人と魔族。
約1500年前、この世界で大きな戦いがあった。『魔人大戦』と呼ばれる人類と魔族の戦いである。と言っても、人類側は人族以外も助力した者もいれば、魔族側についた人類もいるし、一部の大人は第二次なんて単語を付け足すものもいる。まあ、今はそこはどうでもいいだろう。重要なのは大戦の内容と結果なのだから。
そもそも人類と魔族の戦いは、人が魔法を覚える何万年も前から起きていた戦いだ。『魔人大戦』はそれを終結させた戦いとも言えるだろう。
結果だけを言うなら人類側の勝利だ。諸悪の根源だった魔神王と当時の魔王を撃破し、世界の崩壊を防いだ。だが当然、その勝利を得るための代償は決して軽いものではなかった。多くの者が死に、多くの物が破壊され世界も欠けた。それでも、勝利を手にした人類は新たな時代を築く事を選んだ。
終結から約500年、大賢者オルノフェノス・リムワールドが『人魔平和協定』を結んだ。内容は「全ての魔族は人類同様に人権を持ち、彼らが望むならそれを受け入れ共に生きていく」というもの。もちろん、今まで通り敵対する魔族は普通に戦えばいいし、そこは協定を守らない彼らの問題だ。
この協定によって魔族も人類の一部として世界を生きていくことを許されたのだ。
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「舐めているわよね。優れた魔族に対して下等種の人間が、人類風情が、私達を受け入れるとか許してあげるとか......何様のつもりって思わない?」
「人類側の俺に言われてもな」
フィルドレアは口調からも感じるほどに憤った様子で話した。彼女は大戦での結果やあの戦いから変わった時代を望んでいないらしい。
「頭も力もすべて優れてる私達魔族が」
「お前は別に優れてないだろ」
「劣等生物の人類と共に生きる? 慈悲を与えているつもりなの?」
「いや別に」
「貴方達が魔法を持たない時代に生かしてあげたのは私達なのよ?」
「今更言っても意味ないだろ」
「そもそも私達が負けたのは、あの男が私達を裏切ったから! 実力による敗北じゃない! あの男が魔神王の器として! ただの歯車として! 何も望まず人類を滅ぼしてれば良かっただけなのに!」
「魔神王も人望ないんだな」
「本当なら、あの戦いは魔族が勝って、人類を支配していたのよ!」
「でも負けた。魔族側が人類に受け入れられる立場。それが現実だな」
「......」
「......」
地団駄を踏みながら騒ぎ散らかしていたフィルドレアとリゼルの目が合い、沈黙が流れる。真顔のリゼルに対しフィルドレアの方は、何か言いたそうな微妙な顔で。というかこれから言うだろう。
「貴方、喧しいわね」
「ツッコミどころが多いだけだよ」
「突っ込む必要があるかどうかは別でしょ?」
「じゃあ、お前の敗戦の言い訳やら現状の不満やら口にする必要もないだろ」
フィルドレアの言葉に呆れ気味にリゼルはため息を吐き、純粋な疑問として言葉を投げ返す。リゼルの疑問に対しフィルドレアも何を言っているんだこいつと言いたげな呆れた顔で返した。
「貴方、私の目的が知りたいんじゃないの? 私が何故この国を選んだのか」
「知りたいけど聞いてないし、聞いた感じ関係ない話しか聞こえないが?」
「動機よ。何故私がこの国を襲うことにしたのか。それは、私は、下等生物の人類がこの世界を統べているこの時代が気に入らないから。魔族が人類より下みたいな扱いをされてるこの時代が、気に入らないの。だから......」
「過去の精算ってか? この国奪って住民を奴隷のように扱って「本当はこうなるはずでした!」とかほざくのか? やる事も理由もちいせぇな」
リゼルは再びため息をつく。
夏の国は世界的にも有名な人気国だ。加えてこの国は航路貿易も優秀で、乗っ取れれば人類が利用する航路の半分以上を支配できると言っても過言ではない。人類支配のために国家転覆を画策するのも頷ける。だが、人気国と言えど所詮は中規模国の1つ。本当に人類の支配を狙うなら、北の帝国や大都市などを狙った方が良いのは確実だ。
それに、魔族に国を乗っ取られたなんて話が出れば、賢者が黙っていないだろう。賢者が出てくればリゼルが手を出すよりも早く、効率的に事が終わるのは間違いない。フィルドレアはそれを考えていないのか、或いは賢者に勝てる可能性があるのか、どちらにせよ自己満足で国を支配しようとしている訳では無いだろう。
リゼルは態度や口には出さないものの、フィルドレアの狙いは他にあるだろうと察していた。
「貴方は知らないかもしれないけど、この国にはとある魔獣が封印されているのよ」
「あ、それも話すんだ」
