家隠し ディアーナSide(1)
1867年7月1日、砂漠のアリス・スペンサー邸宅。
私は5日も眠り続けたことにショックを受けた。ただ、今回は私は確実に生きていた。部屋の中にルイだけが残された状態になると、私たちはキスをして、私はルイにお礼を言った。あのルイが私を救うためにやってきた特別な夜のことは忘れていない。私たちは一歩関係を確かなものにしたのだ。
「ルイ、うまく行ったわ。ありがとう。修正点が効いたわ。今回は生き延びることができて、本当に良かったわ。あなたと結婚式を挙げるまでは何が何でも生き延びる覚悟だった」
「過去から戻ってきた時に君が生きていると分かった時、本当に心底嬉しかった。目覚めてくれて本当にありがとう」
私は気掛かりな事を告白した。
「一つ、危険なことがあるわ。私が力尽きて眠っている時はアリス・スペンサー邸宅の姿隠しの術が消えていたの。家自体は快適に機能していたかしら?」
「家は全く問題なかったよ」
「良かったわ。でも、あなたが持ち込んだ例の禁書は急いで返さなければならないわ。家が隠れていなかったせいで、禁書の居場所がバレた可能性があるの」
禁書のことを知っているのは、ルイ、ロミィ、アダム、テレサ、ミラ、執事のレイトンだ。
その時だ。階下で大歓声が上がった。
「フェリクス様っ!」
「うわっ!」
「みんな、食料を持ってきたぞ!」
それはアルベルト王太子の弟君のフェリクス殿下の声だった。万が一の事態に備えて、メーダの街から2日ほどの地点までアリス・スペンサー邸宅を私が移動させておいたために辿り着けたのだろう。移動させる前は、人が簡単に来れない砂漠のど真ん中の場所だった。
「兄さん、ディアーナはどこにいる?」
「上の階にいる。さっき5日ぶりに目が覚めたんだ」
二人の会話と階段を上がってくる音がして、ドアがノックされた。
「どうぞ」
私はベッドの上に起き上がった状態で言った。
「フェリクスさまっ!こんな姿で申し訳ございません。はるばるいらしてくださって本当にありがとうございます」
日に焼けて、真っ赤な顔をしたフェリクス殿下は快活に笑った。
「食料を運んで来たよ。そしてあなた宛にエイトレンスの王妃から伝言を預かった」
「母上がなんだって?」
「禁書の場所がバレたらしい。座標を知っていたと母上は言っていた。既に軍が向かっているとのことだ」
フェリクスがその言葉を言った途端に、ルイが真剣な表情になり、私も頭を抱えた。
「それはいつ伝言をお聞きになりましたの?」
私は祈るような気持ちでいた。
「5日前だ。ザックリードハルトの次の駅で寝台列車の試験運行に乗ることができた。昼夜走り続けて3日かかたよ。まずはパリの東駅。それからストラスブール。ミュンヘン、ウィーン、ブタペスト、ブカレスト、ジョルジュ、そこからフェリーでドナウ川を渡ったよ」
フェリクス殿下は説明しながら楽しそうだった。
「凄い旅だな」
「だろ?兄さんがやろうとしていた旅程をそのまま辿ったんだ。寝台列車はきっと成功するね。最高だった。ブルガリアでまた列車に乗って、黒海近くの港町のバルナに行った。そこで蒸気船に乗って砂漠に隣接する都についた。メーダの町から2日ほど砂漠に入ったポイントをブランドン公爵から母上が聞教えてもらっていたんだ。そういうわけで、なんとか砂漠を2日かけてラクダで移動してここまでたどり着いたと言うわけさ。合計で5日かかった計算だ。ちなみに軍は馬で移動している。だから寝台列車の俺の方が少しだけ猶予はあると思う」
アルベルト王太子はフェリクス殿下の言葉にうなずいた。
「旅は最高だったと言うことが分かった。よくぞはるばる来てくれたよ。頼もしい弟だ。そういえば、禁書とは何のことだか分からないが、ここまで軍がやってくるなら非常にまずい状況だな」
