-旅の寄り道- 彼から見た彼女。
リゼルが母国を出て二週間が経つ。一応両親とはしっかり話し合ったとはいえ、どちらかと言えば一目惚れの勢いとその場のノリで始めた旅だったので、どうなるものかとリゼルは考えていた。将来性の不安もそうだが、何よりリゼルはレシアを知らない。逆もまた然り。お互いが知らない相手と共に時間を過ごすのは、天才と呼ばれたリゼルであっても年相応の不安はあった。
(だから、知ろうとしてるんですけどね)
心の中でリゼルは静かに呟いた。一目惚れは所詮は外見基準での評価に過ぎない。内面を理解してこそ本当の恋だと思い、また旅という形で時間を共にする上でもそれは必要だろうとリゼルは考え、この二週間、レシアの事を理解しようと彼女を観察していた。
端的な結論から言うなら、レシアは少し不思議な娘だ。少し抜けてるところはあるが、頭が悪いわけではない。強いて言うなら知識の偏りが凄いというところだろう。
『レシアは何年くらい旅をしてるの?』
それは、ある日聞いた問い。理解するためという名目があったことも含めて、リゼルが順当に疑問に思った事だった。
『......あんまり覚えてない』
『覚えてない? 具体的な日にちじゃなくても、何歳頃からとかも?』
『うん、というよりは、覚えてる限りはずっと旅をしてたと思う』
『そっちのパターンか......』
(人間が記憶している最も古い記憶は大体三歳から四歳くらいだとされている。もちろん人によってはもっと前から記憶している事もあると言うけど、それはごく稀で、世間一般的にはこのくらいの年齢だろう。「覚えてる限りはずっと」というレシアのこの言葉と一緒に考えるならレシアは三歳頃から旅を始めていた可能性が高い。なんなら親代わりの人と旅をしていたとも言っていた事から、覚えてないだけで下手をすれば生まれて数ヶ月とかから旅をしていた可能性もあるのか......)
可能性など言い出したらキリがないが、それでもレシアはこの歳で最低十年以上は旅をしている事実にリゼルは驚いていた。
(もし本当に十年以上旅をしているとしたら、俺と違って学校に通う事がなくて、一般教養を学ぶ機会が得られなかったのか? だから知識が偏っているのか?)
彼女の面子のためにもう一度言うが、レシアは決して頭が悪いわけではない。むしろ言うなら隣に天才がいて、その天才がレシアよりも早く、そして多くの事を思考するためレシア自身が深く物事を考える事が一緒に旅を始めてから減り始めている。
(とはいえ、旅の知識に関しては俺よりも全然豊富なんだよな)
必要な物やその選び方、入手経路など旅の知識においてはレシアはリゼルよりも優れている。野営中の現在も森にある食べられる食材や安全的なテントの張り方、魔物を討伐した後の行動など国の近くで何度かキャンプをしたことがある程度のリゼルからは出てこない考えが多かった。そういう面ではリゼルはレシアに頼りきりとも言える。
(後は、レシアは元気があってかなり活発的だ。アクティブと言うべきか?)
国や街に滞在している時ならともかく、野営中ですら彼女はリゼルが目をまだ覚ましていない早朝七時頃には既に行動し始めており、夜も十時頃まで起きている程。どこからそんな元気が湧いてくるのか不思議に感じるほど旅人の一日は長かく自由だった。
(多分俺一人だったらもっと苦労してたんだろうなぁ......一目惚れで必要な知識と技術を持った相手に出会えてるのは、やはり運命なのでは?)
くだらない事を考え、間抜け面でニヤけるリゼル。レシアからどれがいいかと声をかけられた事で、思考と行動を戻す。
(でも、これはこれで色々心配になるな......旅の知識は豊富だけど、一般教養は欠けてるのも確か。その上、前のウィズエルでのあれを見た感じ、割と人助けも積極的に行いそうだからなぁ......)
良心につけ込んだ詐欺や罠に嵌められてしまうのでは? 或いは過去にそういう事があったのでは? 加えて言うならレシアは成人もしてない少女だ。悪い大人に狙われたりすることもあるのでは? 貞操観念まで考え出すのは流石に気持ちが悪いが、リゼルはレシアのこれまでが大丈夫だったか不安を覚える。これもキリがなく過去のことなのでリゼルが今更どうこうできないが。
(せめてこれからは、出来るだけ危険な目に遭わないように......)
「そのための俺でありたいな......」
彼女を見つめながらそう願った。
「何が?」
「いや、なんでもないよ」
「そう?」
「うん、ところでレシア」
「何?」
「俺の分のパンは?」
「......あっ」
リゼルが聞くと、レシアはちょうど潰した紙袋を見て声を漏らした。そして申し訳なさそうな目を伏せながら「ごめん......」と謝罪した。
「まあいいよ。後でまだ買えばいいからね」
「そうだけど......」
「俺はいっぱい食べてるレシアを見るのが好きだからさ。大丈夫だよ」
紙袋の中に入っていたのは二人で食べようと購入したパンがいくつか。考え事をしていて手をつけてなかったこともあるが、まさか一人で全部食べるとは予想しておらずリゼルは困惑した。気にしなくていいと言ってレシアを励ましながらリゼルは一つの結論に辿り着く。
(多分これ、まだ俺のこと意識してないんだろうなぁ......)
一人旅が長かった影響だろう。一目惚れしてきた異性としてだけではなく、一緒に旅をする仲間として、リゼルはまだレシアに意識されるほどではなかったと理解した。
(俺がレシアを知るのも大事だけど、レシアにも俺を意識してもらわないとなぁ......これは大変な旅になりそうだ......)
これからの旅にさらなる不安を覚え、リゼルは思わずため息を吐いた。それでも、と言うべきかチラリと視線を移せば、目が合った隣の彼女は「次はあそこに行こう」と楽しそうにリゼルの手を引いた。
(そんな旅も、悪くないか)
白髪の少女に手を引かれながら、青年はこれからの旅に期待を抱いていた。