当たり前のように目的を話し出すフィルドレア。あまりの口の軽さに、リゼルは間の抜けた声を上げてしまう。というか、話し出した事も国王から聞いた話なので尚更、リゼルは小さい事だなと呆れた。だが、フィルドレアの目的はリゼルが思っているほど小さな話ではなかったと、彼女から語られるその後の話によって理解させられる。
「私の力でそれを操る」
「魔獣とお前だけでなんとかなるのかよ」
「馬鹿ね。強力な魔獣が封印されているのはこの国だけではないわ」
「ん? 封印されている魔獣はこの国だけではない?」
「そうよ。他の国や森の奥深く、人が使う道にも普通に封印されてたりするわ」
「その全部を解放すると?」
「そうよ! この国とその周りの海域は全て、私の手足として味方する! だからこの国を起点に、魔獣の封印を解いていき、全て支配して、世界を1つずつ、ゆっくり覆していくのよ!」
「......地道作業出来んのか?」
軽口で煽りつつ、リゼルは睨むように目を細め考えた。
封印されている強力な魔獣とやらが、どれほどの強さかは分からない。だが、もし仮に目の前の魔神程でなくとも近い強さがあるとすれば? それが百体程封印されていて、それら全ての封印を解き、手駒にする能力がフィルドレアにあるとしたら? 彼女の語る夢物語も現実になり得なくはないだろう。
「!?」
リゼルは突然振り向いた。視線の先は魔神の城、ではなく、その奥の夏の国の街である。そこから聞こえるか聞こえないか程度の声で、悲鳴がリゼルの耳に届いた。
「何をした?」
「実演よ。私が魔獣を操れるっていう実演」
フィルドレアは計画の中で復活させた魔獣を自分の力で操ると語っていた。別にリゼルはそこを疑っていた訳では無いが、彼の余裕そうな表情がフィルドレアに舐めている、と思わせたのだろう。彼女は実演と称して操ったのだ。
「操ってるのは魔獣だけじゃないようだが?」
「それはそうよ」
リゼルの魔力探知は捉えていた。街の方で暴れているのが魔獣だけでなく、魔族達も居ることに。
「人類と魔族が争うのは昔から同じでしょう?」
「おばあちゃん、時代はもう変わったでしょ」
フィルドレアは液体を操る魔法を持つ。彼女が付与した魔力ならば他人の液体すらも操作出来る。それにより、フィルドレアは魔族の肉体を内側から操り、戦わせていたのだ。
平和協定はあくまで魔族が自分の意思で敵対するなら、それは今までと同じように対応するという内容だ。彼らの意思に反して強制的に戦わせるのは別だ。
「貴方なら聞こえるでしょ? 魔族達の喜びと人類の悲鳴の叫びが。これよ! これが本来あるべき時代の姿なのよ!」
フィルドレアは愉快そうに、高い声で嘲笑った。
リゼルの耳に聞こえてくるのは、人類と魔族の「戦いたくない」「攻撃しないでくれ」「止めてくれ」という悲痛な叫びだった。
「くそだな」
「負け犬の遠吠えね、なんとでも言いなさい。これは魔族が手にするはずだった勝利の形なのだから!」
「でも負けただろ。お前ら」
「お黙り!」
「どっちだよ......」
リゼルの耳障りな言葉を叱責し、フィルドレアは喋り続ける。
「それともう1つ。貴方よ」
「俺?」
フィルドレアはリゼルを指刺し話す。自分の作戦の中で、リゼルは利用価値がある存在だと。
「貴方のその底なしの魔力量、それを操る魔力操作技術。貴方は一体何者? 賢者?」
「一般家庭出身の普通の魔法使いだよ」
「そう、まあいいわ。貴方の魔力量は前の魔王はおろか、魔神王すら凌駕する程よ」
「そりゃどうも」
「だからこそ、器として使えるわ。魔神王を復活させる器としてね」
「......魔神王は死んだはずじゃないのか?」
「ただ死んだだけで魔神王が復活しないとでも? 死んだら術はないとでも? 流石人類、浅はかね!」
フィルドレアは宣言した。史上最悪の魔神、魔族達の王、魔神王を復活させる術があると。その器にリゼルが利用できると。
魔人大戦の歴史は文献によって異なるが、魔神王の凶悪さに関してはどの文献でも事細かに描かれている。リゼルの祖母が言うにはもっと凶悪だとも言うが、もしそれが事実だとすれば......。
「面倒くさいな」
リゼルは口調とは合わない程度には真面目な表情で呟いた。住民達の叫び声が未だに耳に届きながら。
事の重大さや世界のどうのこうのは正直彼にとってはどうでもいい。この状況ですらレシアと一緒にいられるかどうかすら考えていない。だが、否だからこそ、世界が滅ぼされてはレシアと一緒にいられないじゃないか! と訳の分からない方向で彼は事の重大さを理解していた。
そのうえで認識し改めて、この魔神はこの場で確実に倒すと決意した。
「遺言だけは決めとけよ。聞く暇もつもりもねぇけど」




