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留守番 ディアーナSide

1867年7月2日、砂漠のアリス・スペンサー邸宅で、置き手紙をして『時を操る闇の禁書』を王立魔術博物館に返却しに行ったルイ、アダム、ロミィの返りを待つディアーナ。


「ねぇ、ちょっといい?」


 アルベルト王太子が私に声をかけている。


 私は顔を上げた。置き手紙をルイが残して姿を消した件は、アリス・スペンサー邸宅にいる人々は皆知っていることだ。ロミィもアダムも一緒に消えた。メーダの街から2日しか離れていないところまで家を移動したので、長椅子に乗って脱出できると考えたようだ。


 ルイたちは闇の禁書を元の王立魔術博物館に返しに行った。結婚式は明日に迫っている。これでは結婚式には間に合わないのだろうか。


「なんでしょう?アルベルトさま」


 私は物憂げに答えた。


「そんな気のない返事をされると傷つくなぁ。ちょっとだけ俺と話をしない?」


 私は氷の貴公子を見つめた。彼の魂胆は分かる。


「口説きたいということですね?」

「そう!よく分かっている!」

「そう!じゃないですよ。あなたの元へは二度と戻りませんっ!元々あなたのことを本気で愛していたわけじゃありませんから」


 私は魔術の本でも読むか、図書室に行くか、どちらかにして何かに没頭したいと思った。ルイたちのことをヒヤヒヤしながら待つのは荷が重い。アルベルト王太子に傷つけられたことを思い出して、切ない想いに身をやつすのもだめだ。


「軍の状況を観察いただけると大変ありがたいのですが」

「それは、ジャックとダニエルとフェリクスが交代でしてくれているから」


「いえー、アルベルト様にも交代でやっていただきたいです。4交代制の方が効率的でしょう?」

「ジャック、今大チャンスなんだから、ちょっと黙って……」


「チャンスはないっす。永久に無理っすよ」

「口の減らない奴め。あれっ?ディアーナどこに行った?」


 私はジャックがアルベルト王太子と話している間に、図書室に逃げ込んだ。先ほど、フェリクス殿下と一緒にやってきた案内人には、帰宅してもらった。軍に見つからないようにラクダも玄関に入れていたので、玄関は砂だらけになっていた。案内人には忘却の術を少しだけかけて、メーダの街に近づくまでは彼の姿が見えないようにしておいた。


 テレサとミラの仕事を減らすために、玄関の砂は私が魔力で外に掃き出した。


 ――忘却の術。こういうことをさらっとできてしまうところが、本当に私はバケモノだ。



 本当は湯に浸かってリラックスをして、じっと寝ているべきだ。

 明日の結婚式に向けて体力の回復に集中すべきだ。ブランドン公爵である父は、今頃ザックリードハルトに到着して、今か今かと私とルイの到着を待っている頃だろうか。


 皇帝は挙式の準備の陣頭指揮をとっているのではないだろうか。ジャックまでここにきてしまって大変ではないだろうか。


 私はそんなことを思いながら、湯に浸かりに行った。


「テレサ、しばらく湯に浸かるわ」

「お嬢様、かしこまりました」

「あなたたちにも苦労をかけて、本当に不甲斐ないわ。ゆっくり今日は休んで力を取り戻すから、明日には移動しましょう」

「お嬢様っ!ご無理なさらずとも。まだ食料はありますよ。フェリクス殿下のおかげで何とかなりました」


「そうね」


 結婚式を予定通りあげたいの。その言葉を飲み込んで私は微笑むと、湯船に湯を張って、服を脱いで湯につかった。アルベルト王太子はこういうところまでは踏み込んではこない。彼にはちゃんと分別があるから。


 私は安心していた。ゆっくりと湯から上がり、ネグリジェの上にガウンを羽織り、私はそっと階段を上った。2階の客間のベッドでしばらく寝よう。


「眠る?一緒に?」


 アルベルト王太子が戸口に立って私を待っていた。私は黙って首を振ると、そのままベッドに入った。


 ――もう遅いのだ。私がどれほど愛しているかを知っていながら、彼は私の親友と寝たのだ。そんなの、忘れることなんてできない……。


 とにかく今は真剣に体力を戻すのだ。魔力を思いっきり使っても問題ない体に戻すのだ。


 私がベッドに横になると、アルベルト王太子はベッドサイドまで椅子を持ってきて座った。私の体に布団をかけてくれた。縞模様や格子のカラーシャツを着ているアルベルト王太子は新鮮だ。縞模様や格子のカラーシャツはワーキングクラスの者が着るシャツで、普段のアルベルト王太子は着ない。

