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打算 エミリーSide

 子爵の娘である私は、信じられない噂を聞いた。

 

「アルベルト王太子が結婚の申し込みをしようとしたら、ブランドン公爵令嬢が断ったそうよ」


 今朝、母がヒソヒソと私に話した。母はお茶を飲みながら、ぐっと声をひそめて、私だけに聞こえるように話した。少し離れたところでコーヒーを飲んでいる父には聞こえないほどの声量だ。母は父がコーヒーハウスで読み放題の新聞から仕入れてくる情報よりも、貴族の夫人間のネットワークで伝わる情報の方を好んだ。


 子爵は高位貴族ではないが、高位貴族に関する話題や噂は常に母の大好物だ。


 私は母譲りのブルネットの髪で嬉しかった。母には白髪一本なく、艶々の豊かな髪をそのまま維持している。皺も少ない肌だ。遺伝で私にも引き継がれていることを祈るばかりだ。見た目はとても大事だから。


「あなた、ディアーナと親友でしたでしょう?何か聞いていないの?」


 私は母に言われてぽかんとしてしまった。紅茶を持つ手から思わず力が抜けて、ガシャンと音を立ててカップがソーサーに着地したので、母が思わず眉をひそめた。


「アルベルト王太子の申し出をディアーナが断ったとおっしゃいましたか?」



「えぇ、正確には公爵令嬢の身分では断れないので、自分を振って欲しいと伝えたらしいわ」


 ――なんと。

 ――ありえない。

 ――だって、ディアーナはアルベルト王太子にゾッコンだったわ。

 

 ――もしかして……気づいた?


 ――でも今更なによ。私がアルベルト王太子に何もかも捧げても、あなたはずっと何も知らずに恋焦がれていたじゃない。気づいたところであなたなんか、だって……。


 私はディアーナに心の中で呼びかけてしまった。


 ――どうしよう。

 

 私は思わず爪を噛んでしまった。


「その癖はおやめなさい。親友のディアーナが心配なのは分かるわ。でも、あなたが気を揉むことではないわ。ディアーナの問題だから、いくら親友だからと言ってあなたが悩む必要はないのよ」


 母は私に優しく微笑んだ。


 ――何も知らないお母様。

 ――こんな正直な思いを母に言えるわけがないわ。


 アルベルト王太子は最高だった。体も何もかも。一つひっかかるとすれば、彼は一途ではないということだ。彼はおそらく他にも抱いている女性がいたはずだ。



 ただ、彼は事の最中だけは、私だけを見てくれた。私だけに触れてくれた。私の体に夢中になってくれた。喜んでくれた。頬を赤らめて私を見つめる彼のあの表情は一生、私だけの宝物だ。


 私は彼に喜んでもらうために、研究して体も綺麗に整える努力もした。


 私が彼の妻になることはない。そんなの分かっている。子爵の身分でアルベルト王太子の妻になるなど、土台無理だ。


 でも、愛人にならきっとなれる。私は最初からアルベルト王太子の愛人狙いなのだ。友情を踏み躙っても、生涯をかけて、私は彼のいっときの寵愛を受ける存在でいい。そう思って、割り切っていた。


 ただ、ディアーナはそうではないだろう。


 彼女はアルベルト王太子の行動を知ってしまったら、彼の心を知ってしまったら、ひどく傷つくはずだ。


 ――後ろめたいが、彼女にだって悪いところがある。

 ――気づかない方が悪い。

 ――親友の私がアルベルト王太子に夢中で、彼の寵愛を浴びたいと思っていることに気づかない?


 ――私の心に気づかないなら、あなただって親友の資格なんてないじゃない。


 私はそう思うことで、ディアーナを裏切り続けることができた。



 何もかも捧げることは、生涯をかけることだ。一人の娘の人生をかけることだ。そのぐらい大切なものを自分の一番大事な人に捧げることだ。

 

 善悪が見えなくなるほど溺れてしまう。

 ――そういう愛だってある。

 

 自分に言い聞かせるが、彼の指の先や温かさを思い出して泣けてくる。


 アルベルト王太子はディアーナに別れを告げられたら、私ともっと会ってくれるのではないだろうか。そう期待してしまう自分がいて、私はなぜディアーナが王太子との別れを選んだのかより、私の行動がバレて彼女が傷ついたのかを心配するよりも、もっともっとアルベルト王太子に会えるようになるのではないかと期待する自分にゾッとした。


 でも、本当のことだ。

 

 ――もっともっと会いたい。

 ――もっともっと抱きしめてほしい。

 ――妻になれない私は、彼の一番になれなくてもいい。


 ――私は最初からアルベルト王太子の一番になることを望んでいない分、誰がアルベルト王太子の妻になろうと、私の座は安泰かもしれない。


 そこまで考えた私は、私の体が若い限り、当分はうまく行くだろうとたかを括った。


「あぁ、エミリー、君は最高だ」



 その言葉は、しばらくは永遠だと私は自分に言い聞かせた。


 私の頑張り次第だ。


 だが、翌日1867年6月23日の新聞の挿絵は、私の気持ちを粉々に打ち砕いたのだ。あの特徴あるワイン色の髪が、よりにもよってザックリードハルトの金髪碧眼の若き青年、貴族令嬢の間でアルベルト王太子より素晴らしい美貌と囁かれる青年皇太子と共に紙面を賑わせていたのだから。


 どういうこと?

 追う女から、追われる女の位置にディアーナのポジションステータスが上がったことを直感的に悟った私は動揺した。














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