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主人の傷心 参謀ジャックSide

1867年6月21日、エイトレンスの宮殿、アルベルトの参謀ジャックの動き。


 

 ――ざまあだな。


 俺はアルベルトの奴の荷造りを狂ったように急ぐフットマンや執事たちの様子を横目に、シャム猫を抱いて呆然と立ち尽くすアルベルトを見ていた。俺はアルベルト王太子付の参謀役だ。


 彼は今日1日だけで、目の下にクマができた。氷の貴公子ともてはやされてすっかり天狗になっていい気になり、ブランドン公爵令嬢という素晴らしい恋人がいながら、クズっぷりを止めようともしなかったアルベルトにバチが当たったということだ。


 俺は常々アルベルトには苦言を呈していた。見た目の素晴らしさを盾に、若い女性たちを好きにする行動は王座に座る者としては相応しくないと説いていた。


 俺の説教を全て無視していた挙句、昨日ブランドン公爵令嬢にプロポーズしようとした王太子はあっさり断られたという顛末だ。


 ディアーナ嬢に特注の指輪をこれみよがしに見せびらかして、一世一代のプロポーズをしようとしたら、「振っていただきたいのです!」と打ち返えされたらしい。強烈な一言だ。


 笑える。最高だ。


 笑いが止まらないが、俺は唇が震えるのを堪えた。シャム猫を撫でて傷心を癒そうとしているアルベルトを目の端で捉えていたから。


 ――まず、無理だな。賭けてもいい。ディアーナ嬢は砂漠まで追ってきた王太子に見向きもしないはずだ。間違いない。


 俺は内心そう思っていたが、そんなことは今日の今日では言えない。


 数世紀もの間に渡って船で数ヶ月かけて移動するか、もしくは馬車と船で移動するしかなかった距離について、寝台車を使って数日で移動して(最新式だね!)、灼熱の死の砂漠まで行ってしまった元恋人のディアーナ嬢を追うらしい。アルベルト王太子は。


 ――周回遅れも甚だしい。今更気づいたところで!


 ――ざまあみろだ。せいぜい必死にあがくことだな。次期王座につく身分より、世の中には大事なものがあるんだぜ、アルベルト。


 彼とは長い付き合いだから、せいぜい彼が無事に死の砂漠まで辿り着くところまでは付き合おう。


 寝台車は、アメリカの豪華蒸気船を参考にして脚光を浴びているアメリカ式を採用しつつも、個室タイプでコパーメント型らしい。食堂車もあると聞く。


 ――最近、駅の間で小説を借りれる人気サービスがあるが、読書室もあるらしいじゃないか。


 飼い猫を連れて行くと言い出したアルベルトに、猫の体に悪いからやめておくようにと、先ほど道連れにシャム猫を連れて行くのを諦めさせたばかりだ。


 だから、パッキングの嵐を迎えている王太子付き従者たちのてんやわんやを尻目に、アルベルトはひたすら猫を抱いて、束の間の別れを惜しんでいる。


 猫ぐらいに、女性のことを大切に尊重すべきだ。


 ――さあ、今晩は豪華食堂車で食事をいただいて、寝台車で眠るとするか。


 バイロン卿のフットマンとレディズメイドだった者たちが創設者として開業した例のロンドンの評判のホテルに、最終日は宿泊するのを目標としよう。無事に砂漠から戻って来れた時は、苦労を労り、ホテルで体を休めよう。


 ――どうせ、砂漠まで追いかけて行ったとしても、クズっぷりを見抜いたディアーナ嬢が王太子を相手にするとは思えない。引っ叩かれる、というオチぐらいで済むなら良いのだが。


 俺は王妃と国王が何と言うだろうかと考えただけで、頭痛がした。


 ――振られて当然のアルベルトだが、当分国王と王妃の風当たりは非常に強くなるだろう。


 身辺整理を完璧にすると、アルベルト本人も猛省していたが、時はすでに遅しだ。未来の魅力的な王妃候補を逃したとなると、アルベルトに対するあらゆる締め付けは強くなる。


 俺の目の前でパッキング終わったと報告されたアルベルト王太子は、猫に別れを告げて、走るように宮殿を飛び出した。


 アルベルト王太子自身も一つ荷物を持っている。それは良い心がけだ。



 ――さあ、クズな振る舞いをした事の顛末を思い知るがいい。


 俺はゴビンタン砂漠までディアーナ嬢を追いかける騒動に巻き込まれた自分の不運を呪いながら、蒸気自動車に飛び乗った。とっくに日は暮れている。隣街に今夜の寝台列車が止まる。それに飛び乗る計画だ。


 ヨーロッパ横断が魅惑の豪華寝台列車の旅になると言うのに、アルベルト王太子は唇を真一文字に結んで、蒸気自動車の中でも「俺がバカだバカだバカだバカだ」とつぶやいていた。


 ――そうだ、めいいっぱい反省してくれ。


 そう思った俺は思わず呻き声をあげた。


 王太子の飼っているシャム猫がこっそりついてきていた。執事が渡してくれた鞄の中からシャム猫が不思議そうにこちらをのぞいているのを見つけたのだ。


「あっ!傷心旅行に付いてきてくれたんだ」


 アルベルト王太子は嬉しそうな悲鳴をあげたが、俺は面倒を見なければならない生き物が増えたことに、内心ため息が止まらなかった。





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