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リゼルとシラフネ。

シラフネは若干天然。

「今夜、少し時間を頂けないだろうか」


 そう誘いを受けたのは、ビーチで満足行くまで遊んだ後、国王の娘達とレシアとで国の観光をしていた時だった。

 最初は「レシアがいるのでお断りします」としっかり断ったリゼルだったが、シラフネから「私も妹達がいるからな。その気はない」と、あまりにもシスコンな即答をされ、謎の安心感を得てしまった。ついでに真っ直ぐな瞳に負けて、リゼルはレシア達が遊び疲れ寝静まった後、彼女の待つ王宮のステンドグラスにやってきた。


「来てくれてありがとう」

「......問題起きる前に今からでも戻って寝たいんだがな」

「そのつもりはないと言っただろう?」

「自分の格好を見てから言ってくれ」


 リゼルの言葉にシラフネは自分の姿を確認した。本人としてはちゃんとした服装を着てきたつもりだが、リゼルに指摘されて戸惑うように首を傾げる。


「何か変なところはあるだろうか?」

「あってくれた方が雑に見れるんだがな。決まってるせいで逆に困る」

「それは良かった、と言うべきなのか?」

「良くねぇよ」


 普段の堅苦しい軍服とは打って変わって、今のシラフネが来ているのは髪色に合った紫色のドレスである。その髪も仕事中の一つ結びではなく、敢えて結ばず夜風に靡かせている。妹達とは違う、実のなった胸もあるからか妙な色気も漂わせていた。普段の凛とした時とのギャップを考える必要もなく、並の男なら一目惚れしてしまうだろう。無論、リゼルはこの程度の色気に掛からないし、レシア一筋なので惚れることもないが。


「いつもの軍服はどうしたんだよ」

「勤務時間外だからな。アレは仕事中にしか着ないと決めている」

「昼間着てただろ」

「護衛として君達と一緒にいたつもりだからな」

「......軍服じゃないにしても、もっとマシな服はないのかよ」

「この服が1番楽なんだ。無駄に気を張る必要もなく、締めつけもないからな。複雑そうに見えて着替えも簡単でな。一瞬で脱げる」

「それはそれでどうなんだよ......」


 リゼルは頭を抱えため息をついた。

 一瞬で脱げる服を着て、夜に男を誘うのはどう考えてもアウトだろう。シラフネにその気はなくても、男はその気になるだろうし、服の用途も間違いなくそれだろう。脱ぎやすいドレスなんかあってたまるか。

 当の着用者本人は利便性しか考えていないのと、国家級クラスでもなければ大抵は返り討ちにできる実力を考えればギリセーフか。スタイル的にはアウトだが。


「何度も言うが、私にその気はない。ただ少し、貴方と話がしたいと思ってな」


 夜風に吹かれながら言うシラフネの瞳と声色に嘘はなかった。リゼルもそれを理解し「少しだけだ」と用意された向かいの席に着く。


「リゼル殿は、酒は飲めるのか?」

「生憎未成年だ。解毒魔法も覚えてないから遠慮しとく」

「治癒魔法は覚えているのにか?」

「治癒魔法で事足りるって思ってるんだよ」

「確かに君の魔力量ならそうかもしれないが......少し残念だ」


 ワインの入ったグラスを傾けながら、シラフネは言葉通り残念そうな表情を浮かべた。ちなみにこの世界では18歳から成人で酒とタバコが解禁される。

 リゼルはノンアルコール製のドリンクが注がれたグラスを手に取り、シラフネと乾杯をした。普段の堅苦しさから来る気品か、ワインを飲むその所作すら絵になるし色気がある。まあ、そんなことはどうでもいいのだが。

