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クビになった侍女テスSide(2)

「わ……私はこれで失礼します」

「ちょっと待ちなさい、テス。エミリーはもういいわ。顔も見たくないと言ったでしょう、言われなくても姿を消して下さるかしら?」


 ――うそっ、エミリー嬢につめた過ぎるわっ!


 私が慌ててその場を辞そうとすると、王妃に止められた。エミリー嬢は蛇に睨まれたカエルのように縮こまり、走るようにその場から離れて行った。王妃様の侍女たちが冷たい視線でエミリー嬢を見るのが分かって、私はゾッとした。何があったのか私は知らないが、私と同じ罪を犯した人間だ。私もあのような扱いを受けてもおかしくない。


「あの……今日は私もブラスバンドにコルネット担当で出演する予定でございまして、そろそろ行かねば「黙りなさいっ!!!」」


 私が言い訳がましく話してその場を辞そうとすると、王妃は許してくれなかった。


「ちょっと曲芸団のテントに入って見物しながら話しましょう。綱渡りが見たいのよ。周りの人は私が王妃だと気づいていないわ。だから、あなたもそのつもりで。バレたら大変だから気をつけて」


 王妃はそう言うと私の方を振り返りもせずに、さっさとテントの中に入って行った。


「はい」


 仕方ないと腹をくくった私は、王妃の後を追ってテントの中に入った。子供達が大勢出入りしていた。入り口でお金を払った。王妃様の分も私が払った。テントの中には足元におがくずが敷き詰められた。


「ちょうど道化師が何かをするところね」

「えぇ」


 私は王妃様のすぐ後ろを歩き、二人でゆっくりとテントの中を回った。道化師もいるし、綱渡りダンスをする少女もいるし、テントの中はとでも熱気に溢れていた。


「アルベルト王太子はここに来たかしら?」

「いえ。私は宮殿を出てから一度も王太子様にお会いしたことがないですわ」


 王妃は何気ない会話の中に急に深刻な質問を入れてきた。私は質問に慌てたが、本当にアルベルト王太子の姿は見たことがない。王宮をクビになってからは一度もだ。


 王妃は私の顔をじっと睨むように見た。


「本当に?」

「本当です!」


 王妃はしつこく食い下がった。そしてふと視線を綱渡りダンスをする娘の方に向けて、「じゃあ、あの子じゃないのね」と小さな声でつぶやいた。


 私は黙った。王妃が気にするほどアルベルト王太子は私のことなど思い出しもしないと言いたかった。そう思うと、鼻水が出るほど涙が出てきた。


 ――今泣くのはだめだ。王妃様にバレてしまう。私がまだアルベルト王太子様のことをお慕い申し上げているのがバレてしまう。


「分かったわ」


 王妃様はため息をつくと、後ろの方に向かって小さく合図をした。


「アルベルトは今遠いところにいるわ」


 王妃が私にそう行った時、王妃のお付きの人からハンカチを手渡しされた。それで私は涙を拭いて鼻水を拭いた。


「コンスタンティノーブルの方よ。だから当分我が国には帰国しません」


「あぁっ!」


 私は突然小さく叫んだ。


「ブランスバンドが始まりますっ!私はコルネット担当ですので、もう……」

「いいわよ。行って。私も祝辞があるわ」


 私は王妃に宮廷にいた時のように挨拶をして、曲芸師のテントを出ようとした。


 その時だ。


 悲鳴が上がった。何かがテントの中に飛び込んできた。


 ――飛ぶ長椅子?


「なぜここにザックリードハルトのブルクトゥアタが!?」


 王妃が掠れ声で叫ぶのを聞いた。長椅子の上に子供が二人乗っていた。


 ――あぁ、そういえば新聞の一面に載っていたわ。博物館でもすごい話題だった。怪物のような大きな国である隣国に、皇太子でありながらブルクトゥアタが現れたって。すごいハンサムな18歳の皇太子なんだっけ。


 彼らは、テントの中を何周か飛ぶと、そのまま外に飛び出して、広場の上空を旋回し始めた。私も後を追って外に出た。ブラスバンドの演奏が始まると気づいて、走って持ち場に向かった。団長は私が遅れたことで怒りの表情をしていたが、私は隣のフローレンスが一緒に持ってきてくれていたコルネットを素早く手に取り、演奏開始の瞬間が訪れるのを待った。


 大勢の人が、広場上空を風を切って旋回する長椅子と、それに乗っている少年と少女を指差して興奮していた。


 ――格好いいわぁっ!最高だわっ!


 指揮に合わせて、私は思いっきりコルネットを吹いた。繊細で力強い音が高らかに鳴る。


 ビバルディの『四季』だ。


 目の端に館内からも人々が流れ出してくるのが見えた。職員も大勢広場に姿を現していた。


 まるで、鮮烈な登場を飾った長椅子の少年と少女を祝うかのように、私たちの自慢のブラスバンドが盛大に曲を演奏していた。


 曲芸師のように長椅子は高低差をつけて旋回し、人々は大興奮した。回転木馬に乗った人も、射的小屋にいる子供たちも、皆が空を飛ぶ長椅子を見つめていた。


 曲芸師のテントから出てきた王妃が、王立魔術博物館の方に走るのを私は見た。王妃は皆が旋回する長椅子に夢中になっている間に、吸い込まれるように王立魔術博物館の中に姿を消した。お付きの者たちは飛ぶ長椅子に気を取られていて、王妃が姿を消したことに気づいていない。


 私はその王妃をこっそり追うエミリー嬢を見た。


 ――エミリー嬢は何をするつもり?


 私は皆が夢中で空を見上げている間、王妃とエミリー嬢の様子が気が気ではない状態だ。


 その頃、アルベルト王太子が遥か数千マイル離れた灼熱の砂漠の家で、氷の貴公子返上で、ブランドン公爵令嬢ディアーナ嬢を必死に口説いているとは、私は露とも知らないことだった。



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