《魔法袋》を手に入れたからと追放された外れスキル【収納】持ちの荷物持ち、伝説の剣を持ち上げ最強に〜虐げられた手遅れ冒険者の逆転無双譚〜
連載候補の短編です。
【アイテムを収納しますか? ▷はい いいえ】
【《警告》──規定重量を超過しました。これ以上収納する事は出来ません】
メッセージと共に脳内に鳴り響く警告音に、僕は眉をひそめる。
「すみませんクラウンさん。これ以上は収納出来ないみたいです」
迷宮中層──ずしりと重い魔石を両手にそう嘆く僕を尻目に、《副軍長》のクラウンは呆れたように額に手を当てた。
「おいおい、アレン。君は荷物持ちだろ。荷物持ちが荷物を持てないとは一体どういう事だい?」
「……すみません」
「安い謝罪なんて要らないよ。【技】で持ちきれない分は、君の背嚢に詰めて持ち帰るんだ」
「それが……」
僕は既にパンパンに膨らんでいる背嚢に目をやる。
背嚢の中には、既に回復薬や食糧、蛍光石に敵寄せの匂い玉等が雑多に詰め込まれている。
万が一荷物持ちの僕が倒れる様な事が有れば優先して持ち運ぶ必要がある必需品であり、その価値は僕の命なんかよりも重い......らしい。
「なんだい、それにも入らないって言いたいのかい?」
「……はい」
クラウンは心底煩わしいと言った様子で金髪をかき上げると、小脇に抱えていた長槍を僕の鼻先に突き付ける。
「アレン、君は荷物持ちだ。パーティーが迷宮内で取得した戦利品は全て持ち運ぶ義務がある」
「は、はい」
「迷宮中層まで来て魔物を討伐したというのに、魔石を回収出来ずに捨て置くなんて事は当然許されない」
「では、どうすれば……」
クラウンは怯え切った僕を一瞥すると、口の端を歪ませてこう言った。
「残念だが持ち帰れなかった分は、君の報酬から引かせてもらうしかない」
「そんな……!」
「当然だろう? アイテムを回収出来ないのは君のせいなんだから。まさか、アイテムを取りすぎた僕らのせいとでも言うのかい?」
クラウンは、心外だと言うように戯けた仕草で《軍長》のガレウスへと視線を向ける。
「おいアレン、テメェは荷物運びしか出来ねぇ役立たずなんだから、少しは【ギルド】に貢献する意志を見せろ。さもないと……分かるな?」
「……!」
感情に呼応する様に逆立つ赤髪に、燃え上がる瞳。
【ギルド】の紋章が刻み込まれた大剣を構える《軍長》の姿に、僕は思わず息を呑んだ。
【ギルド:朱雀】──設立15年、構成人数は100名を越え、近年その勢いを大きく増す迷宮都市を代表する【ギルド】の一つ。
【朱雀】は迷宮都市の中心部に拠点を構え、拠点の管理、炊事、清掃、その他雑事を任せられている非戦闘員40余名。迷宮内を探索し戦利品を持ち帰る戦闘員80余名で構成されている。
戦闘員はそれぞれ得意武器や【技】の特性によって5人1組のパーティーに振り分けられ、パーティー自体も総合的な戦力によって上から《主軍》《副軍》《予備軍》と区別される。
《主軍》──【朱雀】の中でも選りすぐりの強者によって組まれた【ギルド】の骨格とも言えるパーティー。
そのパーティーで僕はどう言う訳か《荷物持ち》をやっている。
「この魔石を持ち帰れないと……僕は《副軍》落ちですか……?」
「何を馬鹿な事を言ってるんだ? 荷物持ちもこなせない金食い虫が《副軍》に居られる訳がないだろうが。無報酬で《予備軍》、いやソロからやり直せ、それが嫌なら【ギルド】から出て行け」
顔から血の気が引いた。
「で、では、予備の食糧等を捨ててそのスペースに入れると言うのは……」
「駄目に決まってるだろうが。万一に備えて全て保持しろ」
「ならどうすれば……」
「それくらい自分で考えろ」
《軍長》からの怒号に身を竦ませながらも、僕は必死になって思考を巡らせる。
荷物持ちの僕が無理難題を押し付けられるのはこれが初めてではない。
僕は脳内に自身の《ステータス》を浮かび上がらせる。
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【名前:アレン・フォージャー】Lv.18
武術:E (6/42)
魔法:F− (0/27)
防御:F (23/32)
敏捷:F+(12/35)
器用:G+(0/20)
反応:F+ (0/25)
魔力:G+(0/18)
経験値:1870/1917
保有技点:133
《所有技》
【収納】
┃
┣〔体積〕level.9(0/180)
┃
┣〔重量〕level.8(0/200)
┃
┗〔時間〕level.5(0/250)
《効果》
能動効果。
魔力を対価に触れた物を即座に出し入れ可能な空間内に収納する。
levelに応じて空間内の重量制限緩和。
levelに応じて空間内の体積制限緩和。
levelに応じて収納物の時間経過減速。
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「……もう少しで僕のLvが上がります。その際に取得した《技点》を【スキル:収納】──その〔重量〕に振ります。これで持ち運べる様になるはずです」
《技点》──Lv上昇に応じて得られる、ステータスや【技】の効果を上昇させる為に必要なポイント。
冒険者はLv.upで得られた《技点》を自分が理想とする冒険者像を目指して振り分け、強くなる。
必死の思いでそう告げた僕に対して、
「あはははははは!」
一見すると子供にしか見えない小柄な体躯、その身に合わない大弓を引っ提げた狩人──ルワンは目に涙を浮かべる程に笑った。
「あのさぁアレン。ここ中層だよ? 上層でも深部の敵に全く歯が立たない君が倒せる敵ってどこにいるのさ?」
「そ、それは……」
僕は屈辱に身を震わせながらも言葉を続ける。
「いつもの様に、皆さんが弱らせた魔物にトドメを刺して……」
「嫌だね」
嘲笑を浮かべていたルワンは、僕のその提案を言下に切り捨てた。
「そもそもさぁ、戦闘能力なんてカス以下だけど荷物持ちだけは得意なキミに、わざわざ経験値を分けるなんて嫌なんだよね」
「……そんな」
「現状みんなはキミの【技】、荷物持ちとしての有用性を買って経験値を分けてあげてる状況だけど、その荷物持ちすら満足にこなせないキミの言う事を聞く理由っててさ、何?」
ルワンからのその言葉に、僕はちっぽけなプライドが折れた音を聞いた。
