恋のぶつかりあい ディアーナSide
1867年6月24日夜、ザックリードハルトのゴーニャの森。前日6月23日に朝刊一面にルイ皇太子とワイン色の髪の美女がカラー挿絵で掲載された。
「こんばんは、ディアーナ」
「きゃあっ!」
暗がりから急に現れた男性に私は悲鳴をあげた。
「誰だっ!?」
長椅子に乗ったルイが舞い降りてきて、ゴーニュの森の暗闇で逃げ惑う私を長椅子に引っ張り上げた。しかし、その男性もジャンプしてバシッと長椅子の脚がつかんだのだ。ちょうど格子になっている脚の部分を彼はつかみ、空に上がる長椅子にしがみついて宙に浮いて足をバタバタさせていた。
「アルベルトさまっ!?なぜこちらに!?」
私はゴーニュの森でのルイとの待ち合わせの場所に潜んでいたアルベルト王太子に恐怖の悲鳴をあげたが、さらに空を飛ぶ長椅子にしがみついてくるしつこさに怖さを感じていた。
「僕の婚約者になる人がザックリードハルトの皇太子と夜な夜な遊んでいるという情報が入ってねっ!クソっ!」
アルベルト王太子は必死の形相で長椅子の脚にしがみついていて、今にも落下しそうで苦しそうだった。ルイは唇を固く結んでいて、招かれざる客にどうしたものかと思案している表情で、長椅子を夜空に飛ばしていた。
私は長椅子に括り付けられたランタンの明かり越しにアルベルト王太子の表情を見つめた。
信じられない。
彼を助けなければ、まもなくザックリードハルトの夜の街にアルベルト王太子が落下して死んでしまう。
私は居ても立っても居られず、とにかくアルベルト王太子に手を差し伸べた。
「私の手につかまってください!」
「ありがとう」
アルベルト王太子は一瞬泣きそうな表情になったが、私の手をしっかりとつかみ、長椅子の上に這い上がろうとした。ため息をついたルイも手を差し伸べて私と一緒にアルベルト王太子を長椅子の上に引き上げてくれた。
「ありがとう。すまない」
アルベルト王太子は短くルイに礼を言った。
「なぜこちらに?」
「新聞を読んだ。ちょうど君を追って寝台車で大陸を夜通し横断していた。そのままゴビンタン砂漠まで行くつもりだったんだ。昨日の朝、ザックリードハルトの都の駅で降りて、ブルクトゥアタの王太子と妹君が長椅子でどこかに向かうのではないかと、宮殿を一日中見張っていた」
私はギョッとしてアルベルト王太子の顔を凝視した。
――私を追った?
――ゴビンタン砂漠まで寝台車で昼夜移動するつもりだった?
私は鼻の奥がツンとしてきた。
「私を裏切っていたのは存じ上げておりますから、私のことはもう追わないでください。私はあなたの元に戻る気はありません」
私は毅然とした態度でアルベルト王太子に言いたかったが、声は掠れるし、そもそも声が震えてしまった。頭の中にエミリーとアルベルトの残像が蘇ってしまう。
「本当に申し訳なかった。深く反省しているんだ。俺は君を愛している」
「愛してなんかないですっ!」
私の声は強かったが、少々甲高くなりすぎた。泣いているみたいな声になってしまった。実際泣いているような気もする。
――だめだ。涙を出してはダメだ。私がまるでアルベルトさまに未練があるみたいに見える……。
「いや、信じてもらえないかもしれないが本当にディアーナ、君を愛しているんだ。戻ってきてくれないか」
「……わけないじゃないですか……」
私は涙が溢れるのを堪えようとして、声が掠れた。
「ディアーナ、本当に君を愛しているんだ。昨晩、ザックリードハルトの妹君と皇太子がこの森まで飛んできたのを見た。もう一人昨日はいたようだが。すると突然、君がある瞬間に一緒に長椅子に乗って飛ぶ姿を見たんだ。だから、君たちが姿を現したこのゴーニュの森で、君を待っていたんだ。昨晩と同じように君がここに姿を現すのではないかと期待して」
アルベルトは私の髪に手を伸ばした。私はそれを払いのけた。
「やめてくださいっ!私は……私が愛しているお方は、ザックリードハルトのルイ皇太子なのです」
私は思い切ったことをアルベルト王太子に言った。私の前に座っているルイは、黙って私たちのやりとりを聞いていたが、ハッとした様子で一瞬肩がピクンとした。
「昨晩、ザックリードハルトの皇帝も一緒にいらしたところをアルベルトさまはお見かけなさったのだと思いますが、結婚の承諾をいただいたのです」
今の私の言葉に嘘はない。確かに、昨晩、ゴビンタン砂漠から待ち合わせの場所に赴くと、ルイやロミィやアダムと皇帝も一緒に長椅子に乗って現れたので、心底驚いたのだ。皇帝はゴビンタン砂漠のアリス・スペンサー邸宅でひとしきりお過ごしになった。そして、ルイが私と結婚したいと話した時は、皇帝は「喜んで認めよう」とおっしゃってくれたのだ。
ただ、急すぎる話で、私はルイの結婚の申し込みに「イエス」を答えていなかった。指輪もルイは用意しており、皇帝の目の前で私に結婚の申し込みをしてくれたのだが、私はまだ指輪を受け取ってはいなかった。
キラキラと大きなダイヤが輝く指輪だった。ただ、私はあまりに急な話で「しばらく考える時間が欲しい」として、待ってもらっていたのだ。
今晩は、昨晩と違ってロミィもアダムも皇帝もおらず、約束の時間にゴーニュの森に現れたのはルイだけだった。
「嘘だね。あれほど慎重な君が、急に他国の王族に惹かれて結婚の申し込みを承諾するなんて、ありえないから」
アルベルト王太子は疑っているようだ。
――当然だ。私ですら、キツネに包まれたような心地なのだから。キスをしたルイがザックリードハルトの皇太子であったというだけでも信じられないのに、皇帝にまでお会いして、結婚を認めると言われてしまったら、夢かと思う。
ひとまず、私はアリス・スペンサー邸宅に、長椅子に乗ったまま一瞬で移動させた。
私はアルベルト王太子を納得させるために、必死だった。ルイの肩に腕を回して、自らキスをした。
――色々面倒だ。でも、ルイと私は一緒に既にキスをしている。
「僕の妻になることが決まったのですよ、元恋人さん。彼女は僕が愛していて、大切にしますから。」
見かねたのか、ルイが割って入ってきた。さらにルイは挑発的な言い方をした。
アルベルト王太子がルイの胸ぐらをつかんだぐらいではびくともせず、私は二人の喧嘩をやめさせようと必死で方法を思案した。




