新しい世界 ディアーナSide(1)
1867年7月4日、ザックリードハルトの皇太子妃のディアーナ。
翌朝、小学校に行くロミィとアダムに私とルイは計画を共有した。今日、学校から帰ってきたら計画を実行すると告げた時の二人の顔はポカンとした後に、嬉しそうな表情になったが、すぐに眉間にシワが寄った。
「ディアーナ姉様は一度死んだのよね。ルイ兄様に聞いたのよ。やり直しても5日も眠り続けて目を覚まさなかったわ」
「そうだよ、僕らは自分たちが無謀な計画にディアーナ姉様を巻き込んでしまったと思って後悔したんだ。だから、禁書を返しに行ったんだ」
「大丈夫よ。あの時は数億年前の地球に戻ってしまったけれど、今回は6年前に戻るだけだから」
ブルネット髪を三つ編みにしたロミィは、期待にブラウンの瞳を輝かせた。
「本当に?」
「えぇ、本当よ。1861年の何月何日が良いの?1860年でもいいわよ」
「1861年のエイブラハム・リンカーンが大統領に選ばれた3月4日にお母様は亡くなったのよ。だから2月の初めがいいわ。1861年2月1日でお願い。アダム、いいわよね?」
「うん、1ヶ月前はまだお母様は元気だったんだよ」
「急な病気で亡くなったの」
「そうなのね、では学校から帰っておやつを食べたら1861年の2月1日のこの宮殿に行ってみましょう」
ロミィとアダムは元気に学校に行った。
私とルイの結婚式は大々的に新聞で報じられていた。
私は宮殿に招待客として泊まっていたアルベルト王太子とフェリクス殿下と王妃を訪ねた。3人はすっかり穏やかな表情になり、パリに立ち寄って帰ると話していた。
私は秋のエイトレンスの宮殿の部屋で見かけたパリの百貨店のカレンダーを思い出した。ひどい気分で「生きていたくない」と私が落ち込んで3ヶ月先の未来まで無意識に時間を移動した時にルイと見た光景だ。
――そうなのね、このタイミングであのパリの百貨店のカレンダーを手に入れるのかもしれないわ。
「ディアーナ、それにしても昨日はとても綺麗だったよ、改めておめでとう」
「ありがとうございます、アルベルトさま」
私はアルベルト王太子に大事な話をしなければならない。2人だけで話をしたいとして、部屋の外にアルベルト王太子に出てきてもらったのだ。
「マリー王女のピエモント国のシェルダンという男性をご存知ですか?」
「あぁ、シェルダンとは最近知り合ったばかりだが、どうした?」
「チリの硝石のことをアルベルトさまにお話しされてませんでしたか?」
「確かに話した。火薬の原料だし、良い話だと思うが」
「チリに問題はありませんが、1年か2年以内に大きな地震がございまして、甚大な被害が出ます。どうか、お気をつけください。しばらくチリには行かれないようにお願いします」
アルベルト王太子はポカンと口を開けて私を見つめた。みるみる顔が真っ赤になり、上の天井の方をさっと見上げたまま固まり、しばらくずっと上を見上げていた。こちらを見た時には涙が浮かべていた。何かに耐えているかのような表情だ。
「いかがなされましたか、アルベルトさま?」
アルベルト王太子はようやく口をもごもご動かして小さなかすれ声で言った。
「ディアーナが俺のことを心配して言ってくれるなんて……?」
私は拍子抜けして後ずさった。
「だって友達だから。知り合いだから。と言いましょうか、あなたさまには死んでほしくないと申し上げましたよね。アルベルトさまは私より先に死んでほしくない方たちのお一人です。普通に元気に生きていてほしいです。地球のどこかで、ですよ?」
私の言葉にまぁと曖昧な表情を浮かべたアルベルト王太子は胸に手を当てて、泣きそうな顔でうんうんとうなずいて「ありがとう」と言って私を見つめて泣いた。
「俺たち、いい関係になれそうだな。俺たちの間の関係は成長しそうだ」
「ど……?どういう?」
「健全ないい関係ということだよ、ディアーナ。ほんっとうにありがとう!さっきの言葉だけで100年生きられる気がするよ。本当にありがたい気持ちだ。恋が成仏できるよ」
アルベルト王太子は「気を付ける」と私に力強く約束してくれたので、私は逃げるように自分の部屋に戻った。恋が成仏できると言ってくれたのは、何となく理解できる。前進したのだ。
このザックリードハルトの宮殿では皇太子妃の部屋があった。皇帝陛下が私のためだけに準備を進めておいてくれたものだ。砂漠のアリス・スペンサー邸宅から何も持たずにやってきたので、色々準備されているのは大変ありがたかった。私は護符と石膏チョーク数本としか持ってきていなかったのだから。コリアンダーならば、ザックリードハルトの厨房にもあるので問題なかったが。
ルイは最近ずっとサボっていた魔術大学に顔を出すために、ロミィとアダムと会話したあとはずっと不在だった。
レイトンとテレサとミラも快適に過ごしているようだったので、3人にしばらく自由時間にしてほしいと伝えると、ものすごく喜ばれた。レイトンは父であるブランドン公爵と一緒にザックリードハルトの都を散策するそうだ。テレサとミラはちょっとした化粧品を買いに行くそうだ。
私は4人を送り出すと、夕方には1861年2月1日に移動することになっているので数時間仮眠を取ることにした。
目を覚ますとお昼時だった。戻ってきたテレサとミラからザックリードハルトの素晴らしい屋台の話を聞きながら、皇帝陛下と一緒に昼食を食べた。皇太子妃のために用意された昼食は贅沢なものだった。
「皇帝陛下にお話がございます」
「おぉ、ディアーナ。なんでも話して欲しい。何か必要なものがあるか?」
「いえ、十分でございます。本当にここまでご準備いただきまして感謝しかございません」
「実はルイのお母様に本日ご挨拶してこようと思いまして。ロミィとアダムが小学校から戻りましたら、1861年2月1日に行ってきます。ご挨拶をしましたらすぐにまた戻って参ります」
「ロミィに頼まれたんだな?」
「そうです。最初に私たちが出会ったのは、皆さんがお母様にお会いしたたくて取った行動によるものなのです。詳しくは言えませんが」
「分かった。妻に伝言をお願いしたい。みな、立派に成長しているから安心してくれと」
「分かりました。お伝えしますわ」
皇帝陛下は遠くを見つめる顔になったが、穏やかに昼食を終えた。




