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「アレクシア・ガードナー」


 すでに日は落ち、空には引っ搔き傷のような細い月。アレクシアを照らすのは廊下に均等に掛けられた角灯の灯りだけ。アレクシアの進む先に立つ二つの影を見つけた時に何となく嫌な予感はしていたのだ。


 呼び止められたアレクシアは反射的に眉間にしわを寄せ舌打ちを飲み込んだ。今日は気分良く帰れそうだと思っていたのだが…。とたんに気持ちがどん底まで落ちた。


「これは、ラトリッジ卿にウーデン卿、お疲れ様です」


 アレクシアはにこりと笑った顔を作った。残念だが、いかなアレクシアでもこの二人相手に笑えるだけの心の広さは持ち合わせていなかった。むしろ気づかぬふりをして走って逃げなかったことを褒めて欲しい。


 二人は腕組みをして実に不機嫌そうにアレクシアを見るとこれ見よがしにため息を吐いた、二人同時に。仲良しかよ、とアレクシアは心の中で突っ込んだ。


「お前、昼のあれはなんだ。第二、第三の汚い輩などと話すだけでもありえないのに笑顔を振りまくなど…お前には第一騎士団としての誇りがないのか」


 ラトリッジ卿がふん!と鼻を鳴らしてアレクシアを睨む。ウーデン卿も横でうんうんと首を縦に振っている。

 あの場に居たのならちゃんと鍛錬しろよとアレクシアは思った。どこから見ていたのかは知らないが、少なくとも鍛錬場のフィールドには居なかった。まさか鍛錬中にも関わらず御令嬢方と観客席にいたのだろうか。


 ラトリッジ卿はラトリッジ侯爵家の次男、ウーデン卿はウーデン伯爵家の長男だが、上に姉がいるので第二子だ。どちらも家の継承権は上の兄姉にある。それゆえ、伯爵家を継ぐ予定のアレクシアの婿におさまろうとちょっかいを出してくることが多々あった。

 アレクシアに「君なら隣に置いても遜色ない」と宣ったのはこのラトリッジ卿だ。


 アレクシアは自分の直感を信じている。一目惚れして口説き落としたポーリーンは今ではかけがえのない親友だし、人も、物も、アレクシアが直感で心が震えるほど良いと思ったものに間違いは無かった。みな、等しくアレクシアの宝物になっている。

 ちなみに、この二人を初めて見た時に感じたのはひと言「気持ち悪い」だった。間違っていなかったと、今もひしひしと実感している。


「あのままでは公爵令嬢の御身が危険でした。なおかつ、他者に公爵令嬢を任せるよりも自分が後の処理まで含め対応するのが良いと判断いたしましたが、問題ございましたでしょうか」


 一応ラトリッジ卿もウーデン卿も先輩にあたる。家柄もアレクシアと同等もしくは上。剣の腕は…まぁ、試すまでもないが、騎士団の一員としては無視もできず、どんな相手でも敬意は払わねばならない。

 アレクシアは淡々と、ラトリッジ卿の鼻のあたりを見て答えた。目を合わせると殴ってしまいそうだ。


「問題は無い。美しい花が俗物どもに汚されるような危険は万が一にも犯せない。だが…」


 そう言って目を閉じ芝居がかったため息を落とすと、目を開けアレクシアを上から下まで舐めるように見た。ぞわっと、全身の毛が逆立った気がした。

 汚す?それは彼らの純粋な瞳では無くお前のその下卑た視線のことだろう、とアレクシアは怒りと嫌悪で密かに身震いした。殴りたい。だがそのために触れることすら嫌だった。


 目を細めると、ラトリッジ卿がアレクシアに腕を伸ばした。視界の先に指先が入る。振り払うわけにもいかないので、アレクシアは直立不動で固まったまま表情を無にして耐えた。


「君もまた第一騎士団の花だ。花には花の咲くべき場所がある。『見世物騎士』としても、隣にあるのは等しく麗しいものである必要があるだろう」


 左の頬を指の腹が撫でる感触がして胃から何かがせりあがる。奥歯を噛みしめ、腹筋に力を入れてアレクシアはぐっと耐えた。顔が嫌悪に歪みそうになるが、それでも意地で表情は動かさなかった。

 

 アレクシアが触れられるがままであったことに気を良くしたラトリッジ卿がにやりと下卑た顔で笑うとコツコツと靴を鳴らしてアレクシアとの距離を詰めた。そうしてアレクシアの横に並ぶと一度止まり、耳元に顔を寄せて囁いた。


「カーティスと呼んでいいと言ったはずだよアレクシア。―――君の選ぶべきものを、間違えてはいけないよ」


 耳元でふふふと笑うと、ラトリッジ卿がそのまま横を通り過ぎていく。ちらりとウーデン卿がアレクシアへ視線を向け、ラトリッジ卿とよく似た下卑た視線でにやりと醜く笑ってその後を追った。




「…っは!」


 俯き奥歯を噛みしめ耐えていたアレクシアが、完全に足音が聞こえなくなるのを待って吐き捨てるように笑った。誰が名前など呼んでやるものか。


 騎士団では部門の出身者が多く姓で呼ぶとかぶってしまうことも多いため、名前や愛称に『卿』をつけて呼ぶことが多い。アレクシアなら『アレク卿』だし、ポーリーンなら『ポール卿』だ。

 だが、アレクシアは基本的に第一騎士団の騎士を名前や愛称で呼ぶことはしなかった。仲良くするのはもちろん、同じ種類の人間だと思われるのもまっぴらごめんだったからだ。

 平気で他者を踏みにじり、嘲り、表に見える肩書や容姿でしか人を判断できない愚か者ども。自らの力ではない、御先祖の功績に胡坐をかいて自らを高める努力もしない、自分を正しく評価することもできない間抜けども。アレクシアはそういう連中が大嫌いだった。


 もちろん、第一騎士団にも尊敬できる人たちは居たし、今の第一騎士団長はその筆頭だ。弱きもの、民を守ることこそが貴族の本懐と言って憚らない公爵家当主でもあるその人は、言葉だけではなく常に行動でも示しアレクシアたちを導いてくれる。なぜあの人の背中を見ながらこうも愚かでいられるのか。

 尊敬できる先輩方には裏ではこっそり名前呼びを許していただいているが、表向きには第一に所属する全ての騎士を姓で呼んでいる。大切な先輩方はみな、そんなアレクシアに理解を示し、そしておかしな人間に絡まれやすいアレクシアをありがたいことに心配してくれてもいた。


「はあー…帰ろう」


 とんだ事故にあってしまったが、これはもう仕方がない。運が悪かったと思ってさっさと寮に帰って寝よう。ポリーが居たら一緒にお酒を飲みながら愚痴をこぼせたのに…と、アレクシアは天を仰ぎため息を吐いた。

 アレクシアからポーリーンを奪ってしまった腹黒秘書官が恨めしい。気が付けば、空腹を訴え騒いでいたはずのお腹もすっかり大人しくなってしまった。

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