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『隣人』

苦は疲労の種

作者: 鈴木

「よく終生、自領(わたしのものだ)宣言をさせずに済ませられましたな」

「ああ、それはな。……それはもう大変だったのだ……」


 抑え付けず押しつけもせず、さりとて開放的にもさせ過ぎず。

 常に中庸であることを心掛けながら教育していったつもりだったが、所詮はつもり。そもそも完璧な中庸になど出来る筈もない。

 男が幼少より仕えた王は、生まれながらにしてだろう、少々思い込みが激しかった。

 何度、どのような言葉で修整を試みても、気付けば元に戻ってしまっている。

 常に自分に都合の良いように解釈する習性((あるじ)の生前から内心で幾度となく脳裏に思い描きながら、ついぞ口に出すことのなかったその恐らく(・・・)失礼極まりない単語を、相手がいなくなった今でさえ男は発声することを控えた。死者の尊厳を守ったというより習慣になっていたからだ。それだけ数え切れないほどに繰り返し、もはや条件反射となっていた)は、立場の危うかった頃の自己否定回避にはうってつけだったが、王座に就いた後は厄災でしかなかった。


 歴代王の墓が立ち並ぶ墓所の一角。老齢となる前に病気で死亡した先代王の墓を前に、一組の貴族の男女はしみじみとした言葉を交わした後、どちらからともなく顔を見合わせ、深々と溜息をついた。

 世に名君として名を残したのは全くの虚飾ではないが、勿論、王一人で全てを采配したのではない。

 単純に、王の手は元より二つしかない、ということではなく、随所随所で虚飾に際どい的確なフォローがされ続けたということなのだ。

 それを不本意な苦労であったとは、男も思ってはいない。

 相手が長く篤実に仕え続けた主だからではない。幼少より身近で見守り続けたことによる情はそれなりにあるが、敬慕があったかというと微妙だ。

 それよりも、国の為、王家の私情全開な愚行の余波を国民へ及ぼさない為だった。


 ――――そう自身へ言い聞かせ続けるのでもなければやっていられなかった。


「本音はな……」

「は?」

「いや、何でもない」


 思わず零れた愚痴の端を聞き咎められ、年長らしき貴族の男は首を振って追求してくれるなと苦笑いで回答を拒絶した。

 漸く大事(大義ではない)から解放されたというのに――――いや、だからこそか、前王の生前に時折見掛けた隠し切れない疲労の色よりも更に濃く、そして重い疲れを全身で訴えているようだった。

 前王が男に与えていた緊張は、それだけ男を雁字搦めにしていたのだ。

 それを見て取ってしまえば、前王が生きている間は望めなかった面白がり半分気遣い半分の、悪態(ほんね)を引き出そうという意志も翻さざるを得ず、連れの女はやや不本意な表情(かお)で吐息をつき、視線を前王の墓へ戻した。

 その双眸に傍らの男のような複雑ながらも情の感じられる温色はなく、何処までも冷え冷えとしていた。








覚書

貴族の男 アンネセック・ワグッスコナー

貴族の女 ウィロフィア・ヒュロオジェーヒ

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