旅人が去った後で- 来客。
元々書く予定なかったけど、執筆欲が強すぎて書きました。
リゼル達が国を去ってから約1週間後、夏の国にとある女性が訪れた。白髪の混じった薄い金髪と黄金色の瞳の彼女の名はエスト・レフェル。『世界最高審判官』である。
「本日はどういったご要件で?」
客室にて国王が問う。その表情と声色には珍しくも緊張が伺えた。彼だけではない。彼の後ろに経つ国王の子供達ですら、エストを前に表情を強ばらせている。
「先日、この国で魔神が討伐されたという話を聞いたので、寄っただけです」
対するエストは至極冷静に言葉を返す。出された紅茶を優雅に飲むその様子からは、肩書きや立場から似つかわしくないほどの余裕が感じるほどだ。後ろの従者2人も慣れているのか、リラックスしているのが伺える。緊張を解せと言わんばかりの柔らかい瞳で国王達を見つめながら、エストは言葉を続ける。
「受け取った資料や、ここに来るまで他の冒険者から聞いた話では、魔神並びにその配下である魔族を全滅させた。と聞いています。間違いありませんか?」
「......えぇ。ここにいる私の娘達と有志の冒険者達に、私の指示で魔神討伐を命じました。失礼、命じたと言うよりは、依頼として頼んだという形になります」
「なるほど......」
国王の話に頷き、エストは紅茶を一杯飲む。夏の国の真夏の猛暑日に熱い紅茶は、かなりふざけている気もするが、エストは全く気にする様子がなく口にしている。やはり余裕があるからだろうか。
「魔神達が作ったという例の城を見たいのですが、よろしいでしょうか?」
「いえ、その城は既に解体されており、今は......」
「では、城のあったビーチで結構。見せて頂きたい」
「......分かりました。ご案内します」
エストの提案を承諾し、国王は子供達と共にエストらを夏の国のビーチへと案内した。向かっている途中、エストはパンフレットに乗っている観光名所や飲食店などを見つけ、シラフネ達にオススメや売れ具合はどうかなどを聞いている。国王と世界最高審判官が並んで歩いているという、傍から見れば何かあったと疑い、悪い噂が立ちかねない緊張走る光景だが、実際の会話内容は観光客とそれを案内するガイドに等しい。
国王とその娘をガイドにするのも、中々贅沢な話ではあるが。
「こちらです」
「ここですか、利用者の数は流石と言うべきですね......」
照りつける太陽の日差しにきらめく海と砂浜。まさに夏を象徴するそこは、2週間程前まで魔神がいて、国を守るために争ったとは思えないくらいの人の多さだった。
「暑いな......」
真夏の炎天下で黒いローブの法服を着ていればそれはそうだろう。エストは小さな呟きを聞き、胸元の襟を掴んで軽く煽った。彼女の発言と僅かに見えた白い肌に、今まで沈黙していた2人が反応し素早く動く。
「エスト様、このような場所でそのような事はおやめください。気づかなかった私達も悪いですが、もう少し周りの視線を気にしてください!」
灰色の髪の男従者が、エストの行動に注意を垂れながら自身の上着でエストを隠すように前に立つ。
「ローブをお預かりします。代わりにこちらをどうぞ」
そう言いながら黒髪の女従者が、ローブを受け取り、代わりに濡れたタオルとミニサイズの扇風機を渡す。さらに懐から日傘を取り出し日光を遮った。
「シナ、お前は気が利くな」
「ありがとうございます!」
エストに感謝の言葉と柔らかい笑みを向けられ、シナと呼ばれた女従者は嬉しそうに顔を緩ませた。その様子はまさに主人に褒められた犬のようだ。尻尾があったら左右にブンブンと振っていただろう。
「あ、あ、エスト様、日傘なら俺も......」
「グレール、お前は私の護衛が役目だろう? お前は足があれば十分かもしれないが、護衛が手を塞いでは単純に狙われやすくなるぞ」
「確かに......考えが回りませんでした」
グレールと呼ばれた男従者も遅れて日傘を取り出すが、こちらは完全に出遅れである。既にシナの日傘を使われているのに加えて、エストの護衛であるグレールは、必要とあれば戦闘も強いられる立場だ。その彼が手を塞ぐ状況は良くないだろうと、エストから注意を受ける。
しょぼくれるグレールに対してエストの死角から彼に対しドヤ顔を向けるシナ。恐らくこの2人はライバル的関係なのだろう。今回のアピールポイントはシナに優勢か。
「シナ、ついでに手袋も外したいのだが......」
「それはダメです。えっちすぎます」
「......えっちなのか?」
「はい。ただでさえ人の集まる夏の国で、普段よりも薄着なのですよ? 異性同性関係なくエスト様に視線が集まるのは必然です。ローブはまだしも手袋は流石にえっちすぎます」
「そ、そうか......」
シナの熱弁に戸惑いながら頷くエスト。彼女のローブ下の格好は半袖に膝上のスカートだが、肌を隠すようインナーとタイツを着させられていた。猛暑日にこれは新手の拷問ではないだろうか、とシラフネ達は眺めていて思った。
「だがなシナ、それでエスト様が熱中症にでもなったらどうする?」
「私がさせませんし、なったら私が介抱するので問題ありません」
「ありすぎだろう。事後の解決策ではなく事前作を出せと言っているんだ。それにお前は兎に角過保護すぎだ。エスト様だって困っているだろう!」
「そう言って、グレールはエスト様の肌が見たいだけでしょ! 変態!」