 互いに一口飲んだところで、シラフネは話し始めた。


「私は、妹弟達を何よりも大切に思っている。それこそ、国の命運よりもな」

「......はっきり言うんだな」

「相手が貴方だからかもな」

「誘うなって」

「そういう意味じゃない。私も貴方と同じという事だ」


 シラフネがリゼルと同じ、と言うのは恐らく国や世界よりも他の誰かを大事にするという意味だ。リゼルもレシアのためなら多少体を張るが、危険が存在するならリスクを負わず遠ざけようとする。例えそれが国1つを見殺しにする結果となっても。実行に移すかどうかは別としても、リゼルにはそういう判断が出来るだけの覚悟はある。


「聞いたよ。本当なら魔神と戦わず、適当な所で手を引くつもりだったと」

「国王にしか話してないんだがな。あいつ口軽すぎだろ」

「私の耳が良いだけだ。あの男は関係ないさ」

「ならいいか、とはならんけどな」


 国王との会話を、ましてや実際に国を見捨てようとしていた話を盗み聞きされるのは、あまり宜しいものではない。そんなリゼルの心情を読み取ってか、シラフネは柔らかく微笑みかける。


「終わった話だ。今更貴方を糾弾するつもりはない。何より貴方は国を救ってくれた英雄だからな。それまでの思考がどうあれ、私達は、救われた結果だけを受け入れる」

「まあ、あんたがそれでいいならいいけどよ」


 シラフネは気にしていない。国王もそうだったが、結局のところ彼らに残っているのは『リゼルが魔神を倒し、国を救った』という事実だけだ。途中で手を引く"考え"があったとしても、それは考えただけで留まり"行動"にはなっていない。ならば責める必要も理由もないと、シラフネは言った。


「少し話がズレたな。私は妹弟達を心の底から大事にしている。そして彼女達を守るのも私の役目だと」

「......」

「シーアが生まれてから常にそう思っていたが、特に強く感じ始めたのはこの()を手に入れるきっかけとなった出来事からだ」

「力ってのはその()()の事か?」

「やはり気づいていたか」

「俺には魔力が見えるからな」


 シラフネの魔力は『水の魔力』という他の魔力を中和し影響を緩和する効果を持つ特殊な魔力である。


「私がこの魔力を手に入れたのは、今から10年前メイリーが5歳の時だ」


 シーアとメイリーが海で遊ぶのを眺めながらシラフネがリックの面倒を見る。父も母も国王とその妃として事務仕事に追われ、自分もまだ幼い弟のお守りばかりと存分に楽しむことは出来ないが、それでも楽しく平和的な日常を送れているとシラフネは思っていた。しかしその日は少し違った。

 いつものように夏の国の海で遊んでいたシラフネ達だったが、その日は快晴の割に波が激しい日だった。けれど魔物の報告はない。不思議に思いつつもいつも通り海で遊んでいると、事件は起きた。メイリーが波に飲まれそうになったのだ。シラフネはすぐに駆け出した。リックのことをシーアに任せてすぐに助けに向かった。だが、当時のシラフネはまだ10歳、体が出来上がっていないただの少女だ。メイリーの手を取り、彼女を助けることは出来たものの、代わりに自身が波に攫われてしまったのだった。


「私もあの時は死んだと思った。だが、私は死ななかった。目を覚ました先で助けられた。いや、招かれたと言うべきか」

「招かれた?」

「幻の国、水の国シリウスにな」

「幻の国......その魔力もそこで?」

「あぁ」


 シラフネは言った。自分は幻の国に招かれた事があると、幻の国で海王ポセイドンから水の魔力を授かったと。

 幻の国に招かれた者は祝福を与えられると言われている。シラフネの場合は水の魔力だったのだろう。リゼル達の場合は国の状況が芳しくなかった上に、勘違いとはいえ一時的には敵対してしまったため、何も得てはいない。だがリゼルもレシアもそこまで気にしていないし、次に招かれる機会があればその時になにか貰えればいいと、その程度に収めている。


「帰ってきた時、母には叱られた。珍しく父も怒っていたような気がする。ただそれ以上に妹弟達に泣かれたのが堪えた。特にメイリーは「私のせいで......」と軽いトラウマになったらしい」

