魔神の強さ。
「次は貴様だ。魔神妃フィルドレア!」
アリアストを倒したシラフネは、フィルドレアに対して刃を向ける。フィルドレアの斜め前に立つラピリアを無視して言い放つ。事実シラフネの眼中には隣の戦士など写っていなかった。それはフィルドレアはラスボスであり国を陥れようとしている元凶だからでもあるが、それ以前の実力差としてラピリアがシラフネに敵う事がないのをわかっていたからだ。
というのも、シラフネが今倒したアリアストは六魔水の中でラグラゼールに並ぶほど強い。指揮能力の高さや性格からラグラゼールが六魔水のリーダーを務めているが、2人の実力にそこまでの差はない。戦闘IQくらいだろうか。もっと言うならアリアストとラピリアは、中学生と大人くらいの差がある。そのアリアストを倒したシラフネにラピリアが相手になるはずがない。ラピリアはその事を自覚し、彼女の上司であるフィルドレアも攻めるつもりはない。
「フィルドレア様......」
「ラピリア、貴方はラグラゼールの元へ行って彼を手伝ってあげなさい。もし、彼女と同等の者が下に居るとしたらラグラゼールも危ないわ」
「仰せのままに」
フィルドレアの名を承けてラピリアは部屋を出た。その様子を横目で見送り、シラフネは改めてフィルドレアを見る。鋭い視線で。
「怖いですね。そんなに睨まなくても貴方達を殺すつもりはありませんよ」
「部下を殺されてもか?」
「それはアリアストが弱かっただけです」
「先に殺すと宣告したのは嘘か?」
「嘘ではありませんよ。ただ、今思いました。貴方達は殺さない方が利用価値があると」
利用価値。言うまでもなく失った奴隷達の代用だろう。或いは国を脅すための人質にもなるか。国王とその娘の長女となればその価値は国にやってきた賢者にも響きうる。
フィルドレアの言葉の意味を察し、シラフネの刀を握る力僅かに強くなる。そして彼女の瞳には殺意が籠っていた。
「貴様は、この国にとって害なる存在だ。ここで確実に、倒す!」
「残念だけど、貴方では無理ですよ」
「それは貴様が魔神だからか?」
「それもありますが、それ以上に......貴方が人族だからです」
「そんな事は、ない!!」
フィルドレアは小さく細い掌をシラフネに向け、そこからいくつもの水の球を飛ばした。そこまで速度のない水球を切り落としながら進む。僅かに水が付着するも気にせずシラフネはじわじわと距離を詰め、間合いに入った瞬間、刀を振るった。
「殺った!」
「ッ!?」
一閃。フィルドレアが逃げる間もなく、シラフネの鋭い一振が彼女首を跳ねた。追い打ちをかけるように残された首のない肉体を切り刻む。
「まさか、私が、こんな......人族の小娘なんかにッ!」
その光景を、見上げながらフィルドレアは弱々しく呟いた。まさか魔神の自分が負けるなんて、まさか人族の小娘にやられるなんて、そう言った現実を受け止め切れない様子だった。そんなフィルドレアに振り返りシラフネは言う。
「私は、我々は、この瞬間を得るために、貴様という巨悪を打ち倒すために研鑽を積んできたのだ。そして何より、私には国王の娘として、この国に生きる者たち全員の思いを背負っている。過去の栄誉に縋る魔神なんぞに、負ける事はない!」
力強く刀を握り、鋭い刃を向けて言い放つ。まさに勝利宣言だった。
時代は変わったのだと。人類が魔族に蹂躙される時代は終わり、人類は魔族に勝てるようになったのだと。勝利の果てに平和協定という魔族を受け入れる余裕が人類には出来たのだと。それを目指し研鑽した努力と込められた思いがシラフネがフィルドレアに勝った強さだと、そう思わせるような勝利宣言だった。
その勇ましさはまるで主人公のよう。戦いを見守っていた国王も、娘のあまりのカッコ良さに拍手をするほど。
「死に行く貴様に言うのも栓のない事だが、敢えて言おう。貴様が部下達にこれ以上の争いを辞めるよう言い残すのならば、残った者たちを無下にはしない」
シラフネは降伏するよう促す。フィルドレアを倒した今、彼女に勝る魔族はこの国には居ない。だが、平和協定の元、ラグラゼールらを無理にでも倒す必要はない。彼らにその気があるのなら、この国で受け入れると。上から目線にも見えるその態度はフィルドレアにはどう映ったのだろうか、彼女はシラフネを見上げたまま笑った。