僕の口から、堰を切った様に本音が零れ落ちる。
「僕だって、振りたくて【収納】に《技点》を振っている訳じゃない! 本当は武術にも、防御にも敏捷にも振りたかった!」
「へぇ……」
僕が反論するのは予想外だったのか、ルワンは猫の様に目を細めると笑顔を引っ込めて僕を見据える。
「荷物持ちにだってなりたい訳じゃない!本当は剣士に──冒険譚に記される様な英雄になりたい!【技】に適正はないけど、その為に毎日剣を振ってきた!」
「テメェ中々言うじゃねえか」
いつもは良い様に扱われていた僕が、声を震わせながらも反論する姿にガレウスは強圧的な声で応じる。
それでも僕は臆さなかった。
「ガレウスさん……僕は【技】を持ってないにも拘らず一級冒険者として活躍している貴方みたいになりたかった!」
ガレウスは、一瞬虚を突かれたように動きを止める。
ガレウス・ロッゾ──【技】を一つも持たないながら、迷宮都市で名を馳せる【朱雀】のギルドマスター。そして、数少ない単独で迷宮下層進出を許可された第一級冒険者。
どんなに【技】に戦闘の適性がなくても強くなれる事を証明した、僕達駆け出しの冒険者にとっては紛れもない英雄──だった。
「テメェみたいな荷物持ちと一緒にするな。テメェが俺みたいになれる筈がないだろうが。俺は──」
ガレウスは不快感を隠そうともせず僕を睨み付ける。
一触即発の空気が迷宮を漂っていたその時。
「──そこまでにしましょう」
迷宮に似つかわない、凛とした声が剣呑とした空気を沈めた。
回復術師のシエラは、ニコリと笑みを浮かべると僕達を見回して告げる。
「アレンさんの言う事は尤もですよ。剣士としての大成を期待させて私達の【ギルド】に招待しておきながら、荷物持ちとして使い潰されているアレンさんは、余りに哀れです」
「まだ【ギルド】に入って三年目のガキがテメェの意思で《技点》を振れるなんざ、あり得ねぇ話だ」
「それでも──」
シエラは僕に憐憫の視線を向ける。
「アレンさんは《技点》の殆どを【収納】の効果上昇に使ってしまった。アレンさんのLvは18。一般的な冒険者に比べて高いかもしれませんが、ステータスはただの町民と変わりません」
荷物を持つ役割だけを与えられた駒──シエラは僕をそう呼称し、続ける。
「仮に今から荷物持ちを辞め、剣士として一級冒険者を目指しても、Lvを上げる大変さは駆け出しの比ではありません。《技点》を集めるのも人一倍大変でしょう」
愚かな事に、僕は話の途中までシエラを信じようとしていた。
今まで何度も馬鹿にされてきた事を忘れ、彼女だけが僕の味方であり、今も僕を助けてくれていると。
「アレンさん、もう既に貴方は〝手遅れ〟なんですよ。冒険者としてやっていくには荷物持ちしか道がない」
僕を憐れんでくれていると思った表情は、徐々に嘲りの表情へと変わっていく。
「一級冒険者になる? 英雄になる? 荷物持ちとして大成したいというならまだしも、そんな事不可能に決まっているじゃないですか。貴方が夢見る理想の冒険者像は、既に虚像なんですよ」
「そんな……」
目の前が黒く染まっていく。
心の奥底で薄々気付いていた、しかし気付かないフリを続けていた事実を喉元へと突き立てられていた。
僕は涙を堪えて言葉を絞り出す。
「約束が……約束が違うじゃないですか……冒険者は最初の数年は【ギルド】の為に《技点》を振るって……それが【ギルド】に所属する者の礼儀だし、その方が最終的には強くなれるって……」
「はぁ」と、溜め息一つ《副軍長》のクラウンが答える。
「馬鹿だねアレンは。Lv上昇に必要な《経験値》はLvを上げる毎に加速度的に増えていく。それに比べてLv上昇で得られる《技点》は、ブレは有っても常に一定。一級冒険者に──英雄になるには、無駄な所に貴重な《技点》を振ってる余裕なんてないのさ」
と言っても──クラウンは子供を諭す様な口調で続ける。
「【スキル:収納】──いかにも荷物持ちになる為のこの【技】で英雄になるなんて元から無理な話だったのさ」
◆
迷宮16階──岩窟層。
「ガッ……!」
不意打ちは失敗に終わった。
迷宮中層──迷宮の11階層から20階層を差して呼ばれるその層には、数多の強力な魔物がひしめく。
そしてその中には、数種類の異質な魔物が存在した。
その見た目は時に絢爛な宝箱であり、時に薄汚れた皮袋である。
迷宮からの恵みとばかりに無警戒で宝箱を開ければ、そのまま上半身ごと噛み砕かれる。単なる冒険者の落とし物とスルーしようものなら、背後から襲い掛かられる。
擬態袋──上層、中層問わずその【擬態】スキルによって冒険者を待ち構える魔物の存在を見抜いた僕は、先制攻撃を敢行した。
基本的に相手の油断を待ち続ける擬態袋であれば、唯一荷物持ちの僕でも勝機がある。
そう見込んでの短剣による不意打ちだった──が、
「ねえねえシエラ。あいつ死ぬんじゃない?」
不意打ちに失敗し、既に体中が血だらけで満身創痍の僕を見て、狩人のルワンはそう呟いた。
「ここでアレンさんが死んでしまえば、アレンさんが【収納】している戦利品をロストしてしまうかも知れませんね」
「……どうする? 助太刀する?」
「ルワンさんがそうしたいならそうすれば良いかと」
「ちぇー。あいつの事助けたく無いけど、何だかんだ擬態袋も弱ってるし、経験値狙いのLA頂くかぁ」
ルワンはそう言い終わるか否かの所で大弓に矢を番えると、狙いを付ける素振りもなく放った。
「……!」
皮袋の口から獰猛な牙を剥き出しにして僕に襲い掛からんとしていた擬態袋は、その胴体に風穴を開けると、魔石すら残さず消滅した。
【Lv.18→19に上昇しました。《技点:114》を獲得しました。現在の《保有技点》は247です】
脳内にLv.upのインフォメーションが流れる。
《保有技点:247》──これならば【スキル:収納】の〔重量〕levelを上げる事が出来る。
満身創痍の身でありながらもその事実に安堵する僕の背後で、シエラがポツリと声を漏らした。
「おや? 擬態袋が何やら戦利品を落としましたね」
胴体を撃ち抜かれ、虹色に輝く生命の残滓が岩壁へと回帰する中、運良く一つの戦利品が消えずに残っていた。
「これは、擬態では無い本物の皮袋……?」
戦利品を手に不思議そうな顔を浮かべるシエラ。
遠くから成り行きを見ていた《副軍長》のクラウンが口を挟んだ。
