醜い言い合い。
ナンパした事もされた事もない、なんなら彼女がいた事のない俺ですが、純愛が正義ですよ。
日も暮れ、それぞれ時間を満喫したリゼルとレシアは、夕食を取るため部屋へと戻ってきた。
「レストランにしろ、ホールのバイキングにしろ夕飯を取るには私服じゃなくて相応の服装を着る必要があるんだってさ」
「だから、この服......?」
タンスの中に用意されていた服、ドレスを見てレシアは無表情ながら困惑気味に言う。
この船、テリープシップは世界最大級の豪華客船であり、利用客の社会的地位も高い者が多い。その彼らをもてなすのであれば相応の品位や作法があるのは当然だろう。そして、その事を経験としても知識としても知らないレシアが困惑するのもまた当然だ。
「じゃ、そういう事だから。 俺はバスルームで着替えて来るよ」
そう言ってバスルームに入ったものの、リゼルは10秒もせずに着替えて出てきてしまう。あまりの早さにレシアの方が着替える暇がない。
「リゼル、早いね......」
「母さん関係で似たようなのには1回参加した事あるからね。要領わかってるし、手間取る理由はないよ」
「そうなんだ」
納得するように相槌を返すが、その言葉に心は篭っておらず、彼女の視線は目の前の青年を見つめていた。上から下まで。
「どう? 似合う? かっこいい?」
レシアの視線に気づいたリゼルが揶揄うように言う。彼の身長と足の長さを強調する紺色のタキシードスーツは、着替え時間の短さにも関わらずしっかり着こなしており、赤い髪も片側だけかきあげるように整えてイケメンフェイスがはっきり見えるようになっている。そういうコンセプトのクラブハウス等で1番人気になっててもおかしくないだろう。殴りたい面として。
「うん、いつもと雰囲気違う」
「かっこいい?」
「うーん、多分?」
「多分って.......」
しかし、レシアにはそこまで刺さらなかったのか、普段と違う雰囲気の物珍しさに目が引いただけという反応だった。ドンマイ。
「まあ、俺はいいよ。それよりレシアは着替えないの? あぁ、もちろん着替えるってならすぐ出てくよ。部屋の前で待ってる」
「えっと、そうじゃなくて......」
未だ困惑した様子のレシア。どうしたのかとリゼルが首を傾げると、彼女は僅かに戸惑ったように答えた。
「ドレス、どう着るの?」
「............そういう事かぁ〜」
リゼルは頭を抱えた。
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「なんか、動きにくいね」
「着慣れてないだけだよ。はぁ......」
一層深いため息と共に返すリゼル。彼の顔には見てわかる程に疲労感が窺えた。
ドレスの着方をわからないと告白したレシア。当然ながら着替え方の書いた説明書なんてものはないので、リゼルは彼女をバスルームへ放り込み、自分でできる範囲(特にリゼルが手を出せない場所)を本人に任せ、手の届かない、わからない範囲を彼がやるという形で何とかドレスを着させることに成功した。そこにどれだけの苦労があったかは彼の表情が物語っている通りだ。
(二度とやりたくない......とは思うが、ドレスレシアを見れただけでもお釣りは出るか)
隣の少女を見てリゼルは頬を緩ませにやけさせる。
レシアが身を包むドレスは彼女の白髪にあった白のパーティードレス。本人は動きにくいと文句を口にしているが、着こなし具合は完璧の一言だ。ちなみに髪型もリゼルがドレス衣装に合うよう結んでいる。
「どうしたの?」
リゼルの視線に気づいたレシアが小首を傾げて聞く。
「めちゃくちゃ可愛いなって思ってさ」
「そう? ありがとう」
「うぐっ」
リゼルが胸を抑え悶えた。小首を傾げる仕草にはギリ耐えたもののその後の追い打ちには流石に耐えきれなかったようだ。加えて言うなら、レシアは履き慣れていないヒールに苦戦しながら歩いているため、リゼルの腕を支えに歩いては、転びかけて抱きつく形になることが時折ある。それだけでも彼の心臓は飛び出そうなほど跳ねてしまうのだ。
「大丈夫?」
「大丈夫。魔神妃のレーザーより火力強いけどなんとか生きてるよ。無問題」
「そう、なの? なら良かった」
リゼルのボケは通じていない。とりあえず大丈夫だと本人が言っている部分だけを聞き取りレシアは気にせずリゼルの腕を掴んで歩き続ける。
少ししてリゼル達はテリープシップの中心、ホールエリアに到着した。ちなみにレシアは色んな飲食店の料理を食べたいと言っていたが、初日くらいはホールのバイキングにしようとリゼルに諭されている。
「こういうのって、私達は参加していいの?」
「乗客全員参加していいってパンフレットに書いてあったからね。それでも他のレストランとか行きたいって人はいるんだろうし、そもそも客全員に提供出来る程の料理をこのホールだけで用意は出来ないだろうから、そこら辺の調整はしてると思うよ」
「そうなんだ」
「興味無さそうだね。うん、良いよ」
自ら聞いておきながらレシアは目の前の料理に夢中で、リゼルの言葉は右から左へ抜けてしまっている。その事にリゼルは「まあそうだよな」と納得しながら虚無のような表情で料理を口に運んでいる。辺りを見渡しても貴族やらどこぞの大企業の社長やら御曹司やら品の高そうな者ばかり、予想していたという意味では見応えあるものは特にないだろう。
「俺らみたいな、たまたまこの船に乗れただけの凡人は、身の丈通りに隅っこでね......ここで堂々とおかわり行けるレシアはもう尊敬するよ」
高貴な雰囲気でどの株がいいだの、有名人を抱いただの、賢者を雇ったことがあるだの、俗な世間話を繰り広げる彼らの間を、未だ歩きにくそうな足取りで進んで行くレシアはもはや勇敢さすら覚えてしまう。
(ん? あそこにいるのって、昼間レシアをナンパしてた奴か? 隣にいるのは......俺の方に来た女2人?)
