逆さ虹の森 ~願いを叶える池への旅~
あれ、「作品表明」って必要なの?聞いてないよ?
と、冬企画に投稿しようと書いた作品なのにまさかの提出条件を勘違いミスで、参加表明がいらないと思っていたために出せない作品です。世に出しておきたいので出したのですが、あまりにひどいのでちょっと読まなくてもいいかなwとも思っちゃいます。ただ、楽しく書かせていただいたことは保証させていただきます。皆さんにその楽しさが伝わればいいなぁ!
逆さ虹の森
~願いを叶える池への旅~
Miru
プロローグ
「男の子ですよ!とても健康な男の子です!」
「はぁ、はぁ、無事なのね。よかった。はぁ。」
母親は、生まれたばかりの、目も開かないその小さな子供を抱いて言う。
「海翔。あなたの名前よ。意味は、勇気。人を助け、助けられるような人物になりなさい。」
子供は、元気よく泣いている。
「ふふっ。あなたと共に、もっと生きていたかったわ。」
急にピッピッピッピッと、音がする。
「先生、脈拍上昇!」
「まずいな。緊急措置開始!」
数分後、辺りには、赤ん坊の泣き声以外、何も聞こえなくなった。
それぞれの、カコ
1
「海翔、朝だぞ起きろ!幼稚園に遅刻するぞ。」
一階のキッチンに、エプロンをつけた格好の父親が叫んだ。
「まったく、今日もか。」
なかなか降りてこない二階の住人に、父親は思わずため息をついた。
「なあ海翔。さみしいのは分かるけど、幼稚園行かないとお母さんも悲しんじゃうぞ?」
二階の住人は、二階の中でもベットの中だけに居住しているようだ、と父親は感じた。
「おかあさんはいない、ねえ、なんでいないの。」
ベットの奥から、くぐもった声が、父親の耳に入る。
「お母さんは、お前を産むために一所懸命になって、その命を懸けて頑張ったんだこの話はもう何回もしただろう。」
ベッドの中からは何も聞こえない。少し震えている。
「またお母さんの夢を見たのか。」
父親は、手をそっと布団の上にのせる。
「今日はもう寝てていいぞ。父さん今日は母さんの一周忌で忙しいから、またあとでな。」
ガチャ、と、扉の閉まる音がして、子供は再び眠りについた。
2
あるライブハウスの打ち合わせ室で、「ミサ」は、怒っていた。
「だからここは絶対こうするの!あなたたちの意見よりも私が正しいんだから!ここまで必死に練習してきた私が一番なの。当たり前でしょ!」
「はぁ、まあ直前打ち合わせで時間もないし、それでいきましょう。」
スタッフの一人が何か諦めたように言う。
「ミサさん!開演五分前スタンバイお願いしまーす!」
ミサとは、今軌道に乗っている歌手である。若い層を中心に人気が爆発し、若手歌姫とファンに称されている。
「とにかくミサさん、今がこれからを左右します。今回のライブ、絶対に成功させましょう。」
「わかってるわ。頑張りましょう。この私が歌うのよ。失敗はありえないわ。」
(さあ、行くわよ)
ミサがステージに登場すると、性別問わず多くの観客が詰まっていた。多くの歓声が響いている。
一曲目のイントロが流れ出した。
3
「こら琉生!お姉ちゃんのところになんか行っちゃだめ!家に戻りなさい!」
「うるさい、ただ姉ちゃんに会いに行くだけだろうが。そんなに大きな声出すなよ。」
母親とその息子らしき人物が、家の前で口論していた。
「ただ会いに行くったってあなた、美沙は勝手に大学を中退して急に音楽始めて、家族にどれだけ迷惑かけたか知らないの?!」
「姉ちゃんの自由だろ!もう行くからな。」
(姉ちゃんの歌ってるとこ、絶対見るんだ。)
少年、琉生の握りしめているチケットには、「ミサ」の二文字が書き込まれていた。
4
僕の名前は、純。今年で二十三歳になる。
僕の長所は、体が大きいこと。短所は、ひどく臆病なところ。
小さいころから、僕は大きかった。親に進められて入った野球チームでは、監督やチームメイトに、体の大きさから期待の新人と評された。しかし、僕はボールがとても怖くてうまく野球ができず、その期待は失望の念へとすぐに変わった。僕の人生には、こんなことがたくさんあった。高校では、すべての運動部からの熱い勧誘を断った。
