余裕のある男。
魔神の城から負傷者と解放した奴隷達を連れ戻ってきたメイリー達は、休む間もなく魔物達との戦闘を開始する。元々街の護衛に残しておいた冒険者達の協力も相まって対処こそ出来ているが、疲労と数の多さから状況は芳しくなかった。何より、厳しかったのは、魔物の襲来が突然だったため住民のほとんどが避難できていない事だった。その結果住民達を守りながら戦う形になり、連携が上手く取れなかった。
余裕がなくなり、住民にも被害が出そうになったその時、魔神の城の壁が崩れシーア達が飛び出してくるのをメイリーは確認していた。なんだあれは、などの疑問を持つ間もなく、空を飛ぶリゼルが作り出した水球でシーア達全員を街へと運んだ。かと思えば、彼は魔道具店の屋根に着地すると同時に、手を着いて雷の魔法を放つ。放たれた雷は地面を迸り、自分達が戦っていた、住民を襲っていた魔物にのみ被弾する。
近接で戦っている冒険者や魔物に組み付かれていた者もいた。なんなら魔物の生存本能からか動けない一般人を人質にするように動く魔物も。それら全てを、一瞬にして撃破した。一切の被害を出さず。
「あっ」
シーアが小さく声を上げる。それはリゼルの活躍にではない。傍から見ていたからこそわかる、彼へ迫る巨大な岩石に気づいたからだ。
-------------------------
街へ戻り、魔物を殲滅したリゼル。乗せてきた冒険者達と住民の無事を確認するのに一瞬も掛からず、リゼルは勢いよく振り返り、巨大な氷の盾を張った。
リゼルは気づいていた。城を脱出した自分達へ放たれたラグラゼールの魔法に。
「感動の再会くらい邪魔してやるなよ。まあ、十数分ぶりなだけだけどな」
ボヤきながらリゼルは水球を解かず、レシアを抱えたまま少し後退する。すると、彼がいたその場に1本の槍が突き刺さった。上端には緑髪の女魔族ラピリアがいる。彼女と視線があった刹那、死角となる背後から小さな岩の砲弾が放たれる。リゼルは後ろの冒険者達を庇うように小さな氷の盾を作り受け止めた。いくつかの砲弾は彼の防御を避けるように動きを変えるが、リゼルは体を捻ってそれすらも避けた。
「レシア、頼む」
相手に聞こえる程度の小声で呟き、片手で抱えていたレシアを放した。こんな状況ですら、もう少し抱えていたかった。など考えられるリゼルは少し頭がおかしいのだろう。
応えるのは言葉でなく行動。放たれたレシアは魔法に隠れ突進してきていたラピリアの槍を、鎌で受け止める。
「小賢しいな」
「わ」
またもぼやいたリゼルは、レシアのマントを引っ張り彼女を手繰り寄せ、足場から岩の柱を作り出す。魔道具店に独特な形の屋根が出来上がる間に、リゼルは冒険者や住民達のいる所とは別の方向に、柱をピストンのようにして押し出した。岩の柱にいくつもの氷の砲弾が遅れて突き刺さる。ラグラゼールの魔法だ。彼はラピリアの突進になるように魔法を放っていたのだ。そのラピリアも魔法の影に隠れて攻撃を仕掛けてくる。シンプルながらも厄介な連携を2人は繰り出していた。それに気づいたリゼルが、2人から距離を取ることでその連携を一時的に止めさせる。
「さて、どうするかなぁ......」
「リゼル」
「はいなんでしょう」
「急に引っ張らないで」
「あ、はい。すんません」
ラグラゼールとラピリアの連携をどうしようかと後ろ髪を掻いて考えるリゼルに、レシアがややムスッとした表情で胸を叩く。緊急事態でしょうがなかったとはいえ、腕やマントを急に引っ張られるのは流石のレシアも嫌らしい。叩かれたリゼルは、少し驚きながら謝罪した。そんなやり取りをしている間に、ラグラゼールとラピリアが追いついてくる。
今度は仕掛けてこない。ラグラゼールもまた、どうやってリゼルを倒そうかと考えていたからだ。
「くそ......」
ラグラゼールにとって、レシアは大して驚異ではない。単体としての強さはアリアスト以下で自身には及ばず、連携も自分達程でない事を考えればレシアを倒すのは難しくないだろう。だが、リゼルは別だ。自分の魔法をよそ見をしていても、他者を庇っていても当然のように防いでくるリゼルを倒すのは決して容易ではない。確実性を求めるのならば、ラピリアとの連携は必要不可欠だろう。
そこでレシアだ。先に言ったように、彼女単体や彼女とリゼルの連携そのものは驚異ではない。しかしリゼルが、ラグラゼールにとっては驚異ではないレシアを、リゼル撃破に必要なラピリアに当てるよう動いている。付け加えるなら、そのレシアが魔族の連携にやられないようにも。
そのせいで、確実性が欠ける。
そのせいで、ラグラゼールはリゼルにあと一歩届かずにいた。
「ラピリア、あの鎌の娘を殺せ」
「あの男を優先するんじゃないの?」
「本当はそうしたいが、そのためにはあの小娘が邪魔だ。先にあれを殺し、すぐに私に加勢しろ」
「えー、面倒くさー。私の仕事多くない?」
「フィルドレア様に私を手伝うよう言われているのだろう? つべこべ言わず働け」
「はいはーい」
面倒くさそうに返事をしながらフィルドレアはラグラゼールから距離を置いた。このまま無視してもいいのでは? と思うリゼルだが隣のレシアがやる気のようなのでそうも行かない。
「だってさ、レシア」
「うん」
少し渋そうな顔をしながら言うリゼルに、レシアはまじまじとその表情を見つめていた。何かを言いたそうに。それに気づいたリゼルも首を傾げて問い返す。
「何?」
「私、今から、戦ってくる」
「え、うん。わかってるよ? いってらっしゃい? 無理しないでな。ヤバそうだったら俺呼んでいいからね、すぐ飛んでいくからさ。なんなら街の護衛行ってもいいよ。俺は2対1でも......」
「違う」
「え、何が?」
「もういいよ。行ってくる」
「え、えぇ......」
レシアはどこかムスッとした表情で踵を返し、ラピリアとの距離を保ったまま、彼女と同じように離れていく。
「あ、そうだレシア」
「何?」
リゼルが思い出したように声をかけるとレシアはやや食い気味に振り返り聞き返す。いつも通りの大きく丸い瞳が僅かに見開かれたような表情で見つめる彼女の様子はなにか期待しているようにも見えた。
「あの槍魔族の使う魔法は"魔力に反射して体が動く"魔法だと思う。前衛職がよく使う魔法で、プログラムされた動きを機械みたいに自動で行う感じだから......ってどうしたの?」
「なんでもない。情報ありがとう。じゃあ」
しかし期待は応えられず。リゼルの話を聞いたレシアは、表情こそ変わらぬものの、不機嫌そうな雰囲気を出して背を向けてしまった。
対応を間違えたと気づいたリゼルは、行ってしまったレシアの後ろ姿を見届けながら、何を間違えたのだろうと顎に手を当て唸っている。すると突然火球が飛んで来た。当然リゼルはそれを防ぐが、邪魔をされたと意識はそちらへ向いてしまう。
「なんだよ。俺今考え事してんだよ」
「この状況で考え事とは、随分と余裕だな」
「余裕だろ。お前は1人で俺の相手をする気はないようだし。というかお前も、下の爆発系魔族と同じで口調が崩れてんな。もう少しキャラ保てよ」
「......黙れ」
ラグラゼールの眉間にピキピキと血管が浮かぶ。
1日で部下が3人も亡くなり、その皺寄せを対処するので精一杯の彼には、ガキの煽りに丁寧な口調で答える余裕など既になかったのだ。
「ラピリアがあの小娘を殺し、戻って来次第貴様もすぐに殺してやる」
「へぇ、1人で勝つ自信ないんだ」
今のラグラゼールに余裕はない。故に......。
「やっぱ大したことないんだな。お前......っ」
リゼルの煽りにすぐに乗っかってしまうのだ。
ラグラゼールの岩の砲弾がリゼルの右肩を掠める。肉が抉れ零れる血を抑えながら、リゼルはその痛みに歯噛みする。
「貴様に教えてやろう。魔法使いは、魔力量が全てではないということを!」
2対1で確実に倒す。という自ら考えた作戦を自分の手で崩し、ラグラゼールはリゼルとの戦闘を選んだ。
「私は貴様を過大評価していたようだ。やはり貴様は大した事......」
膝を着き肩を抑えるリゼルを見て、ラグラゼールにに余裕が出てきた。眉は下がり口角は僅かに上がる。 魔力量が尋常でなくとも、所詮は人間のガキなのだと安堵し、ニヤついた笑みを浮かべて見下すようにラグラゼールは煽る。だが、その表情もすぐに崩れた。
ラグラゼールの視界に映る人間のガキの様子に、
肩から手を離しながら立ち上がるその男に、
赤い血痕が残りながらも、既に傷が塞がっているリゼルの肩に、ラグラゼールは顔を歪ませた。
「俺も、お前にいい事を教えてやるよ」
「なに?」
キザったらしくウィンクをかまし、リゼルは憎たらしいドヤ顔で言い放った。
「冒険者は、魔力量が全てじゃないってことをな!」