「禁書の件は後でご説明しますわ、アルベルトさま。それより軍は直線で来たのかもしれません。寝台車は街から街に行くために少し大陸を迂回していますわ。レイトン、テレサ!何か食べるものを頂戴!力を出して、家を隠しますから」
タイミングよくドアがノックされて、レイトンとミラがスープとパンを持ってきた。お茶もある。ブランドン公爵家で働いていたものは知っているが、私の好むスープにはコリアンダーが少々使われている。このスープもそうだった。ありがたい。
「ありがとう!」
私はベッドの上に置かれた小さなテーブルの上にスープ皿とパン皿を置いて、真剣に食べ始めた。力をつけてこの家を隠す必要がある。また倒れては元も子もない。
その時だ。何かがベッドの下から飛び出してきた。アダムだ。私たちは突然のことで心底驚いた。アダムは張り切った様子で私たちに言った。
「ね!僕が長椅子でフェリクスがここまでやってきた時に砂漠の上についた足跡を隠すよ。軍に辿られてしまうと困るでしょう?案内人にもしばらくこの家にいてもらわないといけないよね?軍に情報を漏らしてはならないから」
「アダム、ずっとお前はそこに隠れていたのか?」
「うん、ディアーナ姉様にお聞きしたいことがあったから」
私たちはアダムの行動に唖然とした。
「お前、盗み聞きは良くないぞ」
アルベルト王太子がアダムを軽くたしなめた。ルイもそうだとうなずきながら、目が泳いでいる。私もルイと二人きりだった時に特に聞かれてまずい話はしていないと思い出してホッとした。アダムに刺激が強い愛のやり取りはしていないと思う。
「アダム、危なくないように、軍に姿を見られないようにして、その砂漠の上の足跡を隠せるのかしら?」
私はアダムにそっと聞いた。本当に危なくないのならやってもらいたい。私の力がまだ完璧ではないと思うから。
「できるよ!」
「じゃあ、俺もやるよ。2つの長椅子でやった方が早いだろうから」
ルイが申し出ると、アルベルト王太子は悔しそうな表情になった。
「くっそ。ロクセンハンナ家の若造たちにはとてつもない特技があるな。俺にはそんなことは出来ない」
フェリクス殿下が会話に割り込んだ。
「兄さん、お願いしようよ。軍がやってきているのは間違いないから。禁書がなんだか僕も分からないんだけれどね」
「そうだな。フェリクス。ルイ、アダム、ここは頼む。母上からのお願いでもあるが、ディアーナに頼るわけには行かない。また彼女が倒れるのは避けたい」
「任せて!ルイ兄様がディアーナ姉様の夫になるんだから、僕はもうディアーナ姉様の義弟だよ!僕がなんとかする」
「あっ、アダム、一人で行くなっ!待て!」
アダムは部屋を飛び出して行った。ルイも慌てて後を追った。
「みんな無事で本当に良かった」
フェリクス殿下はぼそっとつぶやいた。
「みんなが戻ってこないなら、いても立ってもいられなくなって。ゴビンタン砂漠の家で苦境に立たされているのではないかと心配で心配で。でも、メーダの街から2日のところだったから、何とか座標に頼って辿り着けましたよ」
フェリクス殿下は日に焼けた顔を笑顔でいっぱいにして言った。
――この方は本当に良いかただわ。でも、アルベルトさまも、私が死んでしまった時は、真っ先に私が気にしているのはレイトンとテレサとミラだと言ってくれて、自ら寝台列車に飛び乗ってゴビンタン砂漠まで行こうとしてくれていたわ。
私は感謝の気持ちに溢れた。私を地に叩き落とすような裏切りをした人は、私の考えをよく分かってくれる人でもあった。それは鼻の奥をツンとさせるような、辛いような、温かいような、よく分からない感情を私の中に呼び起こした。