「擬態袋が戦利品を落とす例はあまり聞いたことが無いね。取り敢えず迷宮から帰還次第鑑定に出すとしよう」
クラウンは未知の戦利品を傷だらけの僕に押し付けると、「厳重に保管するんだ」と一言上層方向へと長槍を向ける。
「無駄な戦闘が挟まったせいであまり時間に余裕がない。今回の【朱雀】全軍遠征の集合期限は今から30時間後だ。主軍が時間通りに帰還出来ないなんて事が有ってはならない」
クラウンは同意を求めるように《軍長》のガレウスへと向き直る。
「馬鹿な荷物持ちのせいで時間を食ったが、今日中に10階層で《副軍第一軍》と合流。そのまま地層──俺たちの拠点まで帰還する」
「りょーかい」
「承知しました」
狩人のルワン、回復術師のシエラが返事を返す中、僕は息も絶え絶えに訴える。
「すみません……傷が酷くて動けそうにありません……回復を頼みます」
縋るような僕のその視線に対し、回復術師のシエラは酷薄なまでの笑顔を浮かべる。
「ルワンさんの言葉を借りる訳ではなく無いですが、残念ながら嫌ですとしか言えません」
「ど、どうして……」
「申し訳ございません。魔力自体はまだ残っているのでアレンさんの回復自体は可能なのですが、不測の事態に備えて残さなくてはなりません」
荷物持ちを回復する優先度は低い──シエラは言外にそう匂わしていた。
僕は絶望的な気持ちになりながらも、一縷の希望を込めて《軍長》のガレウスへと相対する。
「《軍長》……高回復薬の使用許可を頂けますか……?」
「その程度の傷で【ギルド】の貴重な高回復薬を使わせる訳がないだろうが。テメェが買った回復薬でも使ってろ。帰還するぞ、さっさと準備しろ」
その言葉に《主軍》のメンバー各々が手早く支度を揃える。
「ねえねえアレン。帰るからさっさと地図役やってよ。キミしかここまでの道覚えてないんだもん」
狩人のルワンの言葉に、僕は仕方なく過去に自費で購入した粗悪な回復薬を呷り簡易的な止血をする。
ふらつく頭で迷宮内での現在地から10階層までの道順を逆算すると、ルワンに責付かれながらも何とか足を前に進めた。
◇
迷宮10階層──安全地帯。
1階層から連なる迷宮上層の最深部。
中層へと続く大穴を幾重にも堅牢な壁が囲う、中層への関所であり、魔物の侵入を極限まで阻んだ冒険者の休息地。
どこも法外な値段ながら、宿屋に武器屋、古道具屋が軒を連ね、小規模な町の様相を呈している。
安全地帯の一角。主に上層未踏破地帯の探索を行う【朱雀】《副軍第一軍》──ドルゲスが指揮するパーティーは《主軍》の到着を今か今かと待ち侘びていた。
裕福な商人を想起させる肥満体。長く伸びた髭をしきりに扱いていたドルゲスは、腹立たしげに一人の冒険者の名を呼んだ。
「おい照明屋。今の時間は?」
「……はい。現在1430、主軍の到着時間を150分程超過しています」
「どうしてまだ《主軍》が、ガレウス様が参られないのだ!!」
ドルゲスは敬愛する《主軍軍長》の不在に、見当違いの怒りをぶつける。
照明屋と呼ばれた銀髪蒼眼の少女は、ドルゲスのあまりの剣幕に身を縮こます。
「どうせあの荷物持ちが足を引っ張っているに違いない……ガレウス様はどうしてあんな無能を《主軍》に登用されたんだ」
聞こえによってはガレウスの判断を軽んじているとも取られるドルゲスの発言。
しかしドルゲスは気付いた様子もなく一人の荷物持ちへの憎悪を募らせる。
「あいつさえ、あいつさえ居なければ私が《主軍》としてガレウス様の露払いに……いや、片腕にまでなれたと言うのに」
目を充血させ、あり得た筈の未来に対する妄想を加速させるドルゲス。
いつもは機嫌取りに徹するパーティーメンバーも危うきに近寄らずと距離を取っている。
《照明屋》──ルル・ソルレット。
迷宮において地図役兼暗所を照らす照明屋としての役割を全うするルルは、一人ドルゲスの怒りの捌け口となっていた。
「おい照明屋。お前主軍の荷物持ちと随分親しいらしいな」
「はい……?」
ルルは質問の意図が飲み込めず、警戒しながらも返事をする。
「どういう手を使ってあいつが《主軍》に留まっているか。詳しいやり方を教えろ」
「……いや」
「あいつがガレウス様に上手いこと取り込んだのは間違いない!その小狡い方法を教えろと言ってるんだ!」
鼻息荒く迫るガレウスに対して、ルルは思わず顔を背ける。
《荷物持ち》──アレン・フォージャー。
【朱雀】への加入はルルとほぼ同時期で、加入してから半年程は《予備軍》の同じパーティーだった。
当時はアレンが《剣士》、ルルが《回復術師》を務め、主に迷宮一、二階層の探索を行なっていた。
アレンが《主軍》への奇跡的な昇進。ルルも《副軍》へと昇進を果たしてからも、パーティー内での不遇な立場をお互い慰め、励ましあう──そんな仲だった。
「──ルル。今日は君の誕生日だろ? 昨日たまたま道具市で見付けたんだけど、これ」
そう言って首に掛けてくれたシルバーチェーンのネックレス。
装着者に微小ながらも《治癒効果》を付与するそのネックレスをギュッと掴んだルルは、未だ姿を見せないアレンへと思いを馳せる。
【朱雀】の中で誰よりも心優しい剣士。
それがルルのアレンに対する人物評だった。
「……狡い方法なんて使ってませんよ、アレンは」
「そんな訳がない!あんな無能な荷物持ち、《主軍》から追放されないのには何か理由がある筈だ!」
頑なに考えを曲げず喚き続けるドルゲス。
ルルはドルゲスが落ち着くタイミングを見計らい、口を開く。
「アレンの【技】について、《軍長》はご存じですか?」
「……あ? 確か【収納】だったか。戦闘には何ら役に立たない屑スキルだ」
「確かに戦闘には役に立ち辛いですが、中層を主戦場とする《主軍》には必須の【技】です」
「どういう事だ?」
理解が追いつかない様子のドルゲスを見て、ルルは心の中で嘆息する。
「上層には大きさこそ差はありますが各階に安全地帯があります」
「それがどうした?」
「基本的に私達《副軍》は各階層の安全地帯を拠点にして探索を繰り返してますよね?」
「だから、それがどういう関係があるんだ!」
問答に耐えきれなくなったドルゲスが声を荒らげる。
ルルは顔を引きつらせながら、「すみません」と一言話を続ける。
「……私達が探索を引き上げて安全地帯に戻るのはどのタイミングでしょうか?」
