出来ないことを。
六魔水の一人ダイナントを撃破したリゼルは、僅かに手に着いた血を水の魔法で洗い流し、ついでのように炎の魔法でダイナントの死体を火葬する。完全に灰になったのを確認し、軽く風の魔法で空気を流して背後で唖然とするレシア達の元へ向かう。
「お疲れ。レシア、大丈夫? 怪我ない?」
「え、あ、うん。大丈夫。さっき治してもらった」
「そっか」
「うん」
普段の相槌もこんな感じだからか、リゼルの問いかけにレシアは自然と答えられた。その内心は何が起きたか分からず呆然としていたが。それはレシアだけでない。その場のほとんど冒険者が同じ状態だった。
『リゼルがダイナントを倒した』その事実は理解出来ている。だが、それはあまりにも一瞬で、あまりにもあっさりとしたものだった。あれだけ苦戦し、厄介だった爆発の魔法を使う魔族を、奴隷や冒険者達を守りながら無傷で、一撃で倒す。このリゼルという男の強さと、得体の知れなさに全員の理解が追いついていなかった。
「三女シスター、爆発した奴隷の方はどうだ?」
流れる妙な空気を気にせずリゼルは奴隷に治癒魔法をかけるメイリーに声をかける。すると彼女は、ビクッと肩を震わせた。その瞳には涙を浮かべて。
「あの、ぐすっ、その......私の、私達の魔力じゃ、全員は、助けられません......ぐすっ」
「......で?」
「え」
「だから、それで? 爆散した全員は助けられません。皆で協力しても無理です。で? お前のやることはそれを報告して泣く事か?」
この男は鬼だろうか? その場にいる全員がそう疑問を抱いた。
「自分達だけじゃ無理だってなったんなら、泣く前にどうすればいいか考えろよ。泣いてる暇あるなら考えて動けよ。わざわざ人連れてきてるんだから、そいつら使って助ける手段くらい考えろよ」
「それは......」
「最初はちゃんと指揮してて偉いなとか思ったけど、自分が解決できない状況になったらこの様かよ。期待して損したわ」
「ごめん、なさい......」
この男は鬼だな。その場の全員がそう確信した。なんなら言い過ぎだと、冒険者や姉のシーアが凶弾した。
「遅れてきたくせに何言ってんだ!」
「そもそも奴隷が殺されたのはお前が煽ったからだろ!」
「六魔水一人倒したくらいで調子乗んな!」
「確かにメイリーは力不足かもしんないけど! そこまで言う必要なくない? かっこいいって思ってたのに性格がクズなのはサイテー!」
あーだこーだと騒ぎリゼルに罵詈雑言まで浴びせる冒険者達。見事な手のひら返しだ。レシアですら「言い過ぎだと思う......」と困惑しながら口にするほどリゼルの態度は冒険者達には悪く写ったらしい。それはそうなのだが。
彼らの言葉を戯言だと無視しながらリゼルは指で地面にバツの字を書いている。書いた文字自体は見えないが、何かを書いているというのは遠目から見ても理解出来た。そして、適当なところにもう一箇所。何をやっているんだと、突っかかってくる冒険者に「邪魔」と一言言い退けてもう一箇所。最後に2回目に書いた位置と対の位置に。計4箇所リゼルはバツの字を書いた。
リゼルの意味不明な行動に冒険者達は文句を言うのをやめ、彼の行動を目で追っていた。まじまじと全員から見つめられながらリゼルは4箇所の中心に立ち、指を鳴らした。その瞬間、リゼルがバツの字を書いた位置から薄黄色の魔力の壁が生まれ、ドーム状にしてその場の全員を覆った。
魔法使いや一部の者は理解した。これが結界であると。では、なんの結界なのか? その疑問を持った時には既に答えが現れていた。
「あ、え、なんで......」
声を漏らしたのはメイリーか彼女以外の聖職者だったか、その手に抱えられていた奴隷の傷が少しずつながら塞がっていくのが見えた。奴隷だけではない。全員だ。この結界内にいる全員の傷の傷が癒えて行く。
そう、この結界は治癒魔法が付与された結界、治癒結界である。
「なんで治癒魔法使えるんですか?」
-------------------------
治癒魔法とは、聖職者の使う傷を治す魔法である。
聖職者の魔法は基本的に普通の魔法使いには使えない。誰もがという訳ではないが、使える者は極一部だけ。ましてやリゼルくらいの年齢で魔法使いでありながら聖職者の魔法を使える者など世界中を探しても彼一人くらいだろう。その事に、シスターのメイリーは驚き、困惑していた。
「なんで、治癒魔法を使えるんですか?」
「それ、今大事な話か? 他にやる事あるだろ」
「やるべき事?」
「首傾げんなよ。この治癒結界はあくまで、全員に治癒行き渡るようにしただけ。それでも危険な奴はいるからそいつらを優先的に治せって事だ。それくらい観て判断しろ」
「あ、はい。すみません......」
治癒結界はあくまで結界内全域に治癒魔法を届けるだけの結界。手の回らない負傷者にも結界の中に入れば自然と傷は治るが、治癒速度や能力はそこまで高くない。致命傷が峠を超えるには治癒結界の治癒に加えて本職のちゃんとした治癒が必要だ。
リゼルに言われて、聖職者たちは状況を理解し動き始める。他の冒険者達も彼女達の指示聞き、彼女らの手伝いや傷の軽い者の手当に動いている。その様子にリゼルは、やれやれと肩を竦めた。
辺りを見渡し、今生きている者は助かるだろうと判断したリゼルは、助けられなかった者達に対し、短く黙祷を捧げる。口も性格も悪いところばかりを見せる彼だが、死者を悼む気持ちは当然としてあるのだ。
「あの......」
「なんでも出来るようになれとは言わない。ただ出来ないことをそのまま放置するな。諦めるにしても、やり遂げるにしても何らかの方法を考えて、決断し、行動しろ。泣いてれば事が進むなんて事はまずないし、許されない。それを許されるのは泣くしか出来ない赤ん坊だけだ」
視線は合わせないままリゼルはメイリーや、他の冒険者達にも告げるように言う。
リゼル・ヴァリスは天才だ。大概のことは出来る。だが最初から何でも出来た訳ではない。治癒魔法もその一つだ。上手くいかず悩んだ時期も長かったが、その度に彼は出来ないことを放置せず『考え、行動する』ことを繰り返した。その努力の結果が治癒魔法の習得へと繋がった。
「まあ、所詮は俺の自論でしかないからな。関係ないと思うなら無視してもいいし、好きなように思って捉えてくれ。お前らの人生なんざ俺は知らん」
最後にはいつもの悪態をついて言い切ったリゼルは結界の外へ出て辺りを見渡した。その後ろ姿を見てその場の全員は考え込んだ。彼の言葉に、自分達のこれからの行動に。