現在は、そこそこのいい会社で仕事をしていて、部下を持つようにもなれた。
「先輩、ここの作業できました。チェックお願いします。」
(本当にこの部下、仕事が早いな。)
「うん、ここと、ここ、あとここだけ直したら部長に提出していいよ。」
ミスした箇所を丁寧に探し、指摘した。
「わかりました。直接出しちゃっていいんですか?」
部下が、少し不安そうに聞いてくる。
「ああ、いいよ。ちゃんとチェックしたし、君なら大丈夫でしょ。」
純は、部下を笑顔で誉めた。
その数時間後、二人とも部長に呼び出された。
「なんでしょうかね、部長から呼び出しなんて。」
部下が、何かしでかしたんじゃないかと、緊張した気持ちで聞いてきた。
「大丈夫だって。なにかあったら上司である僕がかばってやるよ。」
「先輩そうですよね、そんな滅多に怒られないですよ。」
上司と部下は互いの絆を確認し合い、部下が部長室の扉を3度叩く。
「失礼します。お呼びでしょうか、部長。」
自分の部下の礼儀正しい言葉を聞く。
「ノックは2回までだと、学校で君は学ばなかったんだね。」
「え。いいえ、昔とは違い、最近、2回までのノックはトイレノックと呼ばれており、」
「昔の人間で悪かったな!」
部長の怒鳴り声に、純の肩が大きく震えた。
「純、君の意見を聞かせてくれ。お前のとこの部下の書類にミスがあるんだ。これを見たまえ。」
部長は、純に、先ほどチェックした書類が手渡した。
「ここだ。」
「はぁ、、、。」
戸惑いながら、純は部長の人差し指の下を覗き込んだ。
(これ、さっきと違う。)
純は確かにそう感じた。ありもしない責任が自身に降りかからないように、いつもチェックだけはしっかりするようにしているから、彼には改ざんされたことがすぐ分かった。
「これは、君のミスか?それとも、彼女のミスか?」
部長は、純とその部下の顔を順に見た。
「なぁ、君がもし私の意向をくみ取ってくれたら、君は助けよう。君も、自分の生活が惜しいだろう?」
部長が、純に耳打ちした。
「先輩、、、。」
部下が、心配そうに純の顔を覗き込んだ。
(これは、部長から彼女への嫌がらせだ。彼女の能力の高さに嫉妬してるんだ。でも、僕じゃない。部長の矛先は、僕じゃ、ないんだ。ごめん、僕は、今の生活を失うことができないんだ)
純の喉の奥がキュッと鳴った。純は、ゆっくりと顔をあげ、部長の目を見つめる。
「、、、っ。」
部下が一瞬、何かに期待するような顔をした。
「これは、私ではなく、彼女個人のミスです。」
純の声は震えていたが、それでも何を言っていたのか聞き取れる程度には、それは言葉の形を保っていた。
「先輩。わかりました。」
部下の目は、まるで二つとも交換されたように、以前と違っていた。
逆さ虹の森の六人
1
深い森、まるでエルフといった架空の生き物が住んでいそうな、森。
そこには、六匹の動物がいた。コマドリ、ヘビ、アライグマ、キツネ、リス、クマの、六匹。一つの円状に並んで静かに寝ている。
最初に目を覚ましたのは、キツネだった。
「、、、。」
キツネの、開いたその目は、緑色に輝いていた。まるでそこから光を発しているような、カメラに映る夜行性の動物の目のような輝きだった。キツネは辺りと、そして周囲にいる五匹の動物をじっくり眺める。
キツネは周りの動物を起こし始めた。五匹は、順々に起きると、自分の手足や周囲を見てパニックに陥った。
「え、なにここどこ?どういうことどうなってるの?」
コマドリが、その小さい体躯からとは思えないほど大きな声で、慌てふためいている。
「ここは、逆さ虹の森。お前たちは、ここに召集された、元は人間だった者たちだ。」
輝いた目を大きく開きながら、キツネは言った。
「お前たちには、この先の、“ドングリ池”というところに向かってもらう。帰りたくば、そこに行け。」
