暴露 ロミィSide(1)
1867年6月22日、灼熱の砂漠から戻ったロミィはザックリードハルトの小学校にいる。ロミィ・ロクセンハンナ11歳。
イボンヌは最悪だ。
私の小学校のクラスメイトで最悪の11歳だ。私の従姉妹だ。母方の従姉妹なので、ロクセンハンナ一族ではない。
イボンヌは、これみよがしな態度で、昨日の体育の授業で自分がいかに活躍したかを一通り自慢話をした。案の定だ。だが、今日は予想したより遥かに態度が悪かった。一通り自慢話を繰り広げた後、私の父をコケにしたのだ。
『皇帝の泉』プロジェクトというのがある。元々、1732年に皇帝カール6世に発見されたアルプス山中の美味しい水があった。それがハプスブルク家に美味しい水を届けるためにはるばる60時間かけて運んでいる水だ。
最近、病気にかからない新鮮な水をウィーン市民に届けるための都市計画ができた。上水道建設について、1861年にまとめられたものだ。コレラやペストから市民を守るため、水を市民の所まで運ぶことに本気で使命感を燃やした人々は、上水道建設によってもっと早くもっと楽に市民に届ける計画に賛同したのだ。
立派な水道橋があちこちに建設されている。私も皇帝の娘だ。11歳で習える公衆衛生については一通り学習済みであり、ましてや灼熱の砂漠で快適に過ごすアリス・スペンサー邸宅は、完璧な上下水道の仕組みを魔力と組み合わせて実現しているとディアーナ姉様に教えてもらったばかりだ。十分、必要性は理解している。
イボンヌは『皇帝の泉』プロジェクトを引き合いにして、私の父をこけにした。
「あんたのお父さんも頑張りなさいよ。井戸の水で民が病気になるのはまだ減っていないわよ。娘のあんたは絹のドレスのデザインなんて興味ないでしょう?それでは嫁の貰い手もないようだから、せいぜい、民に暴動を起こされないように、あなたのお父さんに、市民に満足してもらう計画を立てさせた方がいいわよ」
知った顔で言われて腹がた立った。我が国の上下水道工事は進んではいる。それほど大々的に公開されていないだけだ。我が国は巨大な国だ。力もあるが、国土は広大だ。水をどこから引いてくればベストなのかを試行錯誤もした。進めているが、大々的には人々に公開はしていない。それに『嫁の貰い手もない』は失礼だ。11歳が11歳に言うセリフではない。色々失礼だし、色々癇に障る話だ。
あー、頭にくるわ。
だから、イボンヌを脅かしてやろうと思った。私がどれほど本気で魔力と向き合っているか、彼女は知らないだろう。
――私の本性が悟られないぐらいには、バラしてやろう。
私は書き取りの時間がようやく終わったので、飛ぶ長椅子を呼び出した。イボンヌに、私が何ができるのかを教えてやろうと思ったのだ。
どちらかと言うと、飛ぶ長椅子の伝説を体現する、八代ぶりに生まれた魔法の長椅子の操作者で、ブルクトゥアタと呼ばれる特殊な能力の持ち主が自分であると、イボンヌに脅しをかけたかったのだ。
あぁ、早まったと思って間違いない。
この日の私は頭脳派らしくもなく、衝動的に行動した。
「長椅子よ、来いっ!」
私はルイ兄様とディアーナ姉様が市場の辺りで買い物をする予定なのは知っていた。だって、ルイ兄様が朝から張り切りに張り切っていたから。
でも、まさか賑やかな市場の頭上を長椅子が飛んできてしまうとは思わなかった。
途中でぐいっと長椅子が何かに引っ張られるような感触があったが、私は珍しいと思っただけで、特に何も感じなかった。
ところがだ。
――なんでルイ兄様とディアーナ姉様が?
小学校で今か今かと長椅子の到着を待っている私の目に、2人が長椅子に乗って華々しく登場したことに気づいた。
――もう、腹がたつ……。
アダムも何かを感じたらしく、私のクラスまで廊下を走ってくるのが見えた。
「うわぁ、皇太子様よっ!お隣のお美しい方はどなた?」
「えっ皇太子様!?」
「本当よ、みんな皇太子様はブルクトゥアタだわっ!」
「本当よっ!」
私は兄がそのルックスの良さから人気があるのは知っていた。私と違って金髪碧眼だ。私が呼んだ長椅子に、兄が乗っているのだ。
――もしかして、市場で長椅子を見かけてそこから乗ってきたわけ?
――うわっ、明日の新聞の一面が確定しちゃった。きっと皇太子、八代ぶりに現れたブルクトゥアタとかなんとかだわ。
私は父にまた激怒されることを思って、落ち込んだ。父は当分秘密にしておこうと決めたのだ。
小学校中の生徒が飛び出してきた。みんな長い髪の毛を三つ編みにしている。ドロワースが見えるのではないかと言うぐらいに女子生徒も勢いよく走って校庭に向かっていた。
大勢の生徒たちが大歓声をあげて、空に向かって両手を上げている。彼らは興奮して叫んでいた。私は学校の3階の窓から見ていた。
「飛ぶ長椅子だわ!」
「ブルクトゥアタ!」
私は猛烈に腹が立った。イボンヌは兄様に向かって大歓声をあげていた。ワイン色の髪の女性は誰だと小声でささやきあっているのも確認した。これ以上、ディアーナ姉様に注目がいくのはやめる必要がある。ディアーナ姉様はエイトレンスのアルベルト皇太子の目に見つかるのはダメなのだ。姉様は賢く顔にモスリンで作った布マスクをしていたが、姉様の特徴的なワイン色の長い髪は見た者の皆の記憶に残る美しさなのだ。
――アルベルトの奴がここまで追ってきたらどうするの?
私はもう一つの長椅子を呼んだ。猛烈なスピードで風を切って飛んでくるもう一台の長椅子があっという間に見えた。
――皆の注目を逸さなければ!
私は窓を開け放ち、長椅子を呼んだ。長椅子が窓から建物に飛び込んだので、悲鳴のようなものが校庭から上がった。私は学校の中を長椅子に乗って疾走したのだ。教室に残っていた生徒や教師が大きな口を開けて私を指差すのを見たが、目的はイボンヌだ!