後悔 王妃Side
1876年6月26日朝、エイトレンスの宮殿で王妃は叩き起こされる。
その朝、私は性急なノックの音で目が覚めた。
「何ごと?」
「王妃様、フェリクス様からテレグラフでございます。緊急事態でございます」
私は飛び起きた。見た目は氷の貴公子だが、中身はクズのアルベルトはザックリードハルトで寝台特急を降りたらしい。やはり、アルベルトも朝刊の一面に掲載されていた挿絵の女性がディアーナだと気づいたのだ。
うちの嫁になるはずだったディアーナは、ザックリードハルトの皇太子妃になるのは確定的かもしれない。だが、まだ時間に猶予はあるはずだ。彼女は非常に慎重なタイプだ。怪物のように大きなザックリードハルトの皇太子妃ともなれば、それほど急いで挙式をあげたりはしないだろう。盛大な挙式のために準備期間が必要なはずだから。
フェリクスからは、ザックリードハルトに入国したと連絡があった。そろそろディアーナに会えた頃だろうか。
一体どんなテレグラフだろう?
私は慌ててやってきたテレグラフ室のピーターからフェリクスが送ってきたという文面の紙を手渡された。
――どういうこと?
――何かが起きたと思われることから、フェリクス自身がゴビンタン砂漠に食料を持って行きたがっているのは分かる。
――アルベルトがゴビンタン砂漠に行った後に戻って来ない?
――何かの事故が起きたと思われるって?
私は目眩が起きそうな驚きを受けて、座り込んだ。
「王妃様っ!」
「私のせいだわ。私のせいで二人の息子を死のゴビンタン砂漠に追いやることになったのだわ。一刻も早く取り消すわ!」
「あの……何をでございましょうか」
「ブランドン公爵令嬢のゴビンタン砂漠追放は取り消します!」
私は近くのソファに座り込んだまま、テレグラフ室のピーターに言った。朝が早いが、ブランドン公爵家の使用人はもう働いているはずだ。現に、王宮の使用人は大勢働いている。
「すぐにテレグラフ室に案内してくださる?アルベルトとディアーナが秘密の暗号を交わして、愛を確かめ合っていたのを知っているのよ。ブランドン公爵に大至急連絡を取りたいの」
「かしこまりました。こちらへ。テレグラフ室にご案内します」
私はバカな母親だ。バカな王妃だ。
「……死んだら絶対に許さないからっ……」
私は涙を堪えながらピーターについてテレグラフ室に急いだ。
「フェリクスに急いで伝えて欲しいの。彼はどこからテレグラフしているの?」
「ザックリードハルトの宮殿から、我がエイトレンスの宮殿まで、今朝方緊急のテレグラフの使用がありました。フェリクスさまでございました」
「分かったわ。フェリクスには、アルベルトとディアーナの居場所の座標を伝えるからそこで待つように伝えて」
かしこまりました。
私はピーターが急いで伝文を送る間、そばの椅子の後ろに立って、腕組みをした。ここからが重要よ。私が激情にからレテしでかしたことで、エイトレンスのプリンス二人を失って良いわけがない。私の息子は決して死んではならない。誰も。
――お願い。
――アルベルト、生きていて。クズだと言ってごめんなさい。でも、私はあなたの母親だから生きていて欲しいの。
――嫁はディアーナでなくてもいいわ。生きてさえいてくれれば……。
私はアルベルトが金髪サラサラヘアでぷっくり丸いほっぺで、私にくすぐられて声を上げて笑っている姿を思い出した。いつまで立っても、小さい子の時の姿は母親の脳裏にはっきりと浮かぶものだ。
あんなクズになるとは思わなかったけれど。本当に可愛い子だったの。フェリクスだって、最高に可愛い天使のような子だった。よちよち歩きながら、「あーっ」と言って私に手を伸ばしてきた姿は、一生忘れられない。ナニーに全てを預けて育てたわけではないわ。息子たちが可愛すぎて可愛すぎて、私は可愛がった。だから、最高の嫁をもらって欲しかったのに。私の可愛い子たちは見た目は非常に優れていたが、見た目だけでは王座は維持できない。あちこちで王家は滅亡していく時代だ。あの可愛い子たちを守るには、誰を嫁にもらうかが大きく左右するのだ。
私はピーターが手を動かしている机の端に、見覚えのあるメモ書きを見つけた。
――アルベルトの文字だわ……。
暗号の横に元のオリジナルの文が書いてあった。
『好きだ。行くな。私のそばにいてくれ。君が必要なんだ。砂漠なんて行くな。君を愛しているんだ』
私は泣けてきた。寂しかった。悲しかった。息子のアルベルトがこれほどまでに愛した女性を追いかけて、二人とも行方が分からなくなった。それもこれも、私が我を張ってこの人こそ息子の嫁になってほしいと見込んだ女性が私の息子の縁談を断るから、断れないように無理難題を押し付けたせいだ。
死の砂漠に追放だなんて!