「うふふ、あははは! 受け入れる? 魔族を? その余裕があるのは私を倒したから? 滑稽! 実に滑稽ね!」
「なんだと?」
フィルドレアが嘲笑う。自分に勝利したシラフネを。否、勝利したと思っている彼女を。
「大戦時代を生きた魔神が、貴方程度に負けるとでも?」
フィルドレアは口角を上げ、不敵に笑った。そこで疑問を抱く。何故この魔神は死なないのだと。首と胴は亡き別れ、肉体も粉々に切り刻んだにも関わらず、何故この魔神は平然と話しているのだろう、いつまで生きているのだろう、と。
「っ!?」
「シラフネ! そこから離れなさ......」
国王が声を上げるよりも早く、違和感に気づいたシラフネがその場から飛び退き、国王の前に立つ。すると彼女が居た、フィルドレアの体が溶けるように崩れ、頭を持ち上げながら再生した。
「どう? 勝てると思った? 勝ったと思った? 国を救えたって思い上がっちゃった? 残念、倒せてませんでした!」
フィルドレアは死んでいなかった。
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再び立ち上がった目の前の敵に刀を向けるシラフネ。その手足は僅かに震え、見てわかる程に困惑した表情を楽しみながらフィルドレアは口を開いた。
「貴方のその魔力、確かに目を張るものはあるけど......その程度じゃ意味は無いわ。無用の長物、宝の持ち腐れよ」
今までのような礼儀の出来た丁寧な口調は消え去り、フィルドレアは煽るような、見下すような口調で喋る。元々礼儀や敬語など国王と会話をするためのものでしかない。この状況になった今、その必要すら無くなった。
薄く開かれた目線と他人を小馬鹿にするような満面の笑みが実に腹立たしい。その苛立ちが、シラフネの恐怖を拭い、再び殺意を持たせる。
「どういうカラクリで貴様が不死を騙っているかは知らないが、死ぬまで切り刻めばいずれ死ぬ。それだけの事だ!」
「貴方じゃ無理よ。何より貴方弱いもの。弱い貴方じゃ何も守れない。何も救えない」
「黙れ! 貴様の命乞いなど、耳障りなだけだ!」
叫びながらシラフネが飛び出した。
一撃一撃丁寧に、そして鋭く刀を振るうシラフネ。対するフィルドレアは一切妨害せず、ただ斬られるままだった。しかし倒せない。それどころか、いくら斬ってもフィルドレアの肉体は斬り落とせない。肉を斬る感触は確かに感じるにも関わらず、その一閃は水を斬ったかのようにすり抜けてしまう。
「貴方の努力も研鑽も、私の前では水の泡。全部無駄な時間なのよ」
「黙れ!」
「貴方じゃ私は倒せない。傷付けることすら出来ない。その程度なのよ。貴方達、人間は」
「黙れ!!」
いくら振るってもいくら斬ってもフィルドレアは倒せない、殺せない。フィルドレアには一切のダメージが入らず、シラフネだけが消耗していく。
今の彼女では魔神妃は倒せない、その事を確定付けられるような光景に、シラフネは悔しそうに唇を噛んだ。フィルドレアの言う通り時間の無駄だろう。それでもシラフネは諦めない。自分が刀を振るえる限りはまだ勝機があると諦めるつもりはなかった。
「蒼流・白波の......」
「もういいわ。貴方の相手はもう飽きたわ。貴方を人質にして冒険者達を無力化させることにする」
シラフネが距離を取り、技を発動しようとしたその時、フィルドレアは諦めの悪い彼女に呆れたような言いながら掌を向けた。次の瞬間、柄を握っていたはずの手から刀が零れ、シラフネは膝を着いた。
「ぐっ......ゔぁッ! なんだ、これ、はッ!!」
膝を着き、絞めるような勢いで自身の首を抑える。血管を直接握られるような、今まで感じたことの無い感覚に戸惑いながらも何も出来ず、血を吐きながらシラフネは倒れ伏せた。
「シラフネ! 何が......」
「ついでに貴方も」
悶え苦しむシラフネに駆け寄ろうとした国王にも同じように手を向けた。すると国王もシラフネと同様に吐血し倒れる。
「ぐぁっ......きさ、ま! なにを......ゲホゲホッ!」
「ちょっとしたものよ。安心して殺すつもりはないわ。貴方達はとてもとても、価値の高いの人質だからね」
倒れ伏せる2人の頭を踏みながらフィルドレアは笑った。滑稽で無様で愚かな国王と、その盾として自身の部下で2番目に強い魔族に圧勝した小娘を。一瞬にして蹴散らし、制圧した。
シラフネは魔神妃フィルドレアに敗北したのだった。




