たちの元へとくる。「何を二人で話してるの?」そして軽く不機嫌だ。
結局俺がミラのジェットコースターの話を遮りながら、ミラをないがしろにしていることなのだろうか、浮気(友達関係の)してるからなのだろうか。
いや、分かっている。目の前でこそこそ話をされて嫌じゃない人はいない。
こそこそ話をするという事はミラに聞かれたくない話と安易に(ミラに)推測されるからだ。
どう言い訳しようかと思っていた時、前原さんが俺を制して言う。
「ただ、智也君も来てくれてうれしかったっていう話」
「本当にそれだけ?」
「それだけだよ。別に深い話はしてないけど、もし長谷部さんの前で行ったら失礼になるかもなって」
「失礼? なんで?」
「だって、二人きりだと楽しくないみたいだから」
「別にそんな意味になんて取らないよ。私は、三人で来れて幸せだから、むしろ私の方が怖かったし、だって急に三人目呼んだんだし」
「それは……」
「だから大丈夫だよ」
「そうね」
そして、頂上が見えてきた。
「そろそろ窓の外を見てみろよ」
俺のその言葉を聞き、二人は窓の外を見る。
そこにはきれいな夕焼けに照らされた街の景色があった。
「いいね」
ミラはそう呟いた。
「お前もロマンティックじゃないか」
「いいじゃん、ね、前原さん」
「うん、こういう気持ちに浸ること自体普段は出来ない事だしね」
「前原さん分かるじゃん」
「うん」
なんだよ、理不尽な。
「ねえ、前原さん、私の事下の名前で呼んでよ」
「え?」
ミラの唐突な提案に前原さんは驚いたようだ。
「だってさ、長谷部さんじゃなくて私もミラちゃんって呼ばれたい」
「それはミラの願望じゃないか?」
「いやいや、私は思うんだよ。だって、下の名前で呼び合わないと、対等な友達関係とは言えないと。だから、下の名前で呼び合お!!」
ミラは前原さんの手を掴みながら言った。
一瞬前原さんはびくっとするが、すぐに平常を取り戻し、
「分かった、ミラちゃん」と言った。
「ありがとう! ……あれ、前原さんの下の名前って何だったったけ」
「え?」
前原さんは分かりやすく目を丸くする。
「夢子だ」
俺がそう言うと、ミラは素っと息を吸って、
「夢ちゃん」
「うんミラちゃん」
そして二人の少女は互いにハイタッチした。
その後、観覧車は地面へと着地し、俺たちの長い遊園地の旅は終わりを告げた。




