彼女達の謝罪。
「一件落着だな。ちゃんちゃん」
「ちょっと待って」
そう言いながら空から降りてきたのは三人と別行動を取っていたリゼルだった。
「おかえりなさい。リゼルさん」
「なんでレシアより先にお前が言うんだよ。まあいいけどよ。ただいまな」
「あなた今空から降りてきたの?」
別行動の内容は知らないものの帰還を素直に喜び出迎えるソロンに、やや理不尽な文句をツッコミながらリゼルも言葉を返す。そのやり取りを少し離れてい見ていたレシアと視線が合うと、彼女は思い出したかのようにソロンと同じ言葉を口にした。
「リゼル、おかえり」
「ただいま。レシア」
「ちょっと待ちなさい。あなた、杖も箒もなしに空を飛んでいたの?」
まるで夫婦ですとでも言いたげなやり取りとリゼルのニヤけた表情はまあまあ気持ち悪い。自覚をしてか緩んだ頬を治すように手で揉みながらリゼルはレシアと会話を続ける。
「魔法の方はどう? 出来た?」
「ソロンは出来たよ。私はよくわからない」
「というかあなたは何をしていましたの?」
「あー、レシアはあれだね。シンプルに魔力の操作がまだまだなんだね。それも不思議なんだけど、まあいいか」
「今は出来ない?」
「もう少し頑張らないとだね。まあ俺が後々教えるからいいよ」
「あなた聞こえてるでしょう? 無視するのはおやめなさい!」
「ソロンの方は魔法出来たんだろ? じゃあ一件落着だな。おつかれさん」
「あの、えーっと......」
「ちょっと! 私の話を聞きなさい!!」
「なんだよさっきからうるさいな」
ようやく反応したかと思えばうるさいなと悪態をつくリゼル。その態度にも腹が立つが今は他に話があるとオズは怒りを抑える。
「あなた今まで何をしてましたの? 裏山で凄い魔力が出たり消えたりしてましたけど、もしかしてあなたですの? というか、ここに来るまでも杖や箒もなしに空飛んでませんでした?! どういうことですの?」
怒りの代わりに発散されたのは怒涛の質問攻めだった。
確かに、普通に考えればリゼルの別行動は謎で、目に見えた行動も納得の行き難い。抱く疑問としては至極真っ当なものだろう。だがリゼルの心情としてはそれらの質問を一つ一つ答えるのは面倒で、何より後者は答えればそれはそれでまたややこしくなるだろうと分かりきった話だった。
リゼルは呆れながら溜息を吐き、一つだけ聞き返した。
「今聞きたいのは、本当にそんなことか?」
オズは言葉を詰まらせた。聞きたいことは山ほどある。けれどそれら全てを聞く事が今一番必要なことなのか。恐らくリゼルはその正否を見抜いているのだろう。静かに見つめるリゼルに少し腹を立てながらもオズは冷静になり、質問を一つに絞った。
「何故、ソロンは急に魔法を使えるようになりましたの? 知っているのでしたら教えて貰えないかしら?」
口調も声色も丁寧に、今最も重要な問題を聞き出すオズに、「まぁいいだろう」とリゼルは頷く。事を話す前にチラリと視線をソロンへ向けると、被害者本人の彼は「構わない」と言うような表情で真っ直ぐ見つめ返していたので、リゼルは大人しく話し出した。
「お前らの人間関係がどうなってるか知らんから一応誰がやったかは伏せるが、ソロン、お前は『魔法が使えなくなる魔法』をかけられてたんだ」
「『魔法が使えなくなる魔法』......」
「まあ魔法の内容自体は深く考えんな。やった加害者の奴らも元からその魔法を使えるほど賢くはないだろうからな。大方、大都市辺りから来た行商人から魔法陣を購入して、イタズラ程度の感覚で利用してただけだろ。その規模と期間でお前は飢え死にしかけてんだから笑えねぇけどな」
自分から口にした割にはリゼルは不愉快そうに吐き捨てた。
話を聞いたソロンは少し表情を曇らせた。当然だ。リゼルの話を端的に言えばソロンは明確に、いじめを受けていたことになる。それも生活や命に関わるレベルのいじめを。ソロンの暗い顔を見て、オズは話を逸らすように聞いた。