そこまで言うと、キツネの身が急に魂が抜けたように崩れた。すると、ヘビの目が光りだし、
「その池は、願いを叶える力があるという。そこまで行けば、願いを叶える者が出て、帰れるかもしれないな。」
「え、その言い方だと、まるで池が願いを叶えてくれないかも知れないみたいですけど。」
クマは、のっそりと大きな体を起こして、ヘビの言葉を遮った。
「願いは叶えられる。しかし、それが、一人までかもしれぬ。そうではなく、全員かもしれぬ。一つのみ
かもしれぬ。たくさんなのかもしれぬ。」
「それってどういうことだよ。おい!」
アライグマは、興奮している様子で、乱暴な言葉をヘビにぶつけた。
「もうヘビさん、寝ちゃってるよ?」
リスが言った。
「ん。頭が、、、。」
「何が起こったの?」
キツネとヘビは、自我を取り戻したようだ。
「さっきまであなたたち、誰かに乗っ取られてたみたいね。」
コマドリが言った。
「それより、これからどうすればいいんだ。行かなくちゃならないのか、その、、、。」
『ドングリ池』
ヘビとキツネの、重なった声が、アライグマの求めていた答えを示した。
「行かなくちゃならないでしょうね。何となく、心の中に強い気持ちを感じるわ。」
「オレもだ。使命感っていうのか、行かなくちゃって気がする。」
キツネとヘビは、さっきまで乗っ取られていたせいなのか、夢うつつな表情をしている。
「私も二人とおんなじ考えよ。まあ二人は自分では考えてはなそうだけど。どうせここにいても話は始まらないわ。先へ進みましょ。なぜだか私、焦ってるの。」
翼をはためかせながら、コマドリが言った。
「お前もちゃんと考えてねーじゃんか。」
アライグマが言った。
「うるさいわね、いいから行くよ。」
「ところで道はどっちなの?」
リスが聞いた。
「そういえばそうね。ねえ誰かわからないの?クマって鼻とかいいんじゃないの?」
「いいえ、僕、道とか全然わからないです。そんな嗅覚もないみたいだし、、、。」
「ふぅん、まあいいわ。それで、誰かいないの?」
「こっちだと、思う。なにか感じるの。引き付けられるようというか、まるでS極とN極のように引かれ合っている気がするの。」
「よくわかんねえけど、さっきまで目が光ってたやつの言うことなら説得力あるな。俺はキツネについていく。」
「じゃあ、僕も。」
アライグマとクマが言った。
そうして、六匹は、ドングリ池を目指して旅立つことになったのだった。
2
一行は、キツネの案内のもと、前進する。
「ねえ、ここにはみんなどうやってきたの?」
歩きながら、リスが周囲に聞いた。
「それに、みんな名前は?動物の名前じゃなくって、みんな自分の名前が、、、。」
そこで、言いながらリスが何かを考え始めた。
「僕の、名前、なんだっけ。僕、どうやってここまで。」
リスは、先ほどの自分の質問の答えが分からなくなっていた。
「いいえ、自分たちは確かに記憶があるわ。こうして日本語を喋れているんだもの。」
コマドリが言う。
「ねえ、名前が思い出せないなら、今つけちゃいましょ。」
キツネが言った。
「いいじゃんそのままの動物の名前でも。行動に支障はないぜ。」
アライグマが、いかにも面倒くさそうに言う。
「じゃあ君はタヌキさんだね!」
リスが言った。
「あ?なんだと。」
「べーだ!怖くないよ!ぽんぽこタヌキ!」
「このくそリス!一発くらわせてやる!」
逃げるリス。追いかけるアライグマ。
「やめましょうケンカは。それより早く名前を付けてしまいましょう。」
クマも若干面倒くさそうな顔をしていた。
「いや、いいよこのまんまでさ。時間の無駄だし、みんなそのうち思い出すだろうし。それに、新しい名前に慣れてしまったら、自分の名前を思い出せなくなってしまうかもしれないぜ。」
ヘビは、ヘビらしく這って進みながら言った。
「確かに、そうなったら僕嫌だ。」
リスが答えて、ヘビに連いていく。
「あら、ヘビも道が分かるのね。」
キツネが感心したように聞いた。
「ん?ヘビも乗っ取られたからだろ」