「ち、違う! そうじゃなくてだな......」
言い合いがヒートアップしてきた所で国王が咳払いし存在を主張する。それを聞きエストは従者2人の頭に手刀を入れた後、国王に向けて申し訳なさそうに頭を下げた。
「私がビーチを見たいと言ったにも関わらず、炎天下の中、見苦しい所を見せてしまいました。申し訳ありません」
「いえ、我々はこの気温は慣れていますので大丈夫です。とはいえ、話を進めてもらいたいのは本音ですが」
「では、早速......と言っても、このビーチの賑わい具合を見れば結論もすぐにまとまります」
「と言いますと?」
国王が聞き返し、エストは辺りを見渡して答えた。
「そうですね、とても2週間前に魔神と戦った国とは思えないくらい平和だと思いました」
「......」
「魔神との戦いの傷跡が見られない。余程余裕があったのか、或いは被害が出る想定で復興の準備を十二分にしていたか......どちらにせよ、観光国として素晴らしい手腕だと思います」
「それは、どうも......」
世界最高審判官からのお褒めの言葉に、国王はぎこちなく頷いた。
「魔神を倒したのは、そちらの凛とした女性の方でしたよね」
「はい。シラフネと申します」
「なるほど、強い方だ」
「......ありがとうございます」
話題の矛先とエストの視線が自身に向いたシラフネは、逸らすように目を伏せながら彼女の言葉を享受する。
シラフネと国王を何度か交互に見つめたところで「時に......」とエストは話題を変える。
「平和協定が結ばれて以降、魔族もまた人類同様に人権を持ち、法に適応されるようになった事はご存知ですね?」
「......それが何か?」
国王が問う。
「魔神と言えど相手は魔族。法は適応されるという事です」
鋭い視線と僅かに下がった声色でエストは言った。
「......シラフネ達を、裁くということですか?」
恐る恐る国王は聞き返した。
夏の国の猛暑日の炎天下にいるにも関わらず、国王達はその場が凍りついたかのように冷たい空気を感じ、背筋に冷や汗を流していた。
少しの沈黙の後、エストは柔らかい笑みを浮かべ言葉を返した。
「いいえ、そのつもりはございません。そもそも裁判官である私は、裁判が行われなければ他者を裁けません。個人的に裁く事もありますが、それは判決から見逃された悪人のみ。貴方達はそれに該当しませんので、ご安心を」
重い空気を振り払うかのように、或いは暗い雰囲気だったその瞬間を小馬鹿にするかのようにエストは緩く話した。
「この話題も、ただの揺さぶりです。貴方達が、魔神を倒した事に対して、何を感じているかを知りたかっただけです」
イタズラのネタばらしのようにエストは言った。彼女は元からシラフネ達を裁くつもりはなかったと、ただ話を聞きたかっただけだと。その事に納得した上で、国王は更なる疑問を浮かべた。
「では、世界最高裁判官様は、何をしにこの国に?」
「最初に言った通りです。話を聞いたから寄っただけだと」
興味本位。一言で言ってしまえばそれだけだと、エストは答える。実際彼女が口にした通り、彼女は裁判が起きなければ他者を裁くことは出来ず、その裁判も現時点では起きてはいない。もっと言うならば、起こす側だろう魔族ももう存在しない。裁判など起きるはずもなかったのだ。今のエスト・レフェルは『世界最高審判官』ではなく、ただ夏の国に立ち寄っただけの『観光客』に過ぎないのだ。
「審判官様って意外と暇なんですね」
ボソリとシーアの口からそんな言葉が漏れた。視線が褐色の彼女に集まる。
「シーア、失礼な事を言うな」
「あ、ごめん。ついうっかり......」
シーアの発言をシラフネが叱責し、次女はすぐに謝罪した。
「審判官様、ごめんなさい。悪気はないんです」
「大丈夫です。私は気にしませんので」
シーアに悪意はない。ただ思った言葉が口から出てしまっただけだ。それを理解しているからこそ、エストと彼女は責めない。踵を返しながら「何より......」と言葉を続ける。
「審判官である私の仕事は、法を犯した者の罪に対する判決です。私が暇ということは、それだけ法と秩序が保たれていることになります。私の暇で、平和が証明されるのならば、それに越したことはないでしょう」
自身の暇は平和の証明。エストはそう言った。確かにその通りだろう。裁判が起きないということは、罪がない、つまり法が犯されず秩序が保たれているという事。シラフネ達もエストの言葉に理解し、妙に納得していた。
「では、法に当たらない罪や裁判すら起きず悪を成した大罪人とかはどうするのでしょうか?」
国王が口を挟んだ。国王という立場ゆえか、彼だけは何故か納得し切れない部分があり、それが疑問へと繋がったのだろう。無意識だったのか国王自身も後から「やっちまった」というように表情を歪めている。
国王の言葉にエストは首だけ振り返る。そして、顔色ひとつ変えず冷静に答えた。
「その場合は、先程も言った通り、私個人で裁きます。或いは賢者達が仕事をするでしょう。それか、賢者でも誰でもない、正義感ある誰かが立ち上がり悪を断つでしょう」
静かに淡々と、それでいて何か芯を貫くような鋭さを視線と声でエストは呟いた。
「今回の件のように......」
エストとその従者2人はもっと後に出す予定のキャラでした。書きたいので出しちゃいました。




