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忘刻のレーテー  作者: 三浦悠矢
第三章 火蓋は切られる
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第十五話 四日目 冬越え祭り

これまでのあらすじ

授命族の少女レーテーを盗み出した老兵ゲルグは、ひょんなことから出会った金創族の少年カガチと〈薬の国〉に向かう旅をしていた。旅の途中で出会ったルナリア達と共に旅を進めていたが、〈命の国〉の追手レナトゥスに襲われる。レナトゥスの一員ネルケを撃退する為、多大なる犠牲を払ったゲルグは次の街へと向かう


 目が覚めると既に日は高い位置にあった。よほど疲れていたのか、既に日は真上に来るまで寝ていたようだ。

「……うっ」

 意識が覚醒していくと共に身体中に鈍い痛みが走る。特に酷いには頬と左腕で、青紫色に腫れている。恐らく骨が折れているのだろう。

「あっ、おはようございます。ゲルグさん」

 痛みに顔をしかめていると、俺が起きたことに気が付いたカガチが声を掛けてきた。カガチは荷造りをしていた。だが、レーテーの姿が見えない。

「あぁおはよう、カガチ。レーテーはどうした?」

「レーテーさんは、近くを散歩しています。……気分転換にはなるでしょう」

「そうか」

 レーテーは友達になったばかりのルナリアを失った。今はそっとしておいた方がいいだろう。

「カガチ」

「何ですか?」

「レーテーの様子はどうだ?」

「ルナリアさんが死んだのが、相当効いているようです」

「やはりな……」

 当然だ。出会って二日といえ、友達が死んだのだ。ルナリアの死は、彼女の心に深い傷を残しただろう。

「ところで、何か食べます?」

 不意にカガチが言う。

そういえば昨日の夜から何も食べていない上に、戦闘があった。思い出したかのように腹に空腹感が訪れる。

「そうだな、頂こうとするか」

「昨日の戦いでお疲れでしょう。沢山食べてくださいと言いたいところですが、昨日の騒ぎで食料の大半が駄目になってしまいました。これで勘弁してください」

 そう言ってカガチが手渡したのは、ヌマウシの乳で作ったチーズ。ヌマウシのチーズは恐ろしいほどに栄養価が高く、空腹の状態以外で食えば、たちまちヌマウシの様に肥えてしまうと言われるほどだ。また保存性に優れ、腐敗など、よほど環境の悪いところに置かなければ進行しない。(あまりにも栄養価が高すぎるのか虫も食べようとしない。食べたとしてもたちまち肥えて飛べなくなる)それに加えて燃えにくいという特性もある為、兵士への食事に出されることが多い。

「ありがたい」

 礼を言ってチーズにかぶり付く。

 ……味に関してはあまり褒めれるものではないが、疲れた身体には良く効く。

「今朝、馬車の残骸に荷物を探しに行ったのですが、使えそうなものは本が数冊と、僅かな食糧、ルナリアさんの着替えが一着でした。……レーテーさんの衣類は汚れていたので着替えさせましたが」