アライグマが言った。
「あ、ああ、そうだよ。こっちな気がするんだ。」
一行は、再び前進し始めた。
あぶない橋は、走って渡れ。
「はぁっはぁっ。なんでこんなことになったんでしょうかっ。」
クマが、ちらちら後ろを振り返りながら、走っていた。
「おいリス!お前のせいだぞ!」
アライグマも走っていた。と、いうより、一行全員が走っていた。
「お前ら、目を離している隙に何をやらかしたんだ!」
ヘビは、リスとキツネに聞いた。
「僕じゃないよ!そこのタヌキがやれって言ったんだ。僕に、そのふわふわしたやつ引っ張ってみろよって!」
さかのぼること数分前、一行が歩いているときに、アライグマがあるものを見つけた。
「ん?こいつら、オオカミ、なのか?」
そこには、オオカミのような、カバのような、不思議な生き物の群れが集まって寝ていた。
「この人たちも、僕たちと同じ人間なのかな?」
リスが言う。
「なぁお前、ちょっとそいつらのしっぽ引っ張って起こしてみろよ。もし人間なら、いろいろ聞けるかもしれないぜ。」
アライグマが言う。
「ししっ。いいの?いくよ、、、。」
リスはいたずらっ子な笑い方をして、えいっと勢いよくその生き物のしっぽを引っ張った。
そして今に至る。
「ねえ、この先に橋があるわ!」
いち早く飛んで、先の様子を見てきたコマドリが言った。
「橋?そんなのいちいち報告しなくても、今は走り続けるしかないんです!とっとと逃げましょう!」
クマはコマドリを仰いで言った。
「違うの。その橋、全員が走って無事に渡れるほど丈夫な橋じゃないの!」
コマドリはひどく焦っている。
「オンボロ橋、」
キツネが呟いた。
「オンボロ橋よ!その橋の名前は!」
「いかにも渡れなさそうな橋だぜ。」
アライグマは後ろを伺った。
「ワオーーーーン!」
すぐ後ろには、あの生き物の群れが追いかけてきている。
その時、クマの心情に異変が起こっていた。
(あれ、何か、何かしなきゃならない気がする。人間だったときの僕の意識なのか、僕はここで、“また”逃げてしまうのかと、言われている気がする。)
クマが立ち止まった。
「おい!何してんだ!クマぁ!」
アライグマが叫んだ。
「いいんだ、このまま走ってください。僕のような巨体じゃ、橋を壊してしまうかもしれない。なら僕が一番後ろに行くのが最善策です。そして僕がここでこいつらを食い止めておくほうが、生き残る可能性が増える。」
クマの声はそこまでで、それ以降は、一行に届かなかった。
「僕の名前は、純。そうか、これは罪滅ぼしのための世界か。」
カバともオオカミとも言い切れないようなその生き物たちが、その名を純というクマに、とびかかってきた。
「先輩。」
クマは、純は、いつの間にかある家の中にいた。
「先輩、私のこと、後悔してるんだろうなぁ。」
そこは、一人の女性の家の中だった。
「あー。あの優しい先輩が、こんなに大々的に裏切るなんて、ここまで来たら性格とか、生まれつきのことなのかなぁ。」
純の心が痛む。
「なぁ、、、。」
純は部下に呼び掛けた。しかし、その声に彼女は反応しなかった。
(僕のこと、見えてないんだ。)
「私だって若いんだ!まったく部長の言う通りだ。これからはあんなおっさんじゃなくて、子供たちを相手にする仕事をしよう!先生だ!学校の先生になろう!」
彼女はとても元気だ、と純は思った。
「グルアアアア!」
「らあああああ!」
オオカミもどきたちの襲撃を、純は、クマの叫びを放ち、対抗する決意を示した。
(僕は、必ず帰って、あいつに一言謝るんだ。僕を許してくれた彼女を。僕はこれから前を向いて、自分の恐怖と向き合っていくんだ!)
「くらええええええ!」
純の放った、クマの腕の横なぎは、襲ってきた者たちを後ろに吹っ飛ばした。
「わたるぞ!」
すでに他の五匹は渡り終え、こちらを見ている。
純が、その薄い木の板に足を乗せると、風に揺らされるたこ糸のように橋全体が大きく上下に揺れた。
(こんな橋でほんとに渡りきれるのかよ!)