私はバカな母親だ。だから、罰として二人の息子まで死の砂漠に向かう羽目になる。私は息子を二人とも失おうとしている。
「フェリクスさまから『わかった』と返事がありました」
私はピーターの言葉にハッとして我に返った。
「ブランドン公爵家にすぐに連絡をして。砂漠でディアーナのいる座標を大至急教えて欲しいと連絡して欲しい」
「かしこまりました」
私は固唾を飲んで待った。返事は割とすぐにあった。
「ブランドン公爵からの連絡によれば、昨日、ディアーナは砂漠の家の場所を移動させたと連絡があったようです。メーダの街から2日ほど離れたところまで、砂漠の家を近づけたと連絡があったそうです。座標はこちらに書きました」
「ありがとう!その座標をすぐにフェリクスに連絡して。メーダの街から2日離れたところだと伝えて」
私は嬉し涙が出た。アルベルトは街から2日のところにいるならば、きっと探し出せる。助け出せる。
「フェリクスさまが、すぐに出発なさるそうです。元々アルベルト様が乗るはずだった寝台列車に乗って昼夜走ってメーダの街に行かれるそうです」
「分かったわ」
私は静かにうなずいた。
「ブランドン公爵家にすぐに連絡をお願いします」
「かしこまりました」
「命令を取り消すわ。ゴビンタン砂漠追放は取り消します。大変申し訳なかった、謝罪すると伝えて欲しいの」
「はっ!かしこまりました」
寝台車の旅は楽しいだろうが、フェリクスは心配で心配でたまらないため、何もかも味わえないだろう。
でも、私が嫁候補に選んだディアーナは相当賢い女性だ。彼女なら乗り切ってくれるかもしれない。
本人には知らされていないがディアーナは王位継承権21位だ。ほぼ出番がないのだから、敢えて伝える必要がないというのが、ブランドン公爵が決めたことだった。ディアーナは自分に王位継承権があることを知らない。今まで彼女はアルベルトの恋人だったのだ。自分にも王位継承権があると知ったところで、何かが変わるようには私も思えなかった。
***
私がテレグラフ室から出てくると、国王である夫がバタバタと私を探しているところに遭遇した。
「おぉ、そちらにいたのか。少し、気になる情報がある」
「いかがさましたでしょうか」
「王妃は、この前ブランドン公爵令嬢をゴビンタン砂漠に追放すると決めたな?」
「はい」
私は少々仏頂面で答えた。早速おとがめであろうと覚悟した。
「私が至らなかったのは事実でございます。申し訳ございませんでした」
「いや、厳密にはそのことではない。数日前に王立博物館から禁書が盗まれることがあっただろう?お前も報告を受けたはずだ」
私は予想していなかった話題に面食らった。こんな朝早くに私に伝えたいなんて、正直夫が何を考えているのか皆目検討がつかない。
「禁書が今ある場所を、博物館の水晶が示したんだ」
夫はゆっくりと私の顔を見た。
「なんでしょう、もったいぶらないで早く言ってくださいますか?」
「水晶は座標を示したそうだ。メーダの街から2日ぐらい離れたポイントをはっきりと示したそうだ。ゴビンタン砂漠だ」
私は絶句した。
「ほら、これが座標らしい。まぁ、これだけ見ても分からないが」
夫である国王が座標を書いた紙を手渡してくれた。私はその紙を広げて呆然と見つめた。
1243……!
――この座標はさっきのアルベルトがいると思われる家の座標だわ!
「明日には軍が出発する。闇の禁書を使用すると重罪に問われるからな」
アルベルトが疑われただけで我が王家の凋落を意味する。禁書なんて使っていなくても、王座に就く者に相応しくないと思われる。
「軍は何で追いかけるのでしょう?」
「馬と聞いたが?どうしたのだ?」
私は一瞬無言になってしまったが、すぐににこやかな様子に戻っていた。
「まあ、大変ですわね」
「お前の言っていたブランドン公爵令嬢を同じ砂漠に追放した件は、どうするんだ?」
「それはもう取り消しました。これで失礼いたしますわ」
私は走るようにテレグラフ室に入った。後ろを振り向いて、ピーターに合図を送った。やがて、ピーターも慌ててテレグラフ室に戻ってきた。
「フェリクスに軍が向かっていると伝えて欲しいの。禁書の場所がバレたとディアーナに伝えて欲しい」
私は息子の命も危ないし、息子の名誉も危ないことを知った。




