魔神。
この世界の魔族には『魔神』と称される個体がいる。『魔神』とは魔族の頂点に立つ魔神王が、魔族の中でもその中でも特に強い個体に与える称号のこと。
要するに超強い魔族という事である。
「その超強い魔族様がこの国を乗っ取ろうとしてる? だから討伐に手伝ってくれ? ふざけんな!」
リゼルは僅かに声を荒らげながら言った。魔神の存在を把握している者が聞けばこの反応は当然だろう。レシアですら魔神の名を聞いて少し不安そうな表情をしている。
「そもそも、本当にその魔神はこの国を乗っ取ろうとしてるのか? 仮に乗っ取ろうとしてるのが本当なら、そこらの有象無象の冒険者なんかに頼らずに大人しく賢者呼べよ」
これも至極当然の反応である。
人口の約6割を占める冒険者という職業の中で平和協定の元、秩序の維持を掲げる最強の冒険者組織『賢者』。彼らの仕事は並の冒険者では対処出来ない案件の解決にある。まさに、今魔神が夏の国を乗っ取ろうとしているのではあれば、賢者に助けを求めるのは真っ先に行う普通のことである。
「まず、魔神がこの国を乗っ取ろうとしているのは恐らく間違いない」
「どっちだよ」
「根拠はいくつかある。1つは魔神妃フィルドレアは、この国に入ってから魔物等の兵力を増やしている。和平が目的なら兵力なんて必要ないはずだろ?」
国に入り始めてから、という部分は確かに怪しくはあるが根拠としては、リゼル的に少し弱く感じていた。もう少し強い根拠はないのだろうかと言葉を返す。
「確かにそれはそうだが、それだけで決めつけるには要素が足りないんじゃないか?」
「もう1つ。この国から通っている航路、その海中の奥深くにとある魔獣が封印されている」
「......それを復活させようとしてるって? 証拠はあるのか?」
「フィルドレア本人が言っていた。そのためにわざわざ航路の近くに自ら城を作っているからな。本人は守護獣としてと言っていたが、この国には海王の加護があるからそんなものは必要ないんだ。城も邪魔なだけだ」
封印された魔獣の復活。確かに和平が目的なら必要性は皆無と言っても過言では無いかもしれないだろう。だがこじつけた理由はいくらでも作れる。たとえこじつけだろうと、魔神の方がその理由で和平を求めてるのであれば、こちらから手を出すのは間違いだ。早とちりや妄想で魔族の和平交渉を突っぱねてしまえば国王を初めとする夏の国側が悪くなってしまう。それを危惧して、と協力したくない精神からリゼルは理由をこじつけて話す。
「魔族的には強力な魔獣を守護獣にするんじゃないか? 知らんけど」
「最後に、これは決定的な根拠だ」
ゴクリと唾を呑み、より真剣な表情で怪談を聞かせるような掠れた小さな声で、国王は言った。
「この国ではここ数年行方不明者が増えている。彼らがどこにいるか、それはフィルドレアの城の地下。地下奴隷として無休で働かされているんだ!」
国王の台詞に合わせてシラフネが懐から携帯端末を取り出し、動画を見せる。
半裸の男性やボロボロの衣服を着た女性が、手首足首をそれぞれ枷と鎖で繋がれ、体中を泥と傷で汚しながら何か作業をしている。彼らの瞳はその様子は死んだ魚のように虚無を見ている。その動画の様子は国王が言った通り、地下奴隷そのものだった。
「......はぁ」
リゼルは短く溜め息をついた。レシアは国王につられてか、元からの正義心からか彼以上に真剣な様子で話を聞いている。その様子すら可愛いと思えるのはまだ余裕があるからだろうか。
行方不明者が出ていて、それはが魔神の城の地下で奴隷として扱われている。証拠の動画まで見せられてしまっては流石に否定はし難い。では、リゼルはどうやってこの依頼を断ろうか、依頼を受けない方で行けるかと考える。
「魔神が国家転覆的なことをしようとしてるってのは、わかった。で? 賢者を呼ばない理由は? 賢者を呼べば解決だろ?」
リゼルは思いついた。というか最初から考えとして何度も口に出している、賢者について聞く。賢者はリゼルよりも強い。彼らを呼べば自分が戦う必要はないだろうという考えだ。
「賢者は呼べない。現在フィルドレアは航路の近くに城を立てている。そのためあからさまではないが、航路に対して影響を与えている。支配している状態に近い」
「航路を......あー、そういえば」