「馬鹿にしてるのか? そんなもの戦利品をこれ以上保持できなくなったタイミング──」
「はっ!」と、ドルゲスは顔を上げた。
「そうか……中層以降は安全地帯が存在しない。大量に戦利品を保持できる荷物持ちが必要なのか……」
「それだけじゃ無いですよ」
ルルは恐怖心を押し殺し、矢継ぎ早に続ける。
アレンが馬鹿にされているという事実に、ルルはかなりの苛立ちを覚えていた。
「荷物持ちの役割に隠れて気付かれにくいですが、アレンの地図役としての能力は一流です」
ルルは《予備軍》時代を思い出す。
地図役は基本的にアレンが務めていたが、アレンが先導するパーティーが迷宮内を迷うといった事はただの一度もなかった。
本人曰く一度通った道は絶対に忘れないらしく、過去に通った道の中から目的地までの最短経路を常に選択する事が可能……との事だ。
(出来る訳がない)
いとも容易く言って退けるアレンに、当時のルルは密かに戦慄した。
現状《副軍》に昇進したルルは《地図役》を兼任しているが、当時のアレンと比べてもその能力には天と地の差がある。
「《主軍》のガレウス様方にあいつの能力が認められている、というのか……」
怒りに震える肩が徐々に沈んでいく。
ドルゲスは消沈した様にその場に座り込んだ。
(本当に認められてたら……もう少しアレンの扱いも良くなると思うんだけど)
ルルはその姿に気を良くしながらも、ドルゲスに聞こえない様ポツリと独りごちた。
荷物持ちしか能が無い役立たずと馬鹿にしながら、その実《主軍》はアレンの地図役としての能力に依存している。
アレン当人すら無自覚なその事実に、ルルだけが気付いていた。
すっかり気落ちしたドルゲスの元をそれとなく離れようとしたルルだったが──
「──認めんぞ……私は絶対に認めない……!」
一方的な恨みと飽くなき野心のこもった怨嗟の声。
「《主軍》は【朱雀】の中で最も強い5名が選ばれなくてはならない。ガレウス様、クラウン様、ルワン様、シエラ様、そして──この私」
ガレウスに対する敬愛に出世欲、アレンに対する憎悪で濁った瞳で空を見上げたドルゲスは、幽鬼の様に立ち上がる。
「アレン……《主軍》に相応しいのはこの私だ。絶対にお前を破滅させてやる……!」
【ギルド:朱雀】──《主軍》到着を告げる笛の音が安全地帯を木霊する。
呪詛にも似たその言葉は、笛の音と上層帰還を讃える冒険者の歓声によって掻き消された。
◆
地層──聖剣広場。
「迷宮10階層到着までに180分の遅延。地層到着までに多少無茶な行軍をして結果的に60分の遅延だ。遅延の責任はアレンの報酬から償わせてもらう」
クラウンからの無慈悲な言葉に耳を傾けている余裕はなかった。
まだ癒えていない傷だらけの体で無理な移動を重ねたせいで、僕の体は限界を迎えていた。
「アレン……大丈夫……?」
《副軍第一軍》所属──【朱雀】で最も親しい冒険者であるルル・ソルレットが僕の顔を反対方向から覗き込んでいた。
ルルの銀色の長髪が僕の両頬を撫でる。
「大丈夫だよ……ルル……ぐっ!」
心配そうな顔を浮かべるルルの膝から顔を上げようとした僕は、腹部の刺すような痛みに思わず苦悶を漏らす。
「まだ動いちゃダメだってアレン。任せて……」
ルルは繊細な割れ物に触れる様に、恐る恐る僕の腹部へと両手を乗せる。
「頼りないけど……これで何とか」
淡い光がじんわりとした温もりを伴って僕の腹部を包む。
【光魔法】──ルルの持つ【技】が僕をゆっくりと癒す。
聖剣広場──数百年の間誰も抜く事ができなかったとされる迷宮都市の象徴とも呼べる《伝説の剣》が中央に鎮座する広場。
迷宮入り口手前に広がるその広場は、市民には憩いの場として、冒険者には迷宮に挑む前の準備地点としての役割を果たしている。
そしてその広場の一角。有料の医薬品が並べられ、毛布が雑多に敷かれただけの応急救護室で、僕とルルは暫し二人だけの時間を過ごしていた。
「ねえアレン」
「……ん?」
「お願いだから、こんな無茶もうしないで」
ポツリと水滴が僕の額に落ちる。
閉じかけていた目蓋を開くと、ルルは体を震わせながら泣いていた。
「ごめん……」
僕はただ謝る事しか出来ない。
《主軍》で使い潰されている現状、無茶をしない保証なんてどこにも無かった。
僕は気まずさから応急救護室の外へと視線を向ける。
《主軍》《副軍》のメンバーは既に【朱雀】拠点へ帰着している頃合いだろう。
《予備軍》《非戦闘員》は広場内に簡易的に仮組みされた小屋の下、今回の遠征で獲得した魔石を大きさ、重さ、純度毎に仕分けていた。
大量の魔石は商人が統括する【ギルド】に売り払う。
ドロップアイテムの類は鑑定の後、有用な物や武器防具の素材になる物を除いてこれもまた売り払う。
【朱雀】帰還を聞き付けた商人と在野の鑑定士、一級冒険者の帰還を見に来た野次馬が広場内を慌ただしく往来している。
「……ルル」
「ん?」
ルルの献身的な治癒によって、僕の体は何とか歩けるまでに回復していた。
ありがとう、もう大丈夫──そう言って立ち上がろうとした僕だったが。
「……どうしたの?」
不休で動き続けた事による疲労に光魔法の安心感。
緊張の糸が切れた僕は、ルルの膝を枕にそのまま意識を失った。
◇
「ドルゲス様。一部のドロップアイテムに関して、詳細な鑑定結果が出ました」
「うむ」
【朱雀】全軍合同の大遠征から一週間。
一月にも及ぶ長期遠征の余熱は既に冷め、獲得した膨大な魔石の換金、ドロップアイテムの鑑定・仕分けは既に大方終了していた。
「再鑑定を依頼したドロップアイテムは全部で3つだったか……」
「はい」
【朱雀】において、平時は《経理部門》を担当するドルゲスは、子飼いの非戦闘員から鑑定書を受け取る。
戦利品にはその希少性や性能、効果によって大きく5つのレア度が存在する。
その中でも、ドロップアイテムに絞ると以下の分類が存在する。
上層低階層でも容易に取得できる《コモン》。
上層低階層で稀に取得できる《ユニーク》。
上層深部で稀に取得できる《レア》。
中層深部で稀に取得できる《エピック》。
そして下層深部でしか取得できない《レジェンド》。
レジェンドアイテムは、過去に自死を覚悟して下層深部へ進出した一級冒険者の手により、計三点の取得に成功した歴史がある。
その証拠となる鑑定書は、現在も各所に残されている。