昼間出会った顔を見つけるリゼル。流石の彼も読唇術までは使えないが、雰囲気や表情からある程度会話内容は察することが出来る、そのためか或いは知ってる顔だからか、リゼルは遠目から彼らの様子を観察するように見ていた。
(こういう所でもナンパとかするのか? 懲りない奴らだな......)
「あんた達! 昼間別の女と一緒にいたらしいわね!」
「お前らこそ、男漁りしてたらしいな! 良い男は居たか? その様子じゃ居ても振られた感じか!!」
「あんたも同じようね! それもそうよ、あんたのその顔で、女が引っかかるわけないわ」
会話の内容は互いのナンパに対してのようだ。言葉の火力は女の方がやや強いように見える。
「そもそも、あんた達は! パーティー内に異性がいるってのに他の女に手を出そうってのが間違ってるのよ!」
「それはお前らもだろ! お前らも男漁りしてたんだろ!」
「あんた達が満足させられないのが悪いんじゃない! 折角護衛任務でテリープシップに乗れたに、相手があんた達じゃ物足りないのは当然でしょ!!」
「そりゃ俺らだって同じだ! お前らみたいなクソブスビッチよりも品性ある貴族の女の方が良いに決まってんだろ!!」
「何よそれ、最低!!」
話がヒートアップするに連れて彼らの内情が明らかになる。どうやらこの2組は元々は雇われた1つの冒険者パーティーらしい。貴族か企業の社長かの護衛依頼でこの船に乗り、そして互いにパーティー外の異性を求めた、と。
(しかも、互いに自分達の事を棚に上げて相手を罵倒か、あまりにも醜いな。このまま見てても料理の味が悪くなるし、見つかっても嫌だし、見なかったことにしよう......)
自分よりも大人の男女のやり取りに、リゼルは呆れながらそっと視線を外し食事の方に意識を戻す。その時、丁度レシアが両手いっぱいに料理を持って帰ってきた所だった。
「......レシアは純粋だよね」
「? どうしたの?」
「いや、なんでもない」
「そう?」
小さく首を傾げて席に着くレシア。きっと彼女は彼の言葉の意味だけでなく、ここにいる者たちのほとんどの言葉すらわからないだろう。わかったとしてもどうでいいと聞き流すだろうか。
どちらにせよ、彼女がこの場の誰かの言葉で目の色が変わることはないのだろう。少ししてスタッフが彼らを他の客の迷惑になるからと連行して行ったが、レシアはそれすら見向きもしない。
(目移りを気にするより先に振り向かせる事だな)
その素直で純粋なレシアにある種の安心感を覚えながら、リゼルは静かに食事を続けた。尚、彼らの食事が終わったのは約1時間後。先に食事を終えたリゼルの「食べ過ぎじゃないか?」という制止を気にすることなく料理を楽しんでいたレシアに、リゼルの安心感は食費への不安によって完全に消え去った。加えて言うならこの後彼らは同じ部屋に戻り、1つの布団で眠りにつく。否、眠りにつくのは制限のほぼない豪華な食事に食欲を満たした白髪の彼女だけであり、思春期真っ只中の青年は一睡も出来ず、豪華客船の1日を終えるのだった。
今年はこれで終わりです。
予定ではもう少し進むつもりでしたが、後半失速しました。来年はもう少し頑張ります。
では、良いお年を。