 

 アルベルト王太子が新たな魅力を発しているのは意図したことなのだろうか。


「そこにいられると眠れないです。アルベルトさま。ひとりにしてもらえますか」

「眠っていいよ。見守るから」


 私は黙って背を向けた。


「ルイのことを愛しているのは本当ですから。当てつけではないですから」


 私はそっと言った。


「それでも、諦めきれないんだ。いいから、ぐっすり眠って」


 私の背中の方からアルベルト王太子の温かな声が聞こえた。


「一つだけ約束していただけますか。私より先に死なないでください」


 私は振り返った。そしてベッドに起き上がった。


「私より先に絶対に死なないでください。私が幸せになって子供ができて、ザックリードハルトで幸せな人生をルイと送るのを見届けてください。絶対にです」


 私はそう言いながら泣いた。よく分からない。


 ――裏切られたことが死ぬほど辛いのに、先に死なれるなんて、もっと耐えられない。


 優しくアルベルト王太子に抱きしめられた。頭を撫でられた。彼は私が泣き止むのを待ってくれた。私は温かい胸の中でふと眠くなった。


 そのまま唇が近づいてきて――目を開けるとアルベルト王太子のブロンドの髪と煌めく透き通るような瞳が見えた。よく見慣れた……。


 パシっ!

「痛っ!」


「ダメって言ったでしょうっ!アルベルトさま!」


 私は背を向けてベッドに寝て、ほっぺたを思いっきり叩かれて悶絶しているアルベルト王太子を魔力で部屋の外に押し出した。


「うわっ!ディアーナ、頼むよっ!」


 私は客間のドアをバシッと閉めて、中から鍵をかけた。


 そのまま横になって泣きながら眠った。


 今度は嫌な夢を見ませんように。

 ルイとロミィとアダムが無事に戻ってきてくれるなら、結婚式は延期になってもいい。


 ――お願いだから、早く帰ってきてちょうだい。


 ――私はそう思って眠りについた。



 夢の中で、私は前の人生にいた。大政奉還あたりの年表を見ていた。地震のあった記述を見つけた気がして、夢の中で私は意識が覚醒した。目を覚ますと、もう夕暮れ時になっていた。ベッドに横たわったまま、窓から夕陽が差し込む中で、私はぼんやり私は客間の天井を見つめていた。


 チリ?

 チリ硝石?


 火薬の原料となるチリ硝石。イングランドは、硝石の産地であったインドの支配権を早い段階で獲得していたが、フランスはそうではなかったので、火薬不足でイングランドの戦いを講和せざるを得なかったことがあった。


 アルベルト王太子が挙式1週間前に私を振ったのは一年後の出来事だ。あの頃、アルベルト王太子がよく話していたのはマリー王女の国のピエモントの誰かだ。ジャックではない誰かがよくアルベルト王太子のそばにいた。名前は確かシェルダンだ。


 シェルダンがよくチリの鉱石の話をしていたような気がする。その辺りの年代で、地震があったのはチリで間違いない。


 アルベルト王太子が亡くなる原因をもしかしたら一つ見つけた可能性があった。


 私はルイと結婚をする。でも、切ない涙が溢れた。


  アルベルト王太子にも生きていて欲しい。6月20日に死に戻ってから、7月2日の今日、私の心は裏切られた切ない痛みがある。


 私がルイと幸せになれるのは、アルベルトも含めてみんなが生きていてくれてこそだ。あの人のことなんか知らないと忘れて暮らせるようになるのは、どこかで生きていてくれればこそだ。


 恋は裏切られても厄介だ。心を裏切ったぐらいでは、死んで欲しいまではいかない。幽霊になって恨まれる方が死ぬほど嫌だ。綺麗に忘れさせて欲しいのだ。






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