 カガチは少し嫌な事を思い出したように顔を歪める。

 チーズを食べ終わった俺はカガチに問う。昨日からずっと気になっていた事だ。

「……レーテーの服の血を見る限り、ルナリアを最終的に殺したのはレーテーだな?」

 聞かれたくなかった、と言わんばかりにカガチは答える。

「……ナイフを刺したのは、包帯の男ですが、ルナリアさんに刺さったナイフを抜いて、ルナリアさんを最終的に死に至らしめたのは……レーテーさんです」

 やはりか。

 少しの間沈黙が流れ、やがて俺は口を開く。

「レーテーは幼い。今回の事は仕方ない。……どの道あの傷では助からなかった。レーテーの責任ではない」

「……そう……ですね」

「レーテーには言わないでやってくれ」

 あの子には、友を殺した罪を知るには早すぎる。いや、知らないほうがいい。

 その後、俺たちは出発の支度をした。食料を確認したが、この量では二日も持たない。この先の街で買いそろえるか。

この先の街はたしかマリナだったか。この先の道のりは険しい、マリナを避ける選択肢はない。

その後、俺は負傷した左腕を包帯で吊るし、大剣を探し当て、支度を整えた。

支度が終わったころ、レーテーが散歩から帰ってきた。

昨日よりはましになったが、やはりその表情は暗い。

「おはよう、レーテー。調子はどうだ?」

「……元気」

 誰が見ても元気ではないのは明らかだ。

 だが、一日でも早く〈薬の国〉に行かなければならない。レーテーが元気になるまで待てない。

 それに、レナトゥスを三人退けたとして、次なる追手が来ないとも言い切れない。次は大隊を率いて襲ってくるかもしれない。

「……それじゃあ、行くぞ」

「……うん」

 レーテーを背に、マリナへ向かう。その時、レーテーが叫び声をあげた。

「嫌ぁぁぁぁぁぁぁ!」

「どうした⁉」

 レーテーは両手で顔を覆ってしゃがみ込んでしまった。

「……ゲルグさん」

 カガチが呼ぶ。

「どうした」

「ゲルグさんが寝ている時も同じ事があったのですが、レーテーさんの分のチーズを切り分ける時、使ったナイフを見て叫び声をあげました。……恐らく刃物がトラウマになっているのだと思います」

 なるほど、俺が背を向けた途端叫び声をあげたのは、背負った大剣が目に入ったからだろう。

「そうか……ならば仕方ない」

 この方法は、出来れば使いたく無かった。だが、このままでは旅に支障がでる。

 俺は鞄に手を入れ、やがて一つの小瓶を取り出した。小瓶には曇天のような灰色をした液体が入っている。旅に出るときに渡された記憶を消す薬。彼女の名と同じ名の花から作られたレーテーという名の薬。

 この薬を彼女に使うのは二回目だ。一度目は収容所から盗み出す時。収容所にいたレーテーは収容所のヒトから酷い扱いを受けており、その苦しみを少しでも忘れさせる為に飲ました。完全には消し去る事が出来なかったが、これまでの旅路でトラウマを思い出さずに済んだ。

 そして今、ルナリアと過ごした(おもいで)を忘れさせる。完全に消し去る必要は無いだろう。ほんの一滴だけ飲ませれば昨日の夜の事は綺麗さっぱり忘れる。

「……口を開けろ」

 口を開けたレーテーの舌に、薬のレーテーを垂らす。

 薬を飲んだレーテーは、しばらくぼうっとしていたが、やがて眠りから覚めたかのような様子で「あれ? ルナリアちゃんは?」と言う。

「急用で先に出発してしまった」

 俺は嘘をつく。

「次はいつ会えるの?」

「先に〈薬の国〉に行くそうだから、すぐに会えるさ」

 俺はまた嘘をついた。


「マリナには何があるの?」

 昨日の夜の事などすっかり忘れたレーテーが問う。

「マリナは巨大な湖に築かれた街だ。あそこで獲れる魚は旨いぞ、ヌスミドリなんかよりずっと旨い」

「そんなに!」

 レーテーの口の端からは涎が垂れる。

「ほら、涎が垂れているぞ」

 袖で拭ってやる。

「へへっ」

 レーテーはにんまりと笑顔を見せる。

 そんな調子で、暫くは食べ物の話題で持ちきりだった。

 やがて食べ物の話題もつき、マリナにあるものの話になった。俺はとある占い師の話をしてみた。

「マリナには首なしのハバ様がいた筈だ。ハバ様はすごいぞ、なんでも占ってくれる」

「占うって?」

「なんでも森の力で未来の事や、忘れた事、気になっていたことがわかるそうだ。一度占ってもらうといい」

「ルナリアにまた会えるかもわかる?」

「それはハバ様次第だな」

 レーテーは自分が何を占ってもらうか考え始めた。

 すると、関心を持ったカガチが質問してきた。

「首なしってどういう意味ですか?」

 どうやらレーテーよりもカガチの方が興味を持ったようだ。

「そのまんまの意味だ。昔何かで首を落としてしまい、そのまま過ごしているそうだ」

「そんな事があり得るのですか?」

「俺もあまり詳しくは無いが、ハバ様は長命族(エルフ)でな。どうやらそれが関係しているらしい」

 確か長命族(エルフ)は、他の種族の倍ほどもある長い人生を生き抜くために、脳が二つあるそうだ。

「ハバ様の占いは人気だ。混んでいないといいな」

 そんな調子でしばらく進んでいくと、遠くにマリナが見えてきた。

「あれがマリナだ。街が湖の上に築かれ、馬車の代わりにボートが走っている」

 カガチは少し背伸びして街を眺める。

「本で見たことはありますが、実際に見るのは初めてです。それにしても綺麗な街ですね」

 澄んだ湖の上に築かれたマリナが見える。

「〈命の国〉で一番綺麗な街だとか」

 不意にレーテーを見る。レーテーはマリナを見入っていた。レーテーの青の瞳に湖が反射してキラキラと光っていた。

「……きれい」

「そうだな」

 レーテーはしばらくマリナを見入っていた。


 街に入ると、やけに賑やかだった。どうやら祭りをやっているようだ。街の至る所に色とりどりの飾りが飾られている。

「賑やかですね。何か祭りでもやっているのですか?」

 近くにあった店の主人に声をかける。

「なんだ、あんた、知らずに来たのか。今やっているのは冬越え祭りの準備だ。皆が冬を無事に越せるように祈る祭りだ。何せこの街は冬になると湖が凍って、魚が獲れなくなるからな。冬の間に死なないよう祈る祭りだ」