ただ、肝心なアイテム自体は【ギルド】同士の壮絶な争いの末、一点は大破、もう一点は武器への錬成に失敗して消失した。
現存する唯一のレジェンドアイテムは、小国すら買えるだけの金額と引き換えに国宝として王宮内部に保管されている。
高価な竜皮紙に記されていた鑑定内容を読み始めたドルゲスは、一枚目にして思わず目を疑った。
「エピック……だと……」
希少性は大抵の場合性能や効果に直結する。
職人の腕や製作過程によって差異は生まれるが、コモンアイテムを元に作った武器は性能が低く、エピックアイテムを元にした場合は性能がとても高くなり易い。
「《能動効果》付きのエピックアイテムか……」
レア以上のドロップアイテムには、魔力を流す事により《能動効果》を発揮する物が存在する。
《能動効果》を持つ事が判明した一部のドロップアイテムに対し、ドルゲスは厳密な効果を確認すべく再鑑定を要求していた。
ドルゲスは椅子に深く腰掛け直すと、もう一度慎重に鑑定書を読み始める。
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【アイテム:魔法袋】レア度:エピック
《取得階層》
16階層
《ドロップ対象》
擬態袋
《効果》
魔力を対価に生物を除く、袋の口に収まるあらゆる物品を収納可能な皮製の袋。
袋内の空間を最大5m×5m×5mまで拡張する事が可能。
袋内に入れた物品の重量は1/50となる。
袋内に入れられた物品の時間が停止する。
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「……信じられん」
ドルゲスの再度の驚嘆に反応した非戦闘員は、ドルゲス譲りの卑しい笑みを浮かべる。
「レア度エピック。しかも《能動効果》付きのドロップアイテムともなれば、かなりの高値で売れますな」
早速脳内で皮算用を始める非戦闘員に対して、ドルゲスは即座に待ったをかける。
「このアイテムは、売ってはならぬ」
「……何故?」
「これから我らが【朱雀】は更に飛躍を続ける。中層、そして下層への進出を果たした時、戦利品を安全かつ大量に保有できるメリットは大きい」
ドルゲスはどこかで聞いた様な話を尤もらしく告げる。
「成る程。【朱雀】のさらなる躍進を見越して、目先の利益に囚われるのではなく保持すべしと。ドルゲス様のご慧眼に感服いたします」
「一応見積書は徴するが、どれほど高値であっても手放す事は無いだろうな」
ドルゲスはそう話を纏めると、ガレウス様へ上げる決裁書を記すという名目で非戦闘員を部屋から退出させる。
「これならば……このアイテムさえあれば“あいつ”を蹴落とせる」
一人だけとなったその部屋で、ドルゲスは鑑定書片手に暗く笑った。
◆
【朱雀】本館──会議堂。
ギルドマスターのガレウスを筆頭に、《主軍》《副軍》のメンバー全員が一堂に会している。
月に一度、【ギルド】の指針を定める定例会議は、俄に波乱の様相を呈していた。
「──という訳で最後の戦利品、《魔法袋》は売却せずに【ギルド】の共有物とする事に決定しました」
《経理長》のドルゲスはドロップアイテムの処置に関してそう結論付けると、壇上から降り、ガレウスに何やら耳打ちをする。
ガレウスは鷹揚に首を縦に振ると、ゆっくりと壇上へと向かう。
「【朱雀】長期遠征の成果報告並びに収支報告はこれで終わりだ。次は《軍》の編成について、異動──いや“左遷”報告がある」
厳かに告げられたガレウスのその言葉に、会議堂内に緊張が走る。
左遷──つまりは降軍の報告。
一人を除いた《主軍》の面々が泰然と構える中、僕は《魔法袋》の効果を聞いた時から、既に動揺が隠せなかった。
「アレン……」
半円状の会議堂──横に座っていたルルが僕の手をギュッと握る。
これから告げられるであろう内容に、ルルも胸騒ぎを覚えている様だった。
僕は祈る様な気持ちでガレウスの一挙一動を見守る。
「今回の《魔法袋》獲得により、《主軍》において荷物持ちが不要になった。よってアレン・フォージャー、テメェを《主軍》──いや【朱雀】から追放する」
《副軍》の一部メンバーから安堵の吐息が漏れる。
対照的に僕は死刑宣告をされた囚人の様な、絶望的な面持ちを浮かべる。
降軍ですらない、【ギルド】からの追放。
「そんな……」
僕は掠れた声を漏らす。
【朱雀】に入ってから三年間。運にも恵まれたが半年の《予備軍》経験を経て、異例の《主軍》への昇進。
パーティー内では常に虐げられていたが、英雄になる為にと日夜耐え忍んでいた。
走馬灯の様に【朱雀】での辛い思い出が蘇る。
(これで荷物持ちから、虐げられてきたパーティーから解放される)
そう思えたらどれだけ楽だったろうか。
アレンが抱いた感情は──屈辱感と圧倒的な喪失感だった。
「《主軍》の空き枠には、《副軍第一軍軍長》──ドルゲス・ベンジャー。お前が入れ」
「はは。ありがたき幸せ」
ドルゲスは心底感激した様に体を震わせる。
肥えた体躯を半分に折り曲げ、ガレウスに対して謝意を示した。
「……」
とうの僕はそれから一言も発する事が出来ず、その場に座り込む。
ガレウスを含む《主軍》の面々、そしてドルゲスから、容赦ない嘲笑、侮蔑の視線が向けられていた。
(もう……いいや)
この状況に耐え切れなくなった僕が会議堂からの退出を試みようとした、その時──
「──お、恐れながらガレウス様。こ、今回の決定に関して異議を申し立てます」
僕の横に並んでいた、銀の長髪に澄んだ湖面を想起させる蒼眼の少女。
ルルはその華奢な体を震わせながらも、決然とした意志を持って立ち上がった。
「──あ?」
己が決定事項に刃向かう存在に対して、ガレウスは不快感を隠さなかった。
「アレンの追放処置に関して、再考を求めます」
「も、申し訳ございませんガレウス様。今すぐこいつを黙らせます」
自らが《軍長》を務めるパーティーメンバーの思いがけない叛意に、ドルゲスは顔を青くする。
ルルの元まで、その肥満体を揺らして一直線に向かうドルゲス。
「おい照明屋。お前が何をしているのか分かっているのか!?」
「すみません《軍長》。どうしてもここだけは折れる事が出来ません」
「愚か者!!」
怒り心頭に発したドルゲスは無理やりルルの頭部を鷲掴むと、勢いそのまま地面に押し倒す。
「ルル!」
「……来ないで」
