Sheet6:シンヤ+1
彼、シンヤが連れてきた女性。それはもちろん貴美代だった。
開店早々のことで薔薇筆はまだ来ておらず、待ち合わせの育美が来ている。実家に帰省したついでに有休を取っており、先ほど戻ってきたばかりだ。
チーム『エクセレンター』のメンバー、グッさんこと川口は相変わらず猫のオムにご執心で、今もアキラとエルが住んでいる二階のプライベートスペースに入り浸っている。
「貴美代さん、同伴ってことは上手くいったってことかな」アキラが声をかけながら、空いてるカウンター席へ促す。カウンターは五席。育美は左端、二つ空けて貴美代、右端にシンヤだ。
「おかげ様でよりを戻すことができました」貴美代が礼を述べる。
「本当にありがとうございました」とシンヤも続けて口を開く。「ホント、昨日クイズに彼女の名前が出てきた時には腰を抜かすかと思いました。仕掛けのカラクリは分かりませんでしたが、彼女がこちらに協力を仰いだのは察しがつきましたので意を決して電話しました」そこまで言うと貴美代に視線を移すシンヤ。見つめ合う二人。
「うん、それは何より。クイズの正解と二人の復縁を祝して最初の一杯目はサービスです。何にします?」アキラがオーダーを取る。育美と話してたエルが会話に入る。
「貴美代さん、シンヤさん、おめでとうございます。えーっとこちらは常連の育美さん。育美さん、こちらは貴美代さんとシンヤさん。"新参者"です」一瞬呆気に取られる面々だったが、逆に空気を和ませるきっかけになった。
とはいえ、アキラは内心不穏なものを感じていた。今まで接客を生業としてきた者の勘といったものだろうか。アキラもエルも先週の経緯をまだ育美には話していない。ここで薔薇筆が来たら、きっとまずいことが起きる。そんな胸騒ぎをフラグの神が見逃すはずがない。案の定、ある意味絶妙なタイミングで薔薇筆はやって来た。
カランコロンとドアベルが鳴る中、薔薇筆が入って来た。「いらっしゃい」声に張りがないアキラ。薔薇筆は育美を目にとめると、当然のように隣に腰掛ける。貴美代たちには気付いていない。
アキラが貴美代のことを話そうとする前に、貴美代が薔薇筆に気付いてしまった。
「薔薇筆さん!」貴美代が声をあげる。薔薇筆はちょっと驚いたが、それ以上に怪訝な表情を浮かべた育美。
「あぁ貴美代さん。ここへは来なくても良かったのに」薔薇筆は席の向こう側にシンヤが居て問題が解決した事情を掴めていない。育美にも二人の関係が分からない。自分と鉢合わせしないよう来るなと言ってたように取れる発言だ。
「会ってお礼が言いたかったんです」そう言いながら席を薔薇筆の隣にずらした。(えっ!?何してんのこの人)そこに居合わす誰もがそう思った。(そういうとこやぞ!)
シンヤは薔薇筆の名前から彼がクイズの制作者と理解していた。会えたら感謝の気持ちを伝えようと思っていたが、貴美代の素っ気ない紹介の流れでありふれた言葉を述べるに留まった。
蔑ろにされた感じの育美はエルに話しかけた。「エルさん、そういえば先週のクイズの答えって何でした?何か三角関係みたいな話でしたけど…」作問者の薔薇筆をチラと一瞥しながら、あえてエルに尋ねる。
「えっとね、『ウワキダミヨ』だよ」空気を読まないエル。
「あのぅ…育美さんでしたっけ。それ、私の事なんですよ〜」貴美代が割って入ってきた。目を見開く育美。薔薇筆はようやく事の深刻さに気付き始めていた。
そんな中、二階にいた川口が降りてきた。「おっ薔薇筆クン、両手に華か。やるねぇ〜」アキラはもう匙を投げた。川口をもう一つのボックス席に引っ張っていき、ドリンクをサーブする以外は戻って来なかった。
そうこうしている内にシンヤもボックス席に移って来た。川口とは面識が無かったが、二階から降りてきた人だから関係者だと分かる。お礼を述べる必要はあるだろうという口実は成り立つ。いや、アンタは貴美代さんを何とかしろよとアキラは思った。自分の事を棚に上げて。
隣がバイク仲間のグループという話の中で趣味の話題になった。尋ねられたシンヤは「僕はもっぱらインドアですね。ハードボイルドとか冒険小説ばかり読んでます」と答えた。それに趣味の合う川口が食い付いた。「おっ冒険小説いいねぇ。ギャビン・ライアルとか好きかな?名前からして『深夜プラス1』とかさ」
「あっ!もしかしてPCのユーザーネーム『shinya_p1』の"p1"ってプラス1からとってるの?」アキラも川口に負けず劣らずのファンである。「そうです、そうです!そこ分かってもらえるなんて嬉しいなぁ」シンヤも貴美代そっちのけで話に盛り上がる。
アキラがチーム『エクセレンター』最大の危機を迎えていたと知ったのは店を閉めた後のことだった。




