動揺 王妃Side
1867年6月23日の朝、エイトレンスの王妃の動き。一面にカラー挿絵のある朝刊を見て激しく動揺。
「私としたことが早まってしまいました。ザックリードハルトは皇太子妃の座をディアーナに提供しようという魂胆ね。やがてザックリードハルトの皇后の座につける椅子を彼女に提供しようしているわ」
私は呆然とした心地で一人ごとを口にした。私はエイトレンスの王妃だ。ついさっきまで、朝の爽やかな空気の中で薔薇を剪定していた。メイドに薔薇を渡すまで感じていた気分の良さが、今となっては跡形もなく消えたのを感じた。
趣味の庭仕事の後に朝食の席に向かって、そこに置かれていた朝刊を手にしたのだ。
一面にザックリードハルトの皇太子が長椅子に乗って颯爽と飛んでいる挿絵が描かれていた。噂通り美貌の皇太子と、彼につまかっている美しい女性の挿絵だ。女性はワイン色の長い髪の毛を風に靡かせていた。私はその絵を見て唇を噛み締めた。
――うちの大切な嫁は、隣国に奪われようとしているようだわ。
ワイン色の髪の美しい女性と、8代ぶりに現れた伝説のブルクトゥアタであることが判明した若き次期皇帝の組み合わせの挿絵は、私が女性側はディアーナだと直感するのに十分なものだった。
私の勘はよく当たる。私はため息が出た。
報告では、私の息子であるアルベルト王太子はディアーナを追いかけてゴビンタン砂漠に向かって出発したらしい。寝台車を使って寝ている間も惜しんで大陸を速やかに横断して、なるべく早くゴビンタン砂漠に近づこうとする計画だと聞いた。
どうやら、息子のアルベルトは心を入れ替えるつもりのようだ。
――もう、手遅れなほど破綻しているようにも思えるが、息子のアルベルトは必死に挽回しようとしている……。
その息子のアルベルトも、朝刊を寝台車で目にしてハッと気づいたに違いない。妻になる予定だったブランドン公爵令嬢は、ザックリードハルトのルイ皇太子に、今まさに奪われようとしていると。
ザックリードハルトの皇太子は爽やかで美しい容姿の男性だと聞いていた。確か18歳で、ディアーナとも歳が近い。彼には浮いた噂一つ今までなかった。各国の王女や高位貴族令嬢が彼を狙っていたのは間違いないが、彼の方は女ぎらいという噂が出るほどに、あらゆる女性を遠ざけていたはずだ。
ザックリードハルトの皇太子にとって初めての甘いロマンスの噂となる。
挿絵では、長椅子に乗っているワイン色の髪の女性は、布のマスクをしているが、微笑んでいるようにも見える。つまり、多くのザックリードハルトの民にとって、皇太子と彼女は仲良しで、大喜びで歓声を上げている民に笑顔で微笑んでいるように見えるのだ。
――完全に失敗したわ。
――王妃にするなら、ブランドン公爵家のディアーナ嬢しかないと決めていたはずなのに、息子の不始末に対して手を打つのが遅すぎた……。
今回の件で頭に来た私は、アルベルト王太子付きの若い侍女に暇を出した。あられもない格好で情事に耽る若い侍女と息子の件は、私の耳にも入っていたのだ。しかし、きっと私は手を打つのが遅過ぎたのだ。
ディアーナが愛想を尽かして当然だ。うちの息子はクズだ。私の婚約者なら、激怒した私は相手を社会的に葬り去るだろう。たとえ相手が王の座につく者だったとしてもだ。いや、王の座に就く予定の者なら尚更私は許さないだろう。
息子のアルベルトはディアーナ嬢に婚約を断れらてからずっと、あの若い侍女のことなど全く思い出しもしなかったに違いない。報告される息子の行動から、息子の頭の中はディアーナ嬢のことで頭がいっぱいのように思えた。
暇を出した若い侍女は、万が一にも孕っている可能性があったので、密かに私の監視下に置いている。
――息子の育て方を完全に間違えたわ。なんてことをしでかしてくれたのだろう。
あの子爵のエミリーについても密かに見張らせている。
――ディアーナ嬢の親友でありながら、王太子の愛人の座を狙う人物など、愛人にできるわけがない。倫理観もなく、危険な人物だと思う。信用ならない人物を息子のそばに置けるわけがないのだ。私の息子はクズだが、王太子だ。だが、本当に息子はクズだ……。
私は頭を抱えた。ため息をついて朝食の席について、お茶を一口飲んだ。夫の国王も、朝刊を凝視している。国王はまだワイン色の髪の女性がまさかディアーナだとは勘付いていないようだ。だが、時間の問題だろう。
皆の話を総合すると、私の息子の目の前で、ディアーナは家ごと消し去ったらしい。しかも、その家の中には執事とメイド2人の3人がいたらしい。
――昨日ザックリードハルトで、元気な姿を披露したということは、家をゴビンタン砂漠まで移動するのは、彼女にとってはなんでもないことだったようだわ。失敗もせず、元気ピンピンして、新たな恋に進んでいるようではないか?
つまり、ディアーナはとてつもない魔力を有していることになる。
私は朝刊をじっと見つめた。
――ザックリードハルト皇帝の父親は処刑されているわ。ならば、彼女の魔力の強さを知った現皇帝は、必ず彼女を息子の嫁に欲しがるのではないだろうか?
今後、アルベルトの女性関係は厳しく取締り、即刻私に報告されることになっているが、もうアルベルトの元恋人のディアーナ嬢はアルベルトなど見向きもしない所まで気持ちが吹っ切れてしまっている可能性がある。
アルベルトの弟のフェリクスに王座を引き渡す計画も、念のために進めるべきだろう。
今の状況では、アルベルトを王座に付けるのは間違っているように思える。
やはり、ディアーナの魔力はエイトレンス王座の維持には重要に思える。私は侍女に合図をして、朝食の席にいっこうに姿を現さない19歳の次男フェリクスの居所を確認するようにささやいた。
26歳のアルベルト王太子がディアーナを追いにゴビンタン砂漠まで寝台特急で行ったのであれば、次男のフェリクスにはザックリードハルトまで行ってもらおう。
皇太子と仲睦まじい様子の長椅子の女性がディアーナであるならば、ザックリードハルト皇太子との婚約を発表されてしまう前に、第二の矢を報いるのだ。
次男のフェリクスが女性にうつつを抜かす噂は皆無だ。兄とは全く違うタイプで、真剣にディアーナに向き合ってもらおう。
ダメ元だが、長男がクズでも次男はまともな人間だと私は信じている。
――ザックリードハルトに大事な嫁を奪われてたまるものですか。
私は頭に来ていたが、次男フェリクスの真面目さにかけてみることにしたのだ。心を入れ替えたアルベルトが奇跡的にディアーナの心を再びとらえることができるのであれば、それが一番なのだが、難しいと私は思っていた。
女性の気持ちは女性が一番分かるのかもしれない。アルベルトは私の息子ながら、婚約者としては最悪の男だ。