ルルを守るべく衝動的に立ち上がった僕は、その一言に動きを止める。
アレンの立場がこれ以上悪くなってはいけない。
ルルの目にはアレンを巻き込むまいとする断固とした意志が宿っていた。
「この度は非礼の数々、誠に申し訳ございません。ひとえに《軍長》の私の不徳の致すところです」
ドルゲスはルルの頭を無理やり下げさせると同時に自らも頭を下げる。
ドルゲスにルルを庇う気持ちなど一切存在しなかった。
ガレウスの逆鱗に触れない。その事だけを目的としたドルゲスの謝罪は、結果的に取り返しのつかない墓穴を掘った。
「お前の不徳の致すところ──言ったな?」
「は、はい」
ドルゲスはしきりに流れ落ちる冷や汗を片手の甲で拭う。
その顔色は既に赤を通り越して青ざめていた。
「《主軍》の空き枠にドルゲスを登用すると言ったが、訂正だ。一月後の中期遠征──それまでに最も成果を上げた者を《主軍》に抜擢する」
思い掛けない事態にただ呆然とした様子のドルゲスに対し、会議堂が俄に色めき立つ。
もしかすれば自分にも《主軍》昇格のチャンスが──その場にいる多くの戦闘員が想像を膨らませていた。
「他に何か伝達事項のある奴はいるか? いないなら定例会議はこれで終いだ」
半円状の会議堂を見回し、発言を求める人が居ないと判断したガレウスが壇上を降りる。
「──待ってください!」
なんとかドルゲスの手から逃れ、ルルはガレウスの前へと立ち塞がる。
「どうか、アレンの……アレン・フォージャーの追放だけはお許しを……!」
「こいつを黙らせろ」
ガレウスはそう一言、その場を立ち去る。一考する素振りすら見せなかった。
ガレウスの冷酷な命令に対し、会議堂に集う多くの戦闘員がルルを取り押さえる。
皆が《主軍》昇格を目指し、自らの有用性を示すべく躍起になっていた。
「あーあ、つまんない。ガレウスも少しくらい話聞いてあげればいいのに」
「残念ながらガレウスにとってアレンの追放は既に決定事項。元から他人に意見を左右される様な性格ではないので」
行儀悪く足を投げ出して事態を見物していた狩人のルワンに対して、回復術師のシエラが返答する。
「でもまあ、これで荷物持ちしか脳がない無能を弾き出せた訳だし。今年中に下層まで行けるかもしれないね」
「どうでしょうね。ただ、少なくとも飛躍の年になる事は間違いないでしょう」
吹きさらしの窓の外を見ると、既に日は落ち月光が会議堂に差し込んでいた。
「【朱雀】の行く末に幸あらん事を」
シエラは、一人そう呟くと口元に微笑を湛えた。
◆
「アレンが【朱雀】を脱退だなんて、実に残念だ」
全く残念そうな様子もなく言ってのける《主軍副軍長》のクラウンに対し、僕は無力感と屈辱感に打ちひしがれていた
「お世話に……なりました……」
今にも下唇を噛み切らんばかりの僕に対し、クラウンは道化師の様な不適な笑みを浮かべる。
「脱退するアレンに、一つだけ隠していた事を教えてあげよう」
【朱雀】から去る僕に対し、最後のはなむけとばかりにクラウンは一つの情報を残す。
「アレンが尊敬している──いや、尊敬していたであろう《主軍軍長》ガレウス・ロッゾは【技】を一つも持っていない。あれは嘘だ」
「……!」
僕は驚愕に眼を見開く。
適正スキルを持たない多くの冒険者の希望の星にして、駆け出し冒険者にとっての英雄──ガレウス・ロッゾ。
僕が【収納】なんて戦闘向きでない【技】であっても冒険者を目指し、【ギルド:朱雀】の門を叩いた最大の理由。
今や尊敬の情などとうに捨ててるとはいえ、ガレウスが【技】を所持していたと言う事実に、僕は裏切られた様な思いを抱いた。
「流石に、ただ《技点》をステータスに振り切るだけではあそこまで強くはなれない。ガレウスの【技】──それは【成長】だよ」
「【成長】……」
「【スキル:成長】──簡単に言ってしまえば、Lv.up時に得られる《技点》が人より多くなる。ただそれだけの【技】さ」
クラウンは不愉快そうな、それでいて隠しきれない羨望を言葉に滲ませる。
「まあ、それだけの【技】と言っても、同レベルの冒険者と比べた時、ガレウスは圧倒的に強い」
クラウンはそう断定する。
誰に対しても軽口なクラウン。僕はクラウンのその言葉に、ガレウスの強さに対する信頼を垣間見た。
「……どうしてその事を隠してたんですか?」
ガレウスの真実を知った今、当然とも言うべき疑問を僕はぶつける。
至って真剣に問いかけた僕に対して、クラウンは目を瞬かせると、
「そんなの決まってるだろ? 隠した方が【朱雀】にとって利益になるからだよ」
「……は?」
「【技】を持たない一級冒険者──これだけ扇情的な宣伝文句なんて、思い付いたからには活用しないはずが無いだろ?」
そう言って眼を輝かせるクラウンに対し、僕は苦虫を噛み潰した様な顔を浮かべる。
「お陰で【朱雀】の価値は大きく高まった。今や無報酬という条件でも入軍を志望する者は後を立たない」
クラウンは【朱雀】の拠点、増築を続ける別館方向へと目を向ける。
しかし迷宮都市の区画上、これ以上の増築は手詰まりの感があった。
「残念ながら【朱雀】の成長に拠点の増築は追い付いていない。このまま人数が増えていけば戦闘員が溢れる事は必至だ」
だから──とクラウンは続ける。
「将来性のない──アレンみたいな〝手遅れ冒険者〟をいつまでも【朱雀】に留まらせる余裕なんてないのさ」
「……」
そこで初めて、僕は【朱雀】を追放された真の理由を知った。
「手遅れ冒険者……ですか」
「残念ながら、君が今後冒険者──剣士として大成する事は万が一にもあり得ない」
クラウンは僕の真横に歩み寄ると、肩にポンと手を置く。
「英雄になるなんて絵空事を語ってる暇があるなら、その【技】を活かして運送業者でも目指すんだね」
そう言い残すと、クラウンは手を振り去っていく。
そしてその途中で思い出した様に足を止める。
「ああ、言い忘れてたけど──」
クラウンは後ろを振り返ると、最後にこう言った。
「アレンを最後まで守ろうとしていた《副軍》の照明屋。あれは君より悲惨な末路を迎えるかもしれない」
「どういう──」
「お喋りはここまでだ。もう君は【朱雀】の一員ではない。今すぐ出ていくんだ」
一転して話を打ち切ったクラウンは、抑揚のない声でそう命令する。
「どういう事ですか! 教えてくださいクラウンさん!」