しかし、そんな思いを振り払い、クマは、純は大きく一歩踏み出し、走り出した。
「早く!すぐ後ろにもう!」
リスの、緊張した声が聞こえた。
後ろを見ると、その言葉通り、奴らも橋の上にその体を乗せている。
慣れているはずの二足歩行はいつの間にか、四足歩行になっていた。
「間に合うよ!このまま走って!」
リスの表情は、まるで死にかけの、いまにも電車にはねらえれそうな人を見るような目だった。
(僕、ここで死ぬのかな。そうか、ここで死んだら、向こうに帰ることはできないんだ。この世界に死体として残るんだ。)
(あれ、こんなに走って、こんなに考えているのに、まだ渡りきれない。これって、もしかして死ぬ前の、時間の流れが遅くなるやつじゃ。)
その時だった。クマを乗せたまま、下の激しく流れている河に向かって橋が落ちた。
純の視線の先で、みんながこちらを見下して、必死で何かを叫んでいるのが見える。リスが、その木の枝よりも細く短い腕をこちらへ伸ばしているのが見える。
しかし、もとより純に、ここで落ちて死ぬ気などなかったのだ。
「ふんぬっ!」
その鋭いかぎ爪が、崖の側面に深く突き刺さる。
「ぐうああああ!」
彼の、生涯おそらく最大の気合なのではないかと、純自身に思わせるほどのものが、その雄たけびにはあった。
純は、その手をとうとう崖にかけた。
「ねえ、大丈夫?」
リスが、その後ようやく安全な大地に身を任せることができたクマに声をかけた。
「ああ。こんな崖、あの時に比べれば、ちょっとした水たまりみたいなものさ。」
純は、空を仰ぎ、微笑みながら言った。
フー イズ ザ ビトレイヤー?
1
「僕の名前は純。さっき、逃げてる途中に思い出したんです。」
クマは、道中たまたま座れそうな切り株を見つけ、休憩を取ろうと提案して、話を切り出した。
「え、それじゃあ、どうやってここに来たのかも、、、。」
「いや、それは思い出せませんでした。すまない。」
コマドリの質問に、純は答えた。
彼が、とても落ち着いてるようにコマドリは思えた。
「記憶を取り戻して、早く私もひと段落つかせたいわ。早く先へ進みましょう。」
コマドリの一声に、一行はまた、森の奥の池を目指し始めた。
「ねぇ、本当にこの道で合ってるの?」
コマドリは、キツネとヘビに向かって言った。
「ええ、こっちで合ってると思う。」
「ああ、多分だが、まだだれかに乗っ取られていた時の、残気っていうか、念っていうのかが、こっちだって、言ってる感じがするんだ。」
キツネとヘビは、自分の言葉を確認したいのか、乗っ取られた者同士で互いに顔を合わせた。
「思う、とか、多分、じゃダメなのよ。私は、あっちで何か本当に大事なものをやり残しているはずなの。あなたたちに私が言えたことではないかも知れないけど、そんな気がするの。」
「その気持ちは、わかるよ。」
アライグマも、コマドリと同じような声のトーンで焦ったように喋りだした。
「俺も、あっちで、本当にやりたいことがある気がするんだ。何か、やらなくちゃいけないことが。なぁ、お前ら、本当に正しいこと言ってんのかよ。」
「そんな、、、、。」
アライグマに言葉をぶつけられ、キツネはたじろいだ。
「なぁ、こんな大きい木、ここにあったかよ。」
ヘビは、唐突に、上を仰ぐようにして言った。
「おい、お前にも言ってんだよ!って、マジかよ。」
そこには、三階建てのビルと同じくらいの高さの広葉樹があった。
突然、うわっ!という純の声が響く。
「この根、いつの間にこんな足元に。もしかして、この大木の?」
純の言う通り、六匹の足元には、太く、簡単にはちぎれそうにない木の根が張り巡らされていた。
「おいおいこの木、なんだかやばいぞ!」
アライグマが、声を荒げながら、跳ねている。
「この根、俺を捕まえようとしてやがる!ぐあっ!」
アライグマの、その四本の脚に、根が巻きつく。
「おい、この根、恐らく、真実を言わないと逃がしてくれないみたいだぞ。そんな気がするんだ。自分でも信じられないがな!」
ヘビが、自分の言葉なのにも関わらず、疑心暗鬼な表情を浮かべながら喋っている。
「疑うかもしれないが、心の中に直接木の魂とやらが質問してくるらしいから、