日取り ディアーナSide(1)
1867年6月25日、砂漠のアリス・スペンサー邸宅。
私はなぜあんな大胆なことをしたのだろう?
思い出すだけで悶絶しそうなほどの恥ずかしさを私は感じて、唇をかみしめた。
――いきなりルイに私の体を見せたのだわ。変じゃないかしら?絶対に変よ。でも、彼は「嬉しい」って言ったかしら?あぁ、よく覚えていないわ。恥ずかしさのあまりにまるで覚えていない……。
彼を押し倒して馬乗りになったのは覚えている。
なぜか今まで恋焦がれていたアルベルト王太子にはああいった大胆な行動は一度も取れなかったのに、ルイならば自分の全てをさらけ出して彼の胸に飛び込みたいと思うのだろう。
――さらけ出すというのは少し違うかもしれない……抱いて欲しい?
私はそのことに思い至って、真っ赤になった。思わず天を仰いだ。
――ことを進めたいと強く思うのは、私がそれだけルイに惹かれているからなの?
あの碧い瞳で私を見つめる様子と、私の恥ずかしさや苦しみを知っているというのもあるのかもしれない。一番の底辺にいる自分を彼に見られた自覚がある。その時キスをされたのだが。なぜこうも彼の温かな胸に何もかも忘れて飛び込みたいという気持ちになるのだろう?
私は今までと違う種類の恋を経験しているような気持ちだった。アルベルト王太子のことを深く考えなくて済むのは、ルイに対して体を明らかにしたという羞恥心に苛まされているからた。
今晩、ルイがまた訪ねてくる。そう思うだけで、どこか疼くような思いがする。
「お嬢様?こちらはもうお召し上がらないのでしょうか。お口に合わなかったでしょうか?」
テレサは私にそっと聞いてきた。今朝は朝食が遅かったので、ハッシュド・ビーフ、ポテト、ライス・プディングの昼食も遅かった。
私はハッとしてテレサを見つめた。
「ごめんなさい。ルイのことを考えると胸がいっぱいで、これ以上は食べられないの」
私は思わず正直に言った。灼熱の砂漠のアリス・スペンサー邸宅には私の他には執事のレイトンとテレサとミラしかいない。私の気持ちを相談できるのは、今やこの3人しかいなかった。
「みんなにも聞いてほしいの。昨晩、私はルイからの婚約の申し込みを承諾しました。一昨日の晩にザックリードハルトの皇帝陛下が訪ねてきたでしょう?あの時、皇帝陛下は結婚を認めてくださっていたの」
私は執事のレイトンやテレサやミラが下がった瞬間に、書斎で会話された皇帝との会話内容を3人に共有した。
「それは……おめでとうございます」
「お嬢様っ!素晴らしいことでございますわ」
「ザックリードハルトの皇太子妃となられるのですね。なんて素敵なのでしょう!」
テレサたちはたちまち色めきたち、うっとりと夢見るような表情になった。砂漠の家の中でもバトラースーツをビシッと着こなしたレイトンに至っては、涙ぐんでさえいた。
ブランドン公爵家は規模が大きいために人員編成は複雑だ。上級使用人である執事と、下級使用人である者たちには明らかな境界があった。しかし、レイトン、テレサ、ミラはそのような境界などなかったかのように互いに助け合ってこの灼熱のゴビンタン砂漠で快適に生き延びようと団結している。もはや、戦友のような雰囲気が3人の間にあった。
「お嬢様、結婚式はいつでございましょうか」
テレサは私にそっと聞いた。私がアルベルト王太子の婚約を断ってゴビンタン砂漠へ追放されてからまだ日が浅い。それなのに、ザックリードハルトの皇太子と結ばれるという話を、咎めもせずに祝福してくれる3人に私は救われる思いだった。
「アルベルト王太子の恋人として、私は少なからず知られていたわ。変わり身の早さに下世話な噂話や批判をされたりしないかしら?あなたたちには正直にアドバイスをして欲しいの。これはブランドン公爵家にとって名誉に関わることでもあるのだから」
私は率直な意見を3人に求めた。3人はハッとした表情で私を見返した。どうやら思ってもなかったことだったらしい。
「それでは、まず私の見解から申し上げます。その、大変申し上げにくいのですが。アルベルト王太子は何かお嬢様を裏切るようなことをなされたのではないでしょうか。差し出がましいことを申し上げて、大変申し訳ございません……そもそも、お嬢様は6月20日のあの日、魔力で未来が分かったと仰いました。1年後にアルベルト王太子がマリー王女に惹かれてお嬢様に別れを告げて、お嬢様は不慮の事故で亡くなると」