「しつこいぞ、アレン・フォージャー!」
追いすがり、その真意を問おうとした僕は、無情にもクラウンの側に控えていた《副軍》のメンバーに羽交い締めにされる。
そしてそのまま【朱雀】拠点外まで追い出された。
◆
「クソッ!」
深夜の聖剣広場を抜けた僕は、一人迷宮内へと足を踏み入れる。
既に【朱雀】拠点内に僕の居場所は無い。
不要な荷物を捨てると、残ったのは少しの食糧に飲料、回復薬に銀貨数枚。
それら全てが【スキル:収納】によって僕のみが干渉できる空間内に収められていた。
「クソッ……クソ!!」
迷宮一階──洞窟層。
かつて《予備軍》として連日足を運んだ、三級冒険者の主戦場。
駆け出しの冒険者でも討伐可能な低位の魔物が蔓延る上階層で、僕は一匹のゴブリンと対峙する。
「グギャァァア!」
冒険者を見るや、原始的な石斧でもって襲い掛かるゴブリン。
大振りな一撃を僕は辛くも避けると、その反動でよろけるゴブリンの頭部に剣を押し込む。
「ガッ……」
脳天を貫かれ倒れ伏すゴブリン。
僕は短剣を引き抜くと、即座に辺りを見回す。
「グルルル……」
「グギャァァア!」
本来は遠くに投擲して敵の気を引く《匂い玉》。
強烈な匂いを発するその玉をベルトに括り付けていた僕の元には、次々と魔物が押し寄せていた。
「……っ」
僕は剣を構え魔物の群れを睥睨する。
死に対する恐怖心は全く無かった。
何も出来なかった無力感に、剣士としての僕を完全否定させられた挫折感。
それを相殺して余りある屈辱感が、僕の体を突き動かしていた。
「……かかって来い!」
死を厭わない一人ぼっちの戦いは、それから三日続いた。
【Lv.20→21に上昇しました。《技点:118》を獲得しました。現在の《保有技点》は277です】
========================
【名前:アレン・フォージャー】Lv.21
武術:E (6/42)
魔法:F− (0/27)
防御:F (23/32)
敏捷:F+(12/35)
器用:G+(0/20)
反応:F+ (0/25)
魔力:G+(0/18)
経験値:12/2300
保有技点:277
《所有技》
【収納】
┃
┣〔体積〕level.9(0/180)
┃
┣〔重量〕level.9(0/225)
┃
┗〔時間〕level.5(0/250)
《効果》
能動効果。
魔力を対価に触れた物を即座に出し入れ可能な空間内に収納する。
levelに応じて空間内の重量制限緩和。
levelに応じて空間内の体積制限緩和。
levelに応じて収納物の時間経過減速。
========================
【収納】で蓄えていた飲料を、最後の回復薬を使い切った僕は、なんとか地層へと這い戻る。
片目は数時間前に潰れたまま戻らず、右足、左手首はあらぬ方向に曲がっている。
全身を覆う傷は回復薬で癒えるよりも早くその数を増やし、体中に走る鋭い痛みに吐き気が収まらない。
最早動けている事が奇跡──そんな状態だった。
半ば帰巣本能で【ギルド】の──【朱雀】の拠点に戻ろうとしていた僕は、自嘲的な笑みを浮かべる。
「もう帰るとこなんてないのにな……」
そう独り言を漏らした僕の頬を、不意に涙が伝った。
迷宮で繰り返した死闘──それは僕に幾許かの《経験値》と《技点》をもたらした。
しかし、僕は何一つ満たされなかった。
僕がいくら低階層で戦い続けた所で、僕が英雄になる事は決してない。
僕が命を賭して戦う理由など、何一つとして存在しなかった。
「はは……」
乾き切った笑いが溢れる。
そもそも──迷宮一階層で苦戦している事がおかしいのだ。
これでも冒険者を始めてから三年以上の月日が経ち、Lvも二級冒険者と言って差し支えない程上がっている。
それにも関わらず僕のステータスは駆け出し冒険者のソレと変わらない。
それもこれも全て大切な《技点》を何の役にも立たない【技】に振ってしまったから。
僕は足を止めその場にへたり込む。
一度振ってしまった《技点》は、もう振り直せない。
無駄にしてしまった《技点》を取り戻すには、前とは比較にならない《経験値》を貯め、Lv.upを繰り返す必要がある。
迷宮中層でシエラとクラウンに言われた言葉を思い出した僕は、発狂しそうになる自我を必死に押し留める。
「ルル……」
目を閉じると、不意に最後まで僕を守ろうとしてくれた一人の少女の顔が浮かんだ。
「──あれは君より悲惨な末路を迎えるかもしれない」
クラウンのその言葉が頭の中で反復する。
ルルが僕より悲惨な目に遭うかもしれないとは一体どういう事か。
不吉な想像が胸中に立ち込める。
僕は最悪の予感を振り払おうと、鋭く走る痛みを無視して首を左右に振り、大きく息を吸う。
ゆっくりと目を開けると、点在する魔石灯の光が広場を淡く照らしている事に気付いた。
(あれは……)
光が指し示す先──大部分が地面に埋まった巨岩に一振りの剣が突き刺さっているのが見えた。
僕は光に誘われる様にその場から立ち上がると、右足を引きずりながら前進した。
誰が言ったか《伝説の剣》。
剣身の殆どが巨岩に隠れて鑑定が出来ない事を良い事に、一人の冒険者が面白半分で流した酒の席での噂。
様々な尾鰭を付けられ冒険者間で広く噂される様になったその剣は、今や迷宮都市の象徴となった。
【英雄の素質を持つ者にしか抜けない剣。抜いた者の所有を認める】
伝説の剣を囲う様に作られた石の祭壇──そこに刻まれた文言を改めて読み返した僕は皮肉な笑みを浮かべる。
様々な根も葉もない噂が付いて回る《伝説の剣》。
迷宮都市を訪れた観光者の多くは戯れに、冒険者の多くは自分が英雄の素質を持つ事を信じて《伝説の剣》を抜こうと試みる。
しかしながら、現状どれだけの怪力の持ち主であっても《伝説の剣》を抜く事は叶わなかった。
「英雄の素質を持つ者にしか抜けない」──その言葉だけは正しいと、今でも僕は無条件に信じていた。
体中から血を滴らせながら、僕は一歩、また一歩と石の祭壇を上っていく。
英雄の素質なんて物が僕にない事は、故郷から迷宮都市に来て一日目で分かっていた。
希望に満ち溢れ、何にだってなれると思い込んでいた駆け出し時代。都合良く剣が抜けるなんて奇跡は当然起こらなかった。
それでも──それでもと僕はもう一度剣の柄へと右手を、折れ曲がった左手を伸ばす。
