温泉でのひととき。
夕食を取り終えた2人はリゼルの提案で温泉へとやってきた。
この国の温泉は観光名所で『夏の国シーロード』が人気国ともされる理由の一つである。その理由に、この国の温泉は、幻の国『水の国シリウス』の海水が使われているという。もちろん、海水をそのまま使っている訳ではない。『水の国シリウス』の海水は特別な効力を持つエキスが含まれており、まず最初に海水とエキスに分解。海水の方を綺麗に浄化しつつ温泉水へと温度を上昇させ、その後、その温泉水にエキスを戻している。
海水のエキスの効力は具体的には不明だが、パンフレットには疲労回復、自然回復の促進、魔力回復及び増加、煩悩の浄化等があるらしい。最後の1つだけは効果があるのか分からないが、それが要因なのか混浴はない。残念ながら。
「じゃあ後で」
「レシアもゆっくりね」
戸の前で別れリゼルとレシアは男風呂女風呂へそれぞれ入っていく。リゼルが更衣室に入ると、ロッカーボックスはほとんど使われていた。なんとか空いていたロッカーボックスに荷物を預け服を脱ぎ、タオル1枚を持って浴場の中へ入る。
「ひっろ」
想像以上の広さにリゼルは思わず声を漏らす。浴場内は目の前に大きな巨大浴場が一つ、入って右側に海水と同じ温度の冷水風呂。左側には電気風呂などの色々な温泉がある。中央奥には露天風呂もある。ちなみにサウナは出入口のすぐ横。どの風呂場にも3人以上の人はいる。地元民もいるかもしれないが全員がそうではないだろう。観光客が数人はいると考えると、改めてこの国の人気の高さにリゼルは感嘆の声を漏らした。
「すげぇな......」
野宿で汚れた体をしっかりと落とし、早速温泉へ浸かる。40℃近くの丁度いい温度がリゼルの疲れた身と脳を癒していく。
「魔力制限してると疲れるんだよなぁ〜。今回は目が多いし」
首までどっぷり浸かりながら愚痴のように疲労を漏らす。口にした通り、リゼルは今日一に魔力を制限していた。元からある程度の制限をしているとはいえ、それも他者に気にされるかどうか程度のもの。今回は普段に加えて、入国時に感じ取った感覚からいつも以上に魔力の制限をしていた。不得意な上に慣れないレベルの制限で一層疲れたらしい。それでもリゼルは周りを気にして制限を解くことはないが。
(入国直後のあれが偶然とか気にせいなら......というか俺に何もなきゃなんでもいいや)
「めんどくせ。露天行こ露天」
温泉の心地良さのせいか、考えるのすらめんどくさくなったリゼルは眠りそうな意識を起こすために外の露天風呂へ向かった。が、流石に夏の国。夜でありながらも外の気温は高く、暑苦しさのあまり眠くすらならなかった。
(まあ、景色は悪くないから良いか......)
夏の国は気温だけではなく、夜空の景色も夏らしかった。暗闇に覆われそうな空で小さくも自己を主張する星々の光は露天風呂から見える景色として最高だった。月明かりが隠れているのが逆に味がある。携帯があったら1枚くらい写真を撮っていだろう。そう思いながら夜空を眺めていると、突然声が掛けられた。
「隣いいかな」
「良くないが」
リゼルの回答を聞くまでもなく、知らないおっさんがリゼルの隣へ腰を下ろした。
そこまで長くない茶髪を後ろで結んだ茶色目のおっさん。若作りはしているが、髭のや顔の皺から40代くらいだろう。相手を観察しながらリゼルはあからさまに距離を取る。
「そんなに逃げなくてもいいだろう」
「ならそんな近づかなくてもいいだろ、おっさん」
「娘がいるんでな。悪いがおっさんと言われるのは慣れているんだ」
「知らねぇよ」
初めて会ったにも関わらず無遠慮に話す2人。主にリゼルだが。初手の印象が悪い故に、リゼルはおっさんの行動を気にするように視線を向ける。
「何か用かな?」
「こっちの台詞だ、おじさん。わざわざ隣に座って何の用だ? 他にも空いてるだろ」
「おじさんはやめてくれ。流石にそれは痛い」
「知らねぇよ」
傷付いたと胸を抑える大袈裟なリアクションに、リゼルは睨むように見る。もう無視して上がろうかとリゼルが立ち上がれば、おじさんは「待ってくれ」と必死に引き止めた。
「君に聞きたいことがあってね」
「なんだ? さっさとしろ」
「君、旅人だろう? 私はこの国でも割と位の高い役職でな。外の国から来た君に、この国の印象を聞きたくてね」
「悪くない。以上。じゃ」
「ちょちょちょ、早いよ。もう少し具体的に。ね?」
簡潔に答え風呂を出ようと立ち上がるリゼルを再び引き止めるおじさん。最初に自分の役職を名乗ったのもちゃんと答えろよという脅しもあったのだろうが、誰相手でも物怖じしないリゼルには聞かず、偉い立場というのが嘘かのように引き止めるのに必死だった。抱きつくように腕を掴まれたリゼルは呆れながら、思った以上にめんどくさい相手だと理解しおじさんを納得させる方にシフトチェンジ。話を聞くために腰を下ろした。
「この国、魔族も結構いるだろう? 平和協定もあるから当然ではあるんだが、旅人的にそれを見てどう思うのかと思ってね」
「......俺は別にそこまで。利もなく害もなくだ。むしろお前が今のところ1番の害なんだがな」
「酷い言い様だな。まあいい。なるほど、では次の質問だ」
「まだあんのかよ」
「これで最後だから答えてくれ」
顔が温泉に浸かるくらい頭を下げ頼み込むおじさん。そこまで真剣になるものかと思いながらリゼルは大人しく聞いた。
「君は、魔族との共存は良きものだと思うか?」
「......相手による」
短い間を置いてリゼルは答えた。彼の返答を聞いて納得いったのか、軽く頷いた。
「なるほど。よくわかった。引き止めて悪かったな」
「じゃあ。おじさんものぼせないように早く出ろよ」
初見で会った仲とは思えないくらい雑な軽口を返してリゼルは露天風呂を後にする。
風呂を上がる時や着替えてる間、おじさんの質問の意図について考えてみたが、外で待っていた温泉の熱で僅かに火照った白髪の美少女を見て、その思考はどうでもいいと彼の記憶の隅に消えていったのだった。