「そりゃそうだろ。今は克服して普通に海で遊べてる方がすげぇと思うわ」

「......私は妹弟達の涙を見て決心した。もう二度と彼女達を泣かせないようにしようと、あの子達は私が守ろうと」

「......」

「まあ、後に国王の不倫がバレて泣かされるのだがな」

「笑い辛いネタやめろよ」


 シラフネは冗談だと笑っているが、他人の不倫ネタを笑う度胸はリゼルにはない。相手が国王本人ならまだしも、娘の前では尚更。目の前の青年の気まずそうな表情を察してシラフネも話を戻す。


「とにかく、私はあの件をきっかけにあの子達を守れるよう、冒険者となって自らを鍛えた。この魔力もそのために与えられたのだと信じて」

「......」

「父の不倫で家族が割れた時は、母について行って故郷である極東で指導を受けた。主に剣術だな」

「極東で剣術......どうりでそれらしい刀と動きをするなと思ったよ」

「あぁ。あのおかげで、私もそれなりに強くなれたと思っている。戻ってきてこの国を守る立場になるとは思っていなかったがな」

「確かにあんたは強いよ。ちゃんと国家級はある」

「それでもフィルドレアには勝てなかった」

「あれは相手が悪いだろ。魔神じゃなきゃあんたでこの国は守れたよ」

「魔神に勝った君に言われてもな」

「結果的に勝てただけだよ」

「そうだな、そう言っていたな」


 リゼルはシラフネの実力を認めている。彼女の強さは国を守る冒険者に相応しい。だがシラフネ自身にとっては、フィルドレアに勝てなかったのは事実がそれを揺るがせている。

 もしも(イフ)の話ではあるが、リゼル達がこの国にやってこなければ、彼女達はフィルドレアに勝てなかっただろう。今まで通り敗北を重ねるか、諦めて賢者を呼ぶかのどちらかだ。リゼルが初めに提示したように、そうなれば相応の、今回よりも大きな被害は出るだろう。場合によってはシラフネや妹弟達の誰かが死んでもおかしくない。事実、彼女と国王はリゼル達が助けにこなければ......。終わった話故に考えても無駄ではあるが、国を、妹弟達を守るシラフネはどうしても考えてしまう。


「私は今回の件で己の力不足を痛感したよ」

「だから気にする程じゃねぇって。今回たまたま相手が悪かっただけだ」

「本当にそうだろうか」

「......」

「この時代で生きている魔神はフィルドレアはだけではない。この先、他の魔神がまたこの国を襲う可能性もある」

「可能性を言い出したらキリがないだろ」

「確かにキリがない。でも可能性があるのも事実だ」


 今回の件を痛感したのはシラフネだけではない。国王も、また自分の判断を後悔していた。魔神達を受け入れられず戦うしかなかったこともそうだが、結局のところ、今回国王自身は何もしていない。娘達に任せ切りだったのだ。

 国を守るために、国の王は何もしていないのだ。


「次なんてない方がいい。それは当然として、もしも今回みたいなことが起きたら大人しく賢者に頼れ。国王にもそう言っとけ」

「貴方が賢者となって、私達を助けに来てくれるのならそれでもいいのだがな」

「誰がなるかよあんなブラック職業」

「貴方の性格ならそう言うだろうな。それに私としても、賢者に頼らず自分の力で勝てるようになっていたいと思う」


 自分達の手に余る状況になったらすぐに賢者に頼る。シラフネは国王と共にこの事を肝に銘じた。ただそれはそれとして、彼女は自分が国の盾だと自覚している。ならば、賢者に頼らず自分達の力で事を解決出来るようにないたい。と思った。


