第13話 理由
そして、ゴーカートの車から降りると、ミラが手を振って「お疲れ様」と言った。
「それにしてもゆっくりだったね」
「お前の運転が速すぎるんだよ」
俺はそう言って息を吐いた。
そしていったん外に出ると、その瞬間、同時に幸原さんの姿を目に捕らえた。
まだ列に並んでいる。今は三組から四組待ちと言ったところか。
「緑ちゃん」
前原さんが声をかける。
「夢ちゃん」
幸原さんが振り返る。
「遊園地に来てたの?」
「うん、誘われちゃって」
そして幸原さんは、隣の少女の手を取った。
「中学まで一緒だった静前冬ちゃん。よろしくね」
「よろしくお願いします。緑から話は聞いてます」
前原さんも静前さんが頭を下げると頭を下げた。
「それで、後ろにいるのは」
「うん。長谷部さんと、春田君」
その瞬間、顔を沈ませた。
明らかに俺と会いたくない。そんな感情が見えてくる。
しばらく無言の状況が続く。
「なんで智也を振ったの?」
そんな状況を破ったのは、ミラだった。
ミラは気になったことはすぐに訊くタイプの人間だ。
そこら辺の空気を読む術を持ち合わせてない。そう言う面では所謂デリカシーのない人間だ。
「えっと、それはそのごめんなさい」
頭を静かに下げた。
そうじゃない、理由を訊きたいんだ。
「私が代わりに説明します」
静前さんが口を開く。
「いいよ、別に」
「言わなきゃだめじゃない? それとも緑は逃げ続けるつもり?」
「違うけど」
指をもじもじさせながさがら、さちはらさんが答える。
「じゃあいうね」
「うん」
「この子は過去に恋愛で嫌な目に合ってるの」
「嫌な目?」
幸原さんは頷く。
「この子は過去に、所謂メンヘラ男と付き合って嫌な目にあったの」
「メンヘラ?」
ミラが訊く。
「うん、兎に角緑の事が好きで、常に付きまとうようになったの。付き合った当初は緑もよしと思っていたみたいだけど、最終的にはうんざりして別れを告げた。でもその後も彼のストーカー被害に会って大変だったらしい」
その話を聞きながら、幸原さんの顔が青ざめている。過去のトラウマを思い出しているのだろう。
「分かった、もういい。もう理解した」
これ以上の話はいらない。
もう理解したから。
「そう言う訳だったの」
「それでこの子は気まずそうにしてたわけ」
「ごめんね、……完全に私の我儘なの」
そう頭を下げる。
「頭を下げないでくれ。そんな事情も知らずに告白した俺が悪いわけだから」
「やっぱり優しいね」
「優しくないよ。しばらく振られたことを勝手に逆恨みしてたから」
前原さんに慰められなかったら今頃どうなっていたかは分からない。
きっとやり場のない怒りに苦しめられていただろう。
「今は大丈夫なの?」
「ああ。前原さんが慰めてくれたおかげで」
「そう、良かった……」
それはこっちのセリフだ。また、こうして会話できるんだからな。
「それなら何で俺に優しくしてくれてたんだ?」
「それは……長谷部さんといつも一緒にいるから、もう付き合ってるのかなって」
「なんだよそれ」
「だって二人仲いいから、私に好意を持つなんてことないかなって勝手に思ってたの」
「そういう事か」
なんとなく意味が分かった。
俺はそれを聞いてほっとした。
何故かはよくわかっていないがとにかくほっとしたのだ。
「うん、そういう事だよ」
そう言って幸原さんは笑って見せてくれた。
その後、俺たちはその場で別れた。
まだ、幸原さんへの好意を抱いている俺と一緒にいるのは、厳しいらしかった。
そこは彼女のトラウマなのだから仕方がない。
「これで、智也のモヤモヤも晴れたね」
「そうだな」
完全に、とまではいわないが、断られた理由は分かった。
幸原さんも苦しんでいるのだ。
俺は今はもう付き合いたいというよりもまた他愛もない話を一緒にしたいだけだ。
それは、色欲から来ているものかもしれない。
けれどそれで幸原さんが嫌な気持ちになるなら、それはごめんだ。
「次はどこに行く」
「ジェットコースターに行こうよ」
ミラのその発言で場が固まった。
それもそうだ。後回しにしていたのだ。
「前原さんどうする?」
俺は小声で言う。
「どうしようかしら」
そう考えこむ。
「じゃあ、私はパスで」
「え?」
前原さんの言葉に、ミラは驚く反応を見せた。
「そりゃそうだろ、ここのジェットコースターは比較的恐ろしいから」
そう、ここのジェットコースターは比較的上級者向けだ。
かなりの距離を移動するほか、高低差も大きい。
初心者が乗った場合、吐き気に襲われるだろう。
先程は準備が出来ていないと言ったが、準備が出来ていても乗りたくはない。
前回乗った時に吐いたことをふと思い出したのだ。
「えー、つまんないの」
「え、じゃあ」
「前原さん、いつには付き合わない方がいい」
俺はそう言って、ミラを前原さんから引きはがそうとする。
「やーだー」と抵抗してくるが、俺は見知らぬふりだ。
「お前は我儘すぎるんだよ」
人の気も知らないで。
「じゃあ、智也が付き合ってくれる?」
「え? 俺?」
「うん、だって、一人じゃ寂しいもん」
きゅるるんなんて効果音が出てきそうな感じの目だ。
しかし、それに屈する俺ではない。
「一人で乗ってこい」
俺は非常にも言い放った。
「今は無理だって言ってたのに?」
「言い換える。永遠に無理だ」
「ううぇーん」
ヘタな泣きまねだ。
そんな物で同情が誘えるとでも思っているのだろうか。
これならばしない方がましだろう。
「なら、あとでアイスでも奢ってやるから」
「いいよ、自分で買えるし」
そう、口をとがらせながらミラは言った。
その後列に並びながらもミラは前原さんを執拗に誘おうとした。
そのたびに前原さんが「じゃあ」なんて言うから大変だ。
そのたびに俺は前原さんを説得した。
いかに乗るのが危険かという事を。
それもこれも乗りたくもないはずのジェットコースターに載せない様にだ。
結局ミラは「みんな私がいない方がいいんだね」なんて言って一人で乗って行った。
その後、ジェットコースターが走るのを見ると、
「乗らない方がよかったわね」
「ああ」
満場一致で、今の選択が正解だと、俺たちは結論告げた。




