第10話 コーヒーカップ
そして俺たちはコーヒーカップに乗る。
と思ったが。
「これ二人乗りじゃん」
そう言う美羅。確かにこれは二人乗り。
一人はぶれることになる。
「じゃあ私見てるから、二人が乗るといいよ」
前原さんならそう言うと思っていた。
だって、そう言う人だから。
「ならさ、二回乗ろうよ」
俺が提案する前に、美羅が言った。
「いいな」
俺が頷くと、「じゃあ決定ね」と言って。美羅が俺と一緒に乗る。
それを見ている前原さんの表情は少し明るくなった。美羅が二回乗ろうと言ったのが嬉しかったのだろう。
そもそも仲間外れというのは最低な行為なのだから。
そしてカップが回っていく。
「うわあああああ、はやーい!!!」
美羅は上機嫌に笑う。心底楽しそうだ。
それに合わせて俺も、笑う。
だけど段々と雲行きが怪しくなってくる。
あまりにも乗り物が早すぎる。
それも、尋常じゃないスピードだ。
「……流石に速すぎじゃないか?」
「え、これくらい普通でしょ」
美羅はコーヒーカップの中心をぐるぐると回す。これは円状になっていて、回すとカップが加速する仕組みだ。
しかし、それにしても。
「コーヒーカップってこういう乗り物だっけ」
「こういう乗り物だよ。速い方がいいの」
「俺がさっき言ってたこと覚えてるか?」
「何?」
「吐きそう」
正直さっきのは前原さんを気遣って言った言葉ではあるが、俺も絶叫系は得意ではない。
三半規管がダメになってくる感じがする。吐き気が催してくる。
「弱」
「弱って、何なんだよ」
「男のくせにだらしない」
「そこは男女関係ないだろ」
それを手を叩きながら見る前原さん。楽しそうだ。
俺は楽しいの他にしんどいという感情が芽生えているが。
そして、残り一分間。吐き気を我慢して乗り続けた。
「はあ、楽しかった」
「ああ、楽しかったな。でも、流石にスピードは緩めてくれ」
そう言って俺たち二人はコーヒーカップから降りる。
楽しかったは楽しかったが。もう二度と美羅とは乗りたくねえ。
思えば美羅と遊園地に行ったこと自体なかったし。
「だめだよ。速くないと勿体無いじゃん」
何を言っているんだ。
「じゃあ次前原さん私と乗る?」
美羅が言うと、前原さんは「うん!」と言った。だが、その直後に俺の方を見る。
ああ、そういう事かとすぐに理解した。
「美羅、流石に手加減してやれよ」
流石にあの勢いで回されたら俺はともかく前原さんは死ぬ気がする。
前原さんには地獄は味わってほしくない。
とりあえず俺は二人をコーヒーカップの元へと行かせた。
美羅が調子に乗ったらすぐに俺が止めてやる所存でいる。
とはいえ、二人の様子を見たら、俺の仕事はなさそうだ。
結局、二人は楽しそうに乗っているのだ。
前原さんも、見た感じ嫌そうではない。作り笑顔感はぬぐえないが、
美羅も俺の言う通り手加減してくれているみたいだ。
それを見て俺はほっとした。地獄を味わうのは俺一人だけで良い。
俺は正直見るだけでも好きだ。二人の笑顔を写真に収めるという行為だけでも。
そして、コーヒーカップが終わる、と同時に二人が降りていく。
「楽しかった!!」
そう前原さんが笑顔で美羅に言う。
「俺ももう一回乗りたくなってきたな」
前原さんとも乗りたくなってきた。
それに、吐き気のない純粋なコーヒーカップにも乗りたいし。
「えー、じゃあ私とも乗る?」
「お前はもう二回乗ってるだろ。それにお前速くするから嫌だ」
二度と一緒に乗りたくない。
「理由はそれだけ?」
そして美羅がにやにやして「前原さんの事が好きなんでしょ」と耳元でささやいてきた。
やっぱり前々から思っていたが、美羅は色恋沙汰が起こると面倒くさいことになる。
今日はあとどれくらいこいつに疲れさせられるのだろうと思うと気が気でない。
「うるせえ」
俺は美羅に静かにそう言って、コーヒーカップに乗る。
前原さんも笑顔で乗る。
「お手柔らかにお願いします」
「分かってる。俺もそんなに早く回すつもりはないから」
「それは、うん。助かる。正直さっきの長谷部さんのもだいぶしんどかったから……」
あれでしんどいならもう無理じゃねえか。
ジェットコースターなんて無理だ。
「ジェットコースターには乗ったことが?」
「うん。その全てで地獄を味わったし……」
やっぱり無理じゃねえか。
「おーい」
美羅の声がする。みると、美羅も乗っているようだ。
自分一人で超高速回転を楽しもうという事か。
「俺たちは俺たちのペースでやって行こうな」
「ええ」
そしてカップが回りだす。今回俺は前原さんに回す権利を委託することにした。
理由は単純で、前原さんがどれくらいのスピードなら大丈夫なのかが分からないし、
それならもう全部前原さんに任せた方がいいという判断だ。
そして実際、向こうでとんでもないスピードで回転させている幼馴染の姿は無視だ。
あれはもう、あいつがおかしいだけだ。
前原さんはおずおずと回していく。
ぐるぐる、ぐるぐるとゆっくりと回転していく。
そのスピードはゆっくりだが、前原さんは確かに笑っていた。これくらいのスピードが一番前原さんに合っているという事なのだろう。
「春田君少しいい?」
小声で、前原さんが言う。
「今日、まだ始まったばかりなのだけど私もう変な気がするわ」
「変な気?」
「ええ。だっていつもの私でいられないもの」
いつもの私ではいられない。どういう意味だ?
「実は私は長谷部さんとあなたの関係を羨ましいと思ってるの。私にはその、友達はいるけど、腹を割って話せる人間はいないから」
腹を割って話せる。
すべて理解した。
「お前の言いたいことは分かる。だが俺と美羅はお前を仲間外れにする気はねえ。それに、美羅は大事な俺の幼馴染だ。だから信用している。美羅はお前が本当の前原さんを出してもがっかりも失望もしない。だからもう少し自分を出せ」
「でも……」
「あいつは自分かtぅてなこともあるが、気も使える人間だ。だから信用してくれ」
「うん」
飲み込めない様子の生んだ。
「でもわたしはやっぱり、気を遣う人間でいるわ。だって、こわいもの」
まあ、そんな簡単に行くわけがないよな。
俺としては気を使われすぎるのも困るという話だけどな。
そうしてあっという間にコーヒーカップは終わりを告げた。
「お二人さんとも」美羅が織て早速俺たちに手を振る。
「二人共もっと速く回したら?」
「お前が速すぎるだけなんだよ」
よくもまあ、そんなことが言えたものだ。
「俺のキャパを考えてくれ」
「えーーーーー」
「えーーーじゃない」
「前原さんこいつのことどう思う?」
「え?」前原さんが固まる。
急に話を振っちゃったからか?
「早すぎるのもいいけど、私はこれくらいの方がいいと思う。だって私はそこまで速いの得意じゃないから」
「へえ」
美羅がじっと見る。
「私にはこれくらいがいいわ」
そう、前原さんは伸びをした。




