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焦り アルベルト王太子

1867年6月21日、エイトレンスの宮殿、アルベルトの動き。


 

 ――まずい。この心の動揺はなんだろう。絶対に手に入ると思っていたディアーナが俺の元からあっさり去ったから?


 ――俺はディアーナこそ俺の妻になる人だと固く決めていたではないか。その計画がなぜこうも呆気なく頓挫する?


 ――待て待て。いや、待ってはダメだ……あんな魅力的な女性を手放すなんて俺はどうかしている。未来の王妃にするなら彼女しかいないと決めていたはずなのに……。


 俺は自分の手からスルリと抜け出て行ったディアーナのことを考えて、何も手につかずに自分の部屋の中でウロウロしていた。


 ――あんなに美人で大人しいと思ったら、大胆でしかもすごい魔力があったなんて。あんなの力を見たことは一度もない。しかも体もなんというかもう……。なんで今まで気づかなかったんだ!?


 ――バカだバカだバカだバカだ!俺はバカだ!まさかっ?俺の浮気がバレた?いやいやいやいやいやいや、そんな感じではなかっただろう、と思うがどうだろう?


「彼女を追いかけるために鉄道を使おう。ゴビンタン砂漠まで行こう。王妃に追放命令を取り消してもらうお願いをしてから、俺も鉄道を使って追って行くのだ。追いついて、砂漠で彼女に許しを請うのだ!」



 イングランドで鉄道規制法が制定されたのは1844年だ。安く労働者の誰もが利用できるようにと制定された。しかし、フランス7年前、イングランドで3年前に客室内で殺人事件が起きたこともあり、我が国でも王室内の人間の利用は禁止されている。


 王室家政長官と王妃も、王妃にするならばブランドン公爵令嬢一択だった。ならば、俺が心を入れ替えて彼女一人に絞ると身辺整理をすることを誓おう。ディアーナに婚約に応じるよう砂漠まで愛の説得に向かうと説明しよう。


 ――確か、寝台特急の試験運行は一昨日からやっているはずだ……今晩、泊まる駅を調べてそこまで蒸気自動車で行って乗り込めば、夜中走って砂漠までの距離を縮める事ができる。


 善は急げだ。


 俺はとにかく母である王妃にディアーナの追放命令の取り消しと、鉄道で行ける所まで追っていくことを母にお願いすることにした。


 部屋を飛び出して、母の居場所まで走った。この時間ならば庭園にいるはずだ。後ろから俺の参謀のジャックが走ってついてきた。


「ジャック、君が常に言っているように『王に相応しくないクズな振る舞い』はやめるよ。私生児が大量に生まれた王として歴史に名を残すなと常々俺に苦言を呈していただろ?」


 俺は小声で彼にささやいた。


「え……はい。あぁ、ブランドン侯爵令嬢に振られたから、急に目が覚めたと?」


 ジャックも息を切らしながら小声でささやいた。


「まあ、そうだ。逃げるものは追う。その思考だとは言わないでくれ。彼女は最高だと思っている。後悔している」


「間に合えばいいですがね」

「なんだと?口の減らない奴め。頼むから協力してくれ。これから母を説得する」


 俺とジャックが小声で囁き合いながら走っていると、甲高い少女の声がした。


「アルベルト王太子様!」


 振り向くと、マリー王女がいた。彼女はまだ非常に若い。幼いと言っても良い隣国の王女で、我が国に行儀作法見習いとしてきている。隣国と言っても、どでかい怪物のようなザックリードハルトの方ではなく、小国のピエモントの方だ。ピエモントの思惑は分かっている。未来の友好のために政略結婚を狙っているのだろう。


 だが、マリはー俺の趣味ではない。今は。未来は分からないが、俺の今の気持ちはディアーナ一択だ。ディアーナの心を俺に振り向かせたい。


 ――なぜ振られたのだろう?いや、俺が完全にディアーナを読み間違えていた。彼女は最高だったのに、俺が他の女性にうつつを抜かしたことで彼女をちゃんと見ていなかったのが悪い。


「マリー王女、今から俺の最愛の女性を追いかけに行くんだ。急いでいるからあとで!」


 俺はマリー王女に愛想よくそう言うと、庭園に向かって走りに走った。ジャックも猛然と追って来る。


「良い心がけです」


 ジャックは俺にそうささやいた。


「母上!王妃様!」


 俺は薔薇の花の間で身をかがめている母の後ろ姿を見つけて、大声で声をかけた。


「なんです?ディアーナ嬢を引き止められたのですか?私の受け取った報告では、あなたは完全に振られて……」

「母上!それ以上はもう、お許しください。どうか、私がディアーナを鉄道で追うことをお許しください。寝台列車の試験運行を使います。ゴビンタン砂漠まで行って、彼女に愛を誓いたいのです。彼女の心を取り戻したいのです。どうかお許しください」


 母は厳しい顔で俺を見た。


「お前の普段の行いが王に相応しくなければ、これぞという人材はお前から離れていきます。未来の国王たる者、自分の言動に責任を持ちなさいっ!」


 やはり、母には、ジャックが苦言していた『王に相応しくないクズな振る舞い』が完全にバレていたようだ。


「国王の差配がやがて問われます。その前に、王太子としての差配が正しくなければ未来はありません。あなたの判断力には疑問があります。伴侶となる人が正しい人材でなければ、やがて王国は滅びます。自らの行いを振り返り、自分のこれはと思う女性に、あなたが選ばれる人物でなければなりません。王太子だからと言って尻尾を振って寄ってくるような令嬢や娘を、安易な理由で選んではなりません」


 母の言葉はグサグサと俺の心に刺さった。


「はい、ディアーナに選ばれなかったと仰りたいのだと思いますが、これから彼女を追って砂漠に行くことをお許しください。また、ディアーナへの追放命令を取り下げていただきたいのです」


 母は薔薇の花を剪定するための鋏を一瞬強く握りしめた。


「これほどまでに、彼女に嫌われたことを心しなさい。あなたの婚約を受けるぐらいならば、死の砂漠に行くほうがマシだと彼女が覚悟を決めたのですよ」


 そうだ。そういうことなのだ。

 彼女は死の砂漠の方がマシだと思ったということになる。


「母上!彼女に心から謝罪して、私の心を伝えてこようと思います」


 俺はそれだけ言うのが精一杯だった。


「なんでもお前の言いなりにならない、骨のある女性が王妃には良いと思っていました。あなたがそこまで言うなら、追っていきなさい。彼女を説得できたら追放命令は取り下げます。ジャック、寝台列車には警備の者を連れていきなさい」


 母はそれだけ言うと、くるりとむきを変えて、剪定した薔薇の花と鋏を侍女に渡すと毅然とした姿で一度も振り返らずに庭の方に歩いて行った。


 不甲斐ない息子で頭にきたのだろう。


「ジャック、では今晩泊まる駅を調べて蒸気自動車で直行しよう」


 俺はジャックの肩を叩いてそう言うと、電磁テレグラフ室に向かった。寝台列車の運行状況を調べるのだ。俺は電磁テレグラフが大好きだった。遠くにいる人とすぐに連絡が取れるから。


 ――昨晩、ブランドン公爵家に送った暗号をディアーナは見てくれたのだろうか。


 ここまで一人の女性のことしか考えられないのは初めてだった。


 ――ずっとそばにいたのに、なぜ気づかなかったのだろう?俺は輝くようなディアーナの魅力に気づいていなかったのだ……本当にバカな男だ。


 自分が情けなくて仕方がなかった。



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