 マリナは湖の上に成り立つ街だ。湖が凍れば苦しい生活が始まる。

「祭りは明日行われる。それまで色々な屋台がやっているし、明日の夜は冬花火とかいうやつが打ちあがるそうだ」

「花火?」

「さあな、何でも〈黒鉄の帝国〉から仕入れたそうだ」

 鉄の加工や火薬と呼ばれる薬品で有名な〈黒鉄の帝国〉。さぞ凄いものが見れるだろう。……だが。

「ところで何か買ってくか?」


 先ほどの店で魚の骨スナックを買うと、旅の道具を買い足す為、店を探し始めた。すると、レーテーが祭りに行きたいと口走り始めた。

「駄目だ」

 早く出発しなければ、いつ追手が来るか分からない。

「行きたい!」

「駄目だ」

「行きたい!」

「駄目だ」

「行きたい!」

「駄目だ」

「行きたい!」

「わかった! わかった! 終わったらすぐ出発するぞ」

「やったー!」

 レーテーの喜ぶ姿を尻目にカガチがささやく。

「お前、さっきレーテーに何か耳打ちしていただろ」

「ばれていましたか」

 レーテーの事だ。食べ物の事でも吹き込まれたんだろう。

「その様子じゃあ、お前が祭りに行きたかったのだろう?」

「ふふっ」

カガチは薄ら笑いを浮かべる。こいつは何か企んでいる時、目を細める癖がある。先ほどから帽子に隠れた目が細まっていた。

「あっ! なにあれ⁉」

 此方がこそこそ話しているのをお構いなしにレーテーが声をあげる。

「どうした?」

 レーテーが指を指しながら向かって行った先には人だかりが出来ており、何があるかわからない。

 しかしそんなことすらもお構いなしにレーテーはずかずかと進む。

「何をしているんだ?」

 目を細めてみても何をしているかわからない。

「カガチ、お前を持ち上げる」

「えっ⁉」

 俺は有無を言わさずカガチを肩車する。カガチは見た目通りに軽い。

 カガチは誰よりも高い場所で人込みの中心を見渡した。

「ヒャッケさまの舞をしていましたね」

「ヒャッケさまか、そうかそりゃあんな人だかりが出来る」


 ヒャッケさまは主神の使いの一匹で、夏が始まると犬の様な姿をして熱波を送り、凶作をもたらすが、嵐を起こす使いと戦い嵐を防いでヒトビトの暮らしを守っている。

 ヒャッケさまが主神の元に帰る冬の時期になると、今度は冬の間凍えないように暖めて貰う。

 ヒャッケさまの舞は踊り舞うヒャッケさまに舐められれば、その冬は生きて乗り超える事が出来るという。もちろん本物のヒャッケ様ではなく、祭りのために雇われた“使い師”の誰かが中に入っているのだろう。

「そろそろおろしてください」

「そうだったな」

 ひょいとカガチは俺の肩から降りた。

「ひゃあ⁉」

 すると、人込みの中心から悲鳴が聞こえた。……恐らくレーテーだろう。

 スパイクをカガチに任せ、俺は進む。

「すみません」

 声の主に合う為、人込みを俺たちはかき分けていく。

 人込みを抜けると、レーテーがヒャッケ様になめ回されている所だった。案の定レーテーだった。

「いやぁ、あの子あんなに舐められちゃぁ今年の冬どころか今後十年は大丈夫だろうな」

「あんなに舐められて、羨ましいね」

 群衆は口々にそのような事を言っている。

「ほら、行くぞ」

 俺はヒャッケ様になめ回されていたレーテーの手を引き、そそくさと場を去る。

 建物の脇に着いた頃、レーテーに向かって、話す。

「全く……、興味のあるものにはすぐ反応する……」

「ごめんなさい……」

 レーテーは申し訳なさそうにする。

「まあいい、目を離した俺も悪かった」

 やはりレーテーは危険だ。授命族(ヴィルデ)の誘拐の危険性は極めて高い。今回はたまたま無事だったが、ならず者にいつ攫われてもおかしくは無い。

「さて買い物をするとしよう」

ハバ様はようつべかなんかで見た、自分で首をとる虫を見て思いついた

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