レイトンは私に静かに話し続けた。
「であるならば、他の者がとやかく言うことに耳を貸す必要はないと思います。お嬢様の心のままに幸せをつかみとってくださることが、一番だと信じています」
私は挙式の1週間前に「君とは結婚できない。別れてくれ」と言われた時のアルベルト王太子の冷たい目を思い出した。あれから色んなことがあり過ぎて、何年も昔のことのように思う。確かに私はあの時、振られてさらに私は命を失ったのだ。
「レイトンの言う通りでございますわ。お嬢様はご自分の幸せをつかみとる権利がございますわ」
「私はアルベルト王太子より、ルイ皇太子の方がお嬢様を大切になさってくださると思います。今回の婚約に大賛成でございます」
テレサとミラも力強く私に言ってくれた。
「実は、昨晩アルベルト王太子がルイとの待ち合わせ場所に隠れていたの。彼は私を追ってゴビンタン砂漠まで行こうとしていていたらしいわ。新聞の挿絵にルイと一緒に長椅子に載った私の姿を見て、ザックリードハルトにやってきたのよ」
私はアルベルト王太子が私を追ってゴビンタン砂漠まで行こうとしていたと言おうとして、声が裏返って掠れた。悲しさが込み上げてくるのはなぜだろう。彼が私を追ってくるなんて信じがたいからだろうか。
エミリーとアルベルト王太子のあの二人で楽しんでいる姿がどうしてもチラついてしまうのだ。
――ひどく裏切っていた癖に、私を追ってくるなんて。エミリーは私の親友だった。
「アルベルト王太子は私たちを見つけて、暗闇から長椅子に飛びついてしがみついてきたから、仕方なくここに連れてきたのよ」
「えっ!もしかして昨晩の大きな物音はアルベルト王太子が起こした騒ぎでしたか?」
「実はそうなの」
レイトンたちは真っ青になった。3人とも険しい表情になっている。
「お嬢様を砂漠まで追うなんて……」
「テレサ、ミラ、レイトン。私の気持ちははっきりしたの。ルイをアルベルト王太子から守りたかったの。揉み合う二人を見てはっきりしたのよ」
「ならば、お嬢様、結婚は急ぎましょう!」
テレサの言葉にレイトンとミラもうなずいている。
「そうでございます。一刻も早く、できるだけ早く挙式を上げるのです」
「アルベルト王太子に邪魔をされてはなりませんわ。お嬢様のお気持ちがはっきりしているなら、すぐに挙式をあげてしまいましょう」
「あぁ、皇帝陛下のお許しがあるならば、旦那様にご報告した方が良いかと思います。挙式を急ぐのであれば、もうお伝えしましょう」
私は早く結婚式を挙げると言う意味を考えて、真っ赤になった。ルイが夫になるということは……そういうことだ。そういうことがしたいから結婚を急ぐと思われても仕方がないが、そういうことなのだ。
「では、今晩、ルイが来た時に、挙式をいつにするか話したいと思います」
私はそう自分で言って真っ赤になった。
「挙式の日取りを決めて、旦那様にご報告しましょう、忙しくなりますね!」
レイトンは忙しくなるぞと張り切った表情になった。ブランドン公爵家の筆頭執事は有能だ。公爵家には下級執事のアーネストを残してきている。ザックリードハルトのロクセンハンナ家とブランドン公爵家は今まで付き合いはない。だが、レイトンならば万事抜かりなく手配を進めてくれるという信頼が私の中にあった。大船に乗ったつもりでいても大丈夫だろう。
――今晩日取りを決めてしまうわ。挙式の前に闇の禁書を王立魔術博物館に返さなくてはならない。となると、例の時を操作する方法を早く試す必要があるわね。
私は恋する自分の気持ちに嘘がつけなかった。午後の残りの時間は、闇の禁書を使って時を操作する方法をマスターすることだけに集中した。魔力の鍛錬は、私を悩み事から遠く引き離してくれた。
私はアリス・スペンサー邸宅の2階の客間で、床に八芒星を描いたまま、図の外で護符と禁書を持ってぶつぶつと呪文を唱えてはウロウロし続けた。
この時はアルベルト王太子が今晩も現れるとは全く思っていなかったのだ。