「僕は……僕は《英雄》なりたいんです」
後世も語り継がれる冒険譚に名を残す様なそんな英雄じゃなくても良い。
誰に馬鹿にされる事もなく、僕を守ろうとしてくれた一人の冒険者だけでも救ってあげられる──そんな英雄。
僕は震える手に力を込めて剣を持ち上げる──が、
「どうして……」
当然とも言うべきか、剣は微動だにしない。
僕はその場に崩れ落ちる。血溜まりが地面に薄く広がっていく。
もう一歩も動けない、そんな気がした。
【アイテムを収納しますか? ▷はい いいえ】
突如──脳内に【技】使用の選択画面が浮かび上がる。
本来は魔力を対価に使用する僕の【技】。
既に限界を迎えている僕の体は、簡単な魔力制御すら覚束なくなっていた。
【《警告》──規定重量を超過しました。これ以上収納する事は出来ません】
(……知ってるよ)
《伝説の剣》がこんな事で入手出来てたまるものか──そう思いながらも、僕は足掻き続ける。
石の祭壇に、僕が【収納】していた食糧や銀貨、回復薬の空き瓶が転がり落ちた。
【《警告》──規定重量を超過しました。これ以上収納する事は出来ません】
それでも【技】は警告を止めない。
警告音が僕の脳内を反響していた。
【現在の《保有技点》は277です。【スキル:収納】──[重量]に《技点》を割り振りますか? ▷はい いいえ】
僕は、ごく自然にその選択をとっていた。
三日間の死闘で手に入れた《技点》。それを全て無に帰すだけの話ではない。
《主軍》を──【朱雀】を追放され、荷物持ちから解放された僕が縛られる必要のない【技】。
《技点》を割り振ってしまった事をあれ程後悔したその【技】に、僕は再度《技点》を振った。
【【スキル:収納】──[重量]level.9→MAXに上昇しました。現在の《保有技点》は52です】
不思議と後悔はなかった。
未練がましく追い求めていた理想と、今ようやく決別できた様な気がした。
僕は最後の力を振り絞って立ち上がると、祈る様に剣の柄頭を握る。
【アイテムを収納しますか? ▷はい いいえ】
【収納に成功しました】
《伝説の剣》は元々そこに何も無かったかの様に忽然と目の前から姿を消した。
僕は《伝説の剣》の収納に成功した実感が湧かず、 暫し呆然と立ち尽くす。
どれくらい経っただろう。
巨岩を照らす月が雲に隠れたと同時に僕は意識を取り戻した。
僕は恐る恐る《伝説の剣》を取り出す。
「軽い……」
僕の手の平に顕現した長剣は、拍子抜けする程に軽く、そして拍子抜けする程に地味だった。
あれ程までに抜くのに苦心した剣と同一だとは、到底思えないかった。
(もしかして……本当にただの長剣……?)
僕の心の中を暗雲が立ち込める。
元々冒険者の噂から過度な神格化を受けていた長剣。
ただ抜けにくいだけの店売りの長剣──その可能性は否定できなかった。
仮にこの剣が本当に《伝説の剣》なら──レジェンドアイテムならば、魔力を流した時に何らかの《能動効果》が発動するかもしれない。
そう考えた僕は、全身を覆う激痛に顔をしかめながら剣に魔力を流し込む。
果たして──僕の脳内に一つの画面が表示された。
========================
《プレイヤー:アレン・フォージャー》を初期化しますか?
▷はい
いいえ
(注意)
Lv.1になります。
ステータスがLv.1の状態に戻ります。
《所有技》が全てlevel.1になります。
経験値が0にリセットされます。
既に振った《技点》が全て《保有技点》に変換され、初期化後に加算されます。
========================
僕はその表示を、注意書きに至るまで何度も読み返す。
初めは何を言っているのか分からなかった。
ステータスがLv.1の状態に戻る、経験値が0にリセットされるなど、一見すると悪夢の様な出来事が起こるとしか思えない。
しかしながら、何度も読み返し最後の一文に書かれている事を理解した僕は、体が震え出すのを抑えられなかった。
つまるところ、僕が収納に成功した剣の《能動効果》──それは〝ステータスの振り直し〟だった。
そしてそれは僕にとって理想的な冒険者像を組み直す奇跡と呼ぶしかない絶好の機会に他ならなかった。
夢か現実か。
夢ならまだ覚めないで欲しいと、僕は切実に願った。
高鳴る鼓動を必死に宥めた僕は、【▷はい】を選択する。
【《プレイヤー:アレン・フォージャー》の初期化に成功しました】
========================
【名前:アレン・フォージャー】Lv.1
武術:F+(0/30)
魔法:F− (0/27)
防御:G+(0/16)
敏捷:F (0/28)
器用:G+(0/20)
反応:F+ (0/25)
魔力:G+(0/18)
経験値:0/50
保有技点:2295
《所有技》
【収納】
┃
┣〔体積〕level.1(0/20)
┃
┣〔重量〕level.1(0/25)
┃
┗〔時間〕level.1(0/50)
《効果》
能動効果。
魔力を対価に触れた物を即座に出し入れ可能な空間内に収納する。
levelに応じて空間内の重量制限緩和。
levelに応じて空間内の体積制限緩和。
levelに応じて収納物の時間経過減速。
========================
僕のステータスはLv.1──冒険者を目指して故郷を飛び出したあの頃に巻き戻る。
《武術》も、《防御》も、《敏捷》も、【スキル:収納】のlevelさえもリセットされた。
ただ、僕は口角が上がっていくのを抑えられない。
殆どのステータスがリセットされる中で、《保有技点》だけが〝2295〟と見た事もない数に増えて──いや、変換されていた。
月光がまるで祝福する様に僕を照らしている。
(この剣さえ有れば……理想の冒険者像を組み直せる。もう一度英雄になる夢を追う事が出来る!)
僕は湧き上がる喜びに──希望に身を任せる。
この時僕はまだ《伝説の剣》がもたらすリセット効果、その本質に気付いていなかった。
ステータスの振り直し──そんな物を遥かに凌駕する《チート効果》。
僕がその効果に気付いた時──〝手遅れ冒険者〟の逆転無双譚が幕を開けた。
最後までお読み頂きありがとうございます。
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