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再会 アルベルトSide

1867年7月1日、砂漠のアリス・スペンサー邸宅、アルベルト王太子。

「ディアーナ、君が僕のことに怒っているのは知っている。悲しませて本当にごめん。エミリーのことも、侍女のことも、ラーナのことも、マリアーナのことも謝る……」


 俺はベッドでひたすら眠るディアーナに話しかけた。ワイン色の美しい髪をそっと撫でた。


 髪を撫でるぐらいいいだろう?許して欲しい。気づくのが遅すぎたが、俺の最愛の女性なんだ。



 アリス・スペンサー邸宅の砂漠の邸宅は基本的に静かだ。俺たち以外には誰にもいないから。1階で他の皆が英国製トランプをしているのは知っている。


 フランスルーアン版をもとにした図柄で、英国らしい美しい装丁のものだ。ちなみにフランス革命で王政が廃止された後は1番強いカードがキングからエースに交代したが、そんなことは王族なら皆が知っているエピソードだ。今の時代、次世代まで王家を存続できるか否かは皆の関心がある話題だから。


 トランプで一番強いのはロクセンハンナ随一の頭脳派らしいロミィだ。その次が執事のレイトンだ。



 灼熱の砂漠の家に閉じ込められて、既に5日は経った。まだ余裕だ。食料はまだ持ち堪えている。ブランドン公爵家で以前キッチンスタッフをしていたらしいミラの食事は完璧だった。砂漠の中に立つ家とは思えないほどの出来で、酒やデザートすら出てきた。俺たちは大満足だった。


「ほら、パリのホテルで君と待ち合わせをしたことがあったよね?あの時の君のドレスだけれどね、今でも美しい……「ラーナって?マリアーナってだれ?」」


 俺はハッとして黙った。


「ねぇ、ラーナってどなたなの?マリアーナは?」


 美しいディアーナのグリーンアイがゆっくりと開いた。ディアーナはベッドに横たわったままで声を出して俺に聞いた。


「ディアーナ、目を覚ましたんだね!」


 俺は両手で顔を覆い、思わず涙声になった。胸が震えた。


「気づいたわ。アルベルトさまの裏切りの対象がエミリーと侍女以外にもいたとは、本当に驚きですわ。私という恋人がありながら、良くも平気で……醜悪ですわ。私はあなたに、その、率直な言葉で言えば、抱かれなくて良かったと思っています」


「そ……そんな。愛しているのは君だけなんだ」

「それはルイだけが言えることよ。アルベルトさまに言う資格はございませんわ」


「君がルイとそういうことをしたとして、おあいこにしないか?そういうことにしないか?」


 ディアーナは涙を流した。わずかに首を振っている。


「おかしいわ。私の愛の思う『愛している』とは定義が違うようよ。あんなことは愛している人としか私はできません」

 

 俺は切ない胸の震えを抑えて、とにかくディアーナが生き返ったことが嬉しくて泣いた。


「君だ。まさに君のままだ。よかった、ディアーナ。君が亡くなった夢を見たんだ。僕はレイトンやミラやテレサを救おうと、寝台列車に飛び乗った夢だ。でも、夢で良かった。君が生きていてくれるなら、こんなに嬉しいことはない」


 俺は嬉しくて嬉しくてたまらなかった。


「お水をいただけますか」


 ディアーナにそうささやかれて、慌てて俺は彼女を抱きがかえて体を起こしてやり、そばにあった水差しからコップに水を注いでディアーナに飲ませてあげた。ディアーナは俺の胸の中で子供のように脱力して、ゆっくりと水を飲んだ。


「ありがとうございます、アルベルトさま」


 ディアーナに見つめられてそう言われて、俺はハッとして我に返った。


 ディアーナの意識が戻ったことを皆に知らせなければ。俺はこのままではディアーナを独占して、彼女に負荷をかけてしまう。今も彼女にキスをしたくてたまらなくなったのだから。危ないっ!


 慌てて部屋を飛び出して、階下にいるはずのルイに叫んだ。喜びのあまり、俺は咳き込み、声が裏返っていた。涙声だ。


「ルイ、ゴホンッ、ディアーナが気づいたぞ!ディアーナの意識が戻ってくれたぞ!」


 階下で悲鳴のような歓声が上がり、皆が次々と2階に向かう階段に殺到した。ミラは食事の準備の最中だったらしく、顔中粉だらけで駆け上がってきた。


 真っ先に部屋に入ってきたのは、ロミィだった。


「ディアーナ姉様!本当にごめんなさいっ!姉様が本当に死んでしまったら、私どうしようかと思って」


 ロミィは泣きながらディアーナに謝った。その後にルイが駆け上がってきて、この最高にハンサムな若造はディアーナに向かって碧い瞳を煌めかせ、頬を上気させて微笑んだ。


「良かった。目を覚ましてくれてありがとう、ディアーナ」


 ルイは俺の目の前でディアーナを抱きしめた。感極まってキスをしそうな勢いだったので、俺は慌ててルイをディアーナから引き離した。


「まだ目を覚ましたばかりだから」

「お、お、お嬢様、ご無事で!お腹がすきませんか?スープとパンをお持ちしましょうか?」


 レイトンとミラはディアーナにそっと聞いた。テレサは泣いていて、声が出ないようだ。


「ありがとう。お願い」


 ディアーナは微笑みながら二人に頷いた。レイトンとミラは慌てて食事の準備に戻った。テレサはお世話をするためにディアーナのそばに立ち、泣きながらディアーナに聞いた。


「お嬢様、何かぁ……してほしいことはぁ……えっ、ございますか?」

「テレサ、泣くことないわ。ここに来て何日経ったのかしら?」


「ちょうど5日が過ぎました。お嬢様が食料を用意してくださったおかげで、私たちは快適に過ごしております」


 ディアーナが急にハッとした表情になり、唇を噛み締めた。


「ルイだけ残ってくださる?大事な話があります」


 俺はその真剣な表情に驚いて、ルイの顔を見た。彼も何の話だろう?といった表情になっている。


 ――そうか。これはもしかして、結婚式の延期か?そうだな。こんな状態で5日も寝込んだんだ。当然、結婚式は延期だ。


 俺は高笑いしたくなった。ディアーナは無事で、こうして話せる状態だ。ならば、ザックリードハルトの皇太子妃になるのを延期してもらえれば、俺が心を入れ替えたことを示せる時間をもらえる。最低なクズでも生まれ変われることを示せる。


 腕組みをした11歳のロミィがじっと俺の顔を見上げた。


「な……なんだよ、ロミィ」


 俺はタジタジとなって、ロミィから後ずさった。


 ――今の考えを読まれたのか?


「往生際が悪いわ。ロクセンハンナ随一の頭脳派がルイ兄様とディアーナ姉様の結婚を後押しする限り、あなたにチャンスは二度とない。期待するだけ無駄よ。きっぱり諦めて」


「そうでございます。ロミィ様のおっしゃる通りです。恐れながら、私はアルベルトさまが何をしてきたのか知っておりますので、ルイ様に一票の姿勢は貫きますよ」


 ジャックがいつの間にか俺の横に立って、ロミィに賛同した。


「ジャック!本当にお前は口の減らない奴だ。お前など……「はい、首にしていただいて結構でございます」待てっ!待ちなさい、ジャック。お前にまで去られたら困る!」


 俺の劣勢は続く。


「はいっ!皆さん、1階でトランプを再開しましょう。最下位の人は今日の食器洗い当番ですよ」


 ルイが皆に声をかけて、俺たちは慌てて1階に降りた。とにかくディアーナが意識を取り戻してくれたことで、俺たちは皆一同ほっとしていた。


 このまま砂漠に閉じ込められる可能性もあったが、それより何より、最愛のディアーナを泣かしたままで死なれてしまうことが、俺は本当に嫌だったのだ。死ぬのを代わってあげたいぐらいだった。


 俺たちがトランプを再開して、執事のレイトンとミラがスープとパンを持って2階に様子を伺いに行こうとした時だ。灼熱の砂漠の中にあるアリス・スペンサー邸宅のドアが激しく叩かれた。


 俺は玄関の外を見て、驚愕した。


 真っ赤な顔をしたフェリクスが立っていた。彼の後ろにはラクダがいて、行商人が大量の荷物をラクダに持たせているのが見えた。


「フェリクス!」


 俺は玄関の外に飛び出した。


「兄さん!食料を持ってきたぞ!」


 フェリクスは逞しく日焼けした顔で、砂漠の民のようにターバンを巻いた顔で、俺に叫んだ。


「うわっ!」

「フェリクス様!」


 居間から全員が外に飛び出してきた。レイトンとミラもぽかんとして立ち尽くしていて、俺の弟のフェリクスだと気づいた瞬間に、次の瞬間感激の涙を流していた。


 俺たちには食料が届けられ、もう一つ、同時に最悪な知らせも届いた。


 その最悪なことに子爵令嬢のエミリーが一枚絡んでいることに気づいたのはだいぶ後のことだ。




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