探偵だよ。
「あの人、殺されたらしいよ」
誰かが呟いたそれは、レシアの疑問に対する回答ではない。だが、その言葉はレシアが目に映る今の状況を理解するには十分な一言だった。同時に、誰かに右手を引っ張られるように掴まれた。
「......っ!」
左手で『黒の箱』に触れながら咄嗟に振り返ると、そこに居たのは赤い髪の青年だった。
「リゼル?」
青年は軽く微笑みながら親指を立て「あっちで話そう」とジェスチャーした。レシアが意図を理解するよりも早く、青年は手を引いてその場を離れる。
「リゼル、どうしたの?」
「ん、何が?」
「なんか、怖そう? な雰囲気してるから」
「あぁ.....まあ、あれを見た後だからね。流石に警戒心も強くなるよ」
そう言ってリゼルは視線の先の人集りを観察するように眺める。
「なんか、事件があったみたいだね」
「うん、人が殺されたって」
「らしい話でしょ? 鵜呑みにしちゃダメだよ。と言っても、9割殺人だろうけどね」
「分かるの?」
「断定は出来ないけど、逆に事故って可能性も低いってだけ」
「なんで?」
首を傾げるレシアに、リゼルは船の壁を軽く叩きながら答えた。
「単純に、この豪華客船で人が死ぬほどの事故が起こるか、仮に起きたとしてここまで騒ぎになるほど対応が遅れるものかって言う、豪華客船の信頼に対する疑問とそれの解消がないから」
リゼルの言い分は豪華客船という立場を盾にしたやや強引なものだ。だが、間違いではない。世界から評価される存在は、そういうものなのだから。
「極めつけは、噂レベルとはいえ殺人の可能性が示唆されてる事。イレギュラーで対応が遅れてるとしても、客が噂するレベルに話が広がってる以上事故の可能性は低いだろうね」
「そう......」
「もちろん絶対じゃ無いからね。後から『実は事故でした! 噂は所詮噂でした!』ってなる可能性も0じゃないし、というか俺らはその可能性に賭けて、変に首を突っ込まず大人するべきなんよ」
レシアの不安そうな表情の読み取ってか、リゼルはいつも通りの面倒くさがりな雰囲気で、事件に関わりたくないと溜め息を吐いた。
「もし、人殺しの事件だったとして、リゼルなら犯人はわかる?」
その表情は不安か好奇心か、それとも単なる疑問か。レシアはいつも通りの感情の薄い表情で聞いた。
数秒、人集りの方をじっくり見つめた後、リゼルは静かに答えた。
「さっき、チラッと遺体のほう見たけど......流石に無理かな。情報が有りすぎるし、無さすぎる」
「有りすぎし......無さすぎる?」
「とにかく、俺には事件の真相は分からないって事。そもそも首突っ込む気ないし」
「そう......」
「期待に添えなくてごめんね」
「ううん、大丈夫」
申し訳なさそうに謝るリゼルに対し、レシアは大丈夫と首を振った。流石のリゼルと言えど無理はある。それは当然のことなのだ。
「ちなみに、その無理な理由を聞いてもいいかな?」
話を終えた2人がその場を去ろうと踵を返した時、突然背後から声が掛けられた。
「誰だよお前」
軽く舌打ちをし、低い声で問いながらリゼルは振り返る。そこに居たのは、鹿撃帽を被った長い茶色い髪に、インバネスコートを羽織った茶色い瞳の少女。誰かと疑問に持つことすら無駄に感じる見るからの服装に、リゼルは深いため息をつく。それと同時に、目の前の少女は名乗った。
「ブランジーニュ・リター。探偵だよ」
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探偵と名乗った目の前の茶髪の少女ブランジーニュ・リターを、リゼルは睨むように目を細めながら低い声で返す。
「探偵サマが一般客の冒険者に何か用ですか?」
「リターでいいよ。そうだね、先程君たちが面白そうな話をしてたから教えて貰おうかなぁって」
「......なんの事っすか?」
「情報が有すぎて無さすぎる、とか」
リターの言葉にリゼルは視線と警戒心を強めた。リゼルがあの言葉を発した視点で彼の把握できる範囲に、二人の会話を聞いている者はいなかったはずだ。少なくとも、この少女の姿は確認出来なかった。だというのに、少女はリゼルの言葉を聞いている。その事が、リゼルにあらゆる可能性と警戒心を持たせた。
「ああ、安心して」
リゼルの警戒心を察してか、少女は柔く微笑んだ。
「あなた達の会話が聞こえたのは、私の耳が人よりも良いから。でも、私は別に君らをどうこうするつもりはないよ。犯人だと疑ってもいない」
「盗み聞きしてた奴がそれを言ってもな」
「それを言われると耳が痛いなぁ.......地獄耳なだけに」
「やかましい」
少女探偵のボケに思わずツッコミを入れるリゼル。軽く咳払いをして誤魔化そうとするが、リターには警戒が緩んだように見えたのか、ニヤリと笑みを浮かべ1歩距離を詰めて話す。
「君、本当は犯人の検討ついてるんじゃないかなぁ? けど首を突っ込みたくないって本音と、隣の彼女を守るために敢えて分かってないフリをしてるんじゃないかなぁ〜?」
「......」
「おや? もしかして当たり?」
「いや、普通に違うが」
「本当に〜?」
「詰め方がいやらしいし、顔が近い。離れろ」
見透かしているかのような笑みで見上げながら、一言ごとに1歩ずつ距離を詰める少女探偵をリゼルは無理やり引き剥がす。そして逃げるように、レシアへと視線を向けた。レシアから出てくる助け舟はない。白髪の少女は二人のやり取りを不思議そうに黙々と見つめるだけだった。
「はぁ......」
ため息を零し、顔を覆って考えること約2秒。リゼルは顔を上げて真逆の方向に親指を向けた。『場所を変えよう』の合図だった。