「つまり、貴方がその魔法陣? を破壊したからソロンは再び魔法が使えるようになったって事ですの?」
「まあそんなところだ」
リゼルの回答を聞いてオズは胸を撫で下ろした。ソロンの魔法復活の理由が判明し、今回の件がリゼルの言う通り一件落着という結果になった。その事にオズは良かったと被害者であるソロンよりも嬉しそうにしていた。その様子を見たリゼルは見守るように少し離れながら呟いた。
「俺らの件は一件落着だ。で、お前はどうすんだ? オズお嬢様?」
「どうするって何をですの?」
「ソロンに何か言うことあるんじゃないか?」
リゼルの指摘にオズは思い出す。自分が何をしにここに来たのか、何故彼女の提案を受け入れたのか。
機会はこれ以上はないだろう。
オズが頭を下げた。
「ソロン、ごめんなさい」
「え、いや、な、何がですか?」
当然の反応だろう。事の顛末に気持ちの整理も着いていない中、突然友人が頭を下げて謝罪をすれば誰だって戸惑い焦る。けれどオズは構わず、深々と顔を伏せたまま話す。その声は僅かに震えていて。
「私は最低な人間ですわ」
「えっと、何がですか? というか顔あげてください」
「あなたが魔法を使えなくなったと言った時、私はあなたに何もしてあげられなかった。今日みたいにあなたを手伝う事だって出来たのに、何もしなかった。それどころかあなたより自分の方が優秀なんだと、あなたを見下してた」
「オズさん......」
「そんなことしても何もならないのに。本当はそんなこと思ってないのに、周りの視線を気にして、あなたの事を傷つけた」
ソロンを傷つけていたことを理解、自覚した上でその行為を肯定する自分がいたのはオズの心の内にも少なからずあったのだろう。リゼルに問われた時に口にした感情が、優秀なソロンに対する『嫉妬』の思いが。それが彼女には息苦しかった。
魔法が使えなくなったことでソロンの生活が困難になったと聞いた時、オズはせめてもと、彼に隠れてパンを届けていた。彼に対して自分は何もやれなかった事へ、何も出来ない身となった彼を見下していた事への贖罪かのように。
謝罪のきっかけなど、その時いくらでもあっただろうに、彼女には切り出す勇気もなかった。だからレシアの提案に甘えた。その事も含めて。
「本当に、ごめんなさい」
オズは謝罪した。
「オズさんは悪くないよ」
優しげな声でソロンは言った。その声に反応してオズが視線をあげれば彼は柔らかな笑みを浮かべている。
「オズさんは悪くない。悪いのはこういう事態になっても誰にも頼れなかった僕だよ」
顔を上げ目が合ったオズを見つめながらソロンはどこか申し訳なさそうに語る。
「僕も、なんとなくだけど気づいてました。魔法が使えなくなったのは自分が何かをされてるからだって。でも誰かのせいにするのが嫌で、誰かを悪く言うのが嫌で、何も言えませんでした。自分が生活困難になるのも、目に見えてた事なのに、誰かを頼って誰かを困らせるのが嫌だから......自分が悪いからこうなったからで、自分で解決しようって思って...... だから誰にも頼れなかった。友達のオズさんにも......」
「でも結局最後はリゼルさんとレシアさんに頼っているんですけどね」と暗い話を緩和しているつもりかタハハと苦笑しながら付け足した。
誰かのか悪事だとわかっていながら、他者に頼るべきだとわかっていながら、その選択を取らず自分が悪いのだと、ソロンは自分に言い聞かせていた。だからオズは悪くはないと、申し訳なさそうに今度はソロンが頭を下げた。
「謝るのは僕の方です。ごめんなさい」
謝罪をされた側が、被害者本人が、善人めいた素晴らしい理由で今回の件は自らを悪いのだと言い出すのは彼の良く出来た性格なのだろう。
内容も発言も意思も到底納得いくものではないが。特にこの男にとっては。
「別に自分が加害者じゃねぇんだったら謝んなよ。馬鹿か」