国王の発言にリゼルは昨日の食事で海鮮料理が食べれなかったことを思い出す。あれは、フィルドレアが航路を支配しているから、貿易が出来ていないという意味なのだろう。完全に支配している訳ではなくとも、魔神のいる国に貿易したいかと言われれば......なのかもしれない。
けれど賢者を呼ぶのなら航路以外にも道はある。それでも呼ばない理由は何故なのか、リゼルが聞くよりも早く国王が察して答えた。
「空路や君達がこの国に来たような道を使えば、航路でも多少無理をすれば呼べないこともないが、被害は出るだろう。冒険者ともかく、住民や観光客への被害は特に避けたい。あと高い」
最後にしょうもない言い訳が聞こえた気がするがそこは無視しよう。
要するに賢者を呼んだことがきっかけでフィルドレアが牙を剥いて、冒険者とは違って自衛能力のない住民や観光客への被害を出したくない。だから呼べないという事だ。国を守る国王らしい主張と言えるだろう。リゼルとしては、非合理的で気に入らないが。
「賢者を呼ばずぐだぐだ引き伸ばして延々と被害増やし続けるより、賢者を呼んで多少被害が増える程度の方がマシだろ。合理的に考えろ国王。本気で国を守るつもりなら多少の被害も受け入れろよ」
ピシャリとリゼルは言い放った。合理性を考えるならリゼルの言い分は正しい。国王も同じ考えには至っている。或いは娘や息子が提案したかもしれない。だが、国王の立場それを決断することは出来なかった。
国王が民の被害を許容するなど、出来なかった。
懐からペンダントを取り出し開く国王。そこには男2人女4人の家族の写真があった。国王の家族だろう。反対側にある三女の誰でもない女性の顔写真を見るに、恐らく国王の妻だろうとリゼルは察する。それを見ながら悲しげな表情を浮かべる国王の心情も。
「それ、奥さんか?」
「ああ......」
「......そういうことか?」
隣のレシアや国王の家族達に配慮してはっきりとは言わない。濁した言い方でリゼルが問う。国王は質問の意味を理解したらしく、静かに頷いた。そしてリゼルは納得する。合理性を捨てでも住民の被害を第一に考え、回りくどいことをしているのは、妻の事があったからだろうと。
「リゼル様......」
「皆まで言わなくてもわかってるよ」
同情するリゼルに対する心配からか、シラフネが声をかけるがリゼルは大丈夫だと返す。しかしシラフネは止まらず、むしろリゼルの勘違いを訂正するよう言った。
「いえ、リゼル様。母は決してフィルドレアやその配下の魔族にやられた訳ではない」
「は?」
「母は、変態クソジジイのナンパ現場を目撃し、浮気だと捉えられ離婚されただけだ」
「おい」
「シラフネ! もう少しで落とせそうだったのに邪魔するな!」
「お前マジでさぁ......」
リゼルは呆れながらゆっくりと立ち上がり、どこからか取り出したハリセンで国王の頭を叩いた。普通に極刑ものの行為だが、執事もメイドも国王の子供達もそれを咎めることも止めることもしなかった。なんなら何人かは「やられて当然」と頷く者もいたし、何人かはよくやったとガッツポーズをしてたくらいだ。この国王ほんとに人望ないな。
「国王様、そろそろお時間です」
まだ話は終わってない、いや、ある程度話は済んだか、時計の短針が13を指した所で白河のベテランそうな執事が国王を呼ぶ。
「そうか。シラフネ、行くぞ」
「はい」
国王もその声に応える立ち上がり、長女を連れて部屋を出ようとした。客人であるリゼル達を残して何処に行くのか、とリゼルが聞こうとした時、国王が先に話す。
「これからフィルドレアとの会談でな。と言っても我々を受け入れろというあちらの主張を、言葉を濁して断ってるだけだがな」
魔神との会談。これを断り続けることで今の均衡を維持しているとの事。加えるなら、この均衡が維持されている間に冒険者達を集めて魔神を討伐してくれという事。
この均衡は魔神側の気分で容易に崩れてもおかしくない。それを維持させているのは国王の手腕と取るべきだろう。とはいえ、タイミングといい、話した内容といいリゼル的にも色々言いたい部分はあった。だが、それを聞くまでもなく国王達は部屋を出て行ってしまった。
「もう、滅んでもいいんじゃないか? この国」
「リゼル......」
「冗談だよ。協力はしたくないけどね」