「そうか、なら頑張れ。俺から言えるのはこれだけだ」

「ありがとう。貴方に言われると勇気が出るな」

「俺の知り合いの自称親友もそんなことほざいてたけど、多分気のせいだぞ。俺よりレシアの言葉の方がマシだ」


 シラフネの覚悟の決まった瞳に見つめられたリゼルは、余計な言葉は考えず言えるだけの言葉を返した。 それだけで十分だったのだろう。シラフネは嬉しそうにはにかんだ。


「で、話を戻すのだが」

「何? 今の本題じゃないの?」

「私が言いたいこととは少しズレていてな」

「そうなん? そろそろ戻りたいから手短に頼む」


 コホンッと咳払いをしてシラフネは真剣な表情で話し、問う。


「私は妹弟達のために、私の力を振るう」

「さっきも聞いた」

「では、貴方は? 貴方は今回適当な所で手を引くと言っていた。最初は乗り気じゃないと言っていた。それでも最終的には命を懸けてフィルドレアと戦った。その理由はなんだ? そしてこの先、力を振るわなければならない時、君は何を理由にその力を使う。それが私は知りたい」

「レシアのため」


 シラフネの問いにリゼルは即答した。その話はもうしたと言うように。


「レシアは、人のためになりたくてリスク度外視で動くみたいだから、俺はレシアのために力を使う。それだけだ。まあ、場合によっちゃ他人のために動くかもしれんけど、リスクとリターン考慮した上でだな」


 リゼルの覚悟と行動原理はリックとの食事の時に決まっている。故にその問いにはすぐに答えられた。少なくとも、答えること自体にもう迷いは無い。

 リゼルの回答にシラフネは「そうか」と短く頷いた。そして顔の前で手を組んで少し考えた後、もう1つ聞いた。


「それはレシア殿の旅が続く間か?」

「......どういう意味だ?」

「そのままの意味だ。私はまだ聞いていないが、レシア殿の旅には目的地があるらしい。実際に辿り着くまでに紆余曲折はあるだろう。それまでに考えが変わるかもしれない。だが、その上で、現時点の貴方に問う」


 シラフネの鋭い瞳がリゼルを貫くようにして問われる。


「もし、レシア殿が目的地に辿り着いて、旅を終えたら? 貴方はどうする。貴方の力はなんのために残る」

「......」


 リゼルは答えられなかった。

 彼とて考えなかったわけではない。彼の頭脳なら、いや彼の頭でなくとも、未来の事は誰だって考える。そしてリゼルの頭脳だからこそ、レシアが口に出来ず悩んでいる事に気づいていた。


『旅の目的地と、いつまで一緒にいられる』


 リゼルはあくまでもレシアの旅に着いてきただけの男だ。言い方を変えれば、リゼルの今のモチベーションはレシアとの旅に、もっと言うならレシアと共にいる事にある。もしその旅が終わったら? レシアの旅が目的地へと辿り着いたら? リゼルはその後の事を考えられていない。目的地を教えて貰ってないからと言い訳をして、何度も考える事を先延ばしにしている。だが、レシアの旅の目的地を知らないという事は、いつ彼女の旅が終わるかも分からないのだ。それこそ、次に辿り着いた街が目的地という可能性もある。それで彼女の旅が終わる可能性もある。それでも答えは出ない。着いたらその時考えればいいと、リゼルは考えることを放棄していた。彼らしくもなく。


「......野暮な質問だったな」

「ホントだよ」

「だがその答えを、いつかは出さなくては行けないというのは、貴方ならよく理解(わか)るだろう?」

「......」

「私にその答えを聞かせて欲しいとは言わない。けれども、後悔する前に、答えは考えておいた方がいい」

「そう、だな......」


 曖昧な返事を返しながらリゼルは空のグラスと見つめた。その先に答えがある訳ではないとわかっていながらも。


「今夜は、夜風が気持ちいな」

「......」

「嫌な事を考えさせた後に言うのも悪いかもしれいないが、貴方達の旅路が良きものであることを祈る」


 シラフネの言葉を最後にその日は終わった。

 彼女の言葉は寝室に戻っても、眠りについても頭から離れることなく、答えが出ることもなかった。

長女シラフネ20歳

次女シーア18歳

三女メイリー15歳

長男リック11歳

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