優秀な男。
「街が、魔物に襲われたって......」
シーアは電話の内容を報告する。声を震わせながら涙目で、どうしようどうしようと、焦っている。
「リゼルさん! あの......」
「わかってるよ」
「お姉ちゃんとも連絡取れないし、街の方も......」
「わかってるってんだろ! うっせーな!!」
何度も何度も、その不安をぶつけるようにリゼルへと報告するシーア。対するリゼルは1度聞けば十分だと、怒鳴って彼女を黙らせる。
「おい! シーアちゃんが怖がらせるな!」
「お前ちょっと強いからって調子乗んなよ!」
「お前が俺達をこっちに連れてきたんだろ! お前が何とかしろよ!」
リゼルの態度に後ろからやいやいと、批判が来るがリゼルの方は一切無視する。言い返すだけ無駄だと割り切っている。それに、リゼルとて何も考えていない訳では無い。むしろ、シーアが電話の内容を復唱した時点で既に思考は回している。
「あまり部下を虐めては行けませんよ。育たなくなりますからね」
それを知ってか知らずか、ラグラゼールは煽りながらリゼルに向かって魔法を放つ。当然彼の後ろの冒険者達にも被害が届くように。
「経験談か? 誰もお前の自語りなんか頼んでねぇぞ」
「はて、私は自分も部下も優秀だと認識しておりますが?」
「今日だけで3人も死んでてか? まあ、上司が上司なら部下も部下なのは、言うまでもないか。自惚れだけは優秀かもな」
「......人間の子供の言葉など所詮戯言。聞くに絶えませんね」
「事実だろ? 現実見ろよ時代遅れの老いぼれ魔族」
煽り合戦。ラグラゼールが煽りに合わせて魔法を放てばリゼルは煽り返しながら相殺する。不思議なことに両者煽りのキレに比例するように魔法の精度が上がっていくが、そのせいで器の小さい割に規模の大きい魔法のぶつかり合いに誰も参加する事が出来ずにいた。
「ラピリア、あなたも手伝いなさい。無詠唱で当然のように私の魔法を相殺してくる程強い魔法使いだが、所詮は魔法使い。近接は弱いはずです」
「えー、めんどくさ。まあ行くけどさ」
「安心しなさい。私の魔法ならば誤射はありません」
「はいはーい」
相対するリゼル達にも聞こえる声量で魔族コンビは堂々と作戦会議をする。これも煽りの1つなのだろうか、身長に反して器もよほど小さいらしい。
魔族達の作戦会議を聞いたリゼルは、魔法に隠れて突っ込んでくるだろうラピリアに対応しようと、鎌を構えるレシアの手を掴む。
「レシアは突っ込まなくていいよ」
「なんで? あの槍の魔族、来るよ?」
「単純に俺が誤射しない自信がないから。だから無理して前に出ないで、俺に来た槍撃だけ止めてくれればいいよ」
「そう? わかった」
彼らもまたラグラゼール達に聞こえるように作戦会議を行う。これもまた煽りなのだろうか、誰の目にもそう見える中、リゼルはレシアだけに聞こえる小さな声で言った。
「あと、止めるのは3秒だけで良いよ。3秒経ったら俺の所に戻ってきて」
「え、あ、うん」
理由を聞く間もなくラピリアが突っ込んできた事で背中を押される。咄嗟に返事をしながらレシアは勢いに乗って飛び出した。
1秒の間にラピリアの槍がリゼルに向かって数十の突きを放ち、レシアがそれを防ぐ。
2秒、レシアの動きに反応し、避けるようにラピリアの動きが変わる。レシアの裏を取り、ラピリアの刃先がリゼルへ伸びる。
3秒、ラピリアの突きとほぼ同タイミングでラグラゼールの魔法がリゼルへと迫る。一瞬早くレシアが気づくも間に合う距離ではなかった。
槍の刃と魔法が着弾しそうになったその時、リゼルはレシアの手を取り彼女を引き寄せて指を鳴らした。
「時間通りだな」
刹那、魔神の城の街側の壁と、リゼル達が立っていた廊下が投げ出されるように崩壊した。
「は?」
これまた最初に反応したのはラグラゼールだった。彼は魔法の速度も速いからか、物事に対する反応も妙に早い。その早さ故に彼は間の抜けた声を上げた。
(あの男! 床と壁に切り込みを入れていたのか! あのまま廊下で戦っては勝ち目がないと見て、最短で外への脱出経路を......私とラピリアを相手にしながら!!)
何が起きたそこから一瞬遅れて、自分達が街側の海に放り投げ出された事に気づいた冒険者達の声を発する。「きゃー!」だの「えー」だの喧しい悲鳴が聞こえる。中には驚きのあまり失神してる者もいる。
「はい点呼。1、2、3......まあ大体全員いるか。取り残されてるのも見当たらんし。よし」
彼らを無視して、リゼルは呑気に連れてきた冒険者達が全員いるかと確認していた。安全ヘルメットを被った猫がしてそうに指を差し「良し!」と。いや、大事なことではあるが落下中に呑気にやることではない。下は海とはいえ、そこにはフィルドレアが用意した魔物がいる。このままでは落下による死亡はなくとも海中で魔物と戦うことになる。
「リゼル!」
その事に気づいたレシアが阿鼻叫喚の冒険者や落下の空を切る音で掻き消されないよう、出来るだけ声を張って叫ぶ。まあ、レシアを抱えているリゼルは彼女の1番近くにいるのでその声は普通に届く訳で、彼もまた落下後の事を理解せずこれをした訳ではない。
リゼルは冒険者全員の位置を把握し、そこより少し下に手を向ける。すると、リゼルの掌から巨大な水球か現れ、クッションのように彼らを受け止めた。かと思えば、その水球はリゼルとレシア以外の全員を包んだ水球は彼らを抱えたまま街の方へ移動した。
リゼルの用意した水球はクッションであり、彼らを街まで運ぶタクシーだった。
「ッ! 逃がすか!!」
ラグラゼールが彼らを追うように魔法を放つ。彼らと言っても狙いは水球の魔法を使っているリゼルに向けて。火球を3発放った。
「ばーか」
リゼルは小さく呟いた。声は聞こえない。ただ抱えられていたことで1番近くにいたレシアが、彼の口の動きからその単語を読み取っていただけ。
魔法発動のためにリゼルは視線も体勢も冒険者達の方を向いている。抱えれたレシアは魔法に気づいてはいるがリゼルに声は届かず、防御も間に合わないだろう。
ラグラゼールの魔法は完全に、リゼルの死角にあった。
カキンッ!
だが、ラグラゼールの魔法は防がれた。リゼルが作り出した氷の盾によって。
「なっ!」
何故。疑問を口にする間に、リゼルは飛行魔法で、冒険者達はリゼルが作り出した水球に運ばれて街へと辿り着いた。と、同時にリゼル地面に向かって雷の魔法を放つ。次の瞬間、街のあちこちで獣のような野太い悲鳴が鳴り響いた。
「一体なんなんだ......あの男は......ッ!」
ラグラゼールは見ていた。彼らの動きを。
ラグラゼールは見ていた。リゼルの魔法の行く先を。
ラグラゼールは見ていた。リゼルの放った雷の魔法が地面を走り、住民を襲う魔物だけを爆ぜ、一瞬にして全滅させた瞬間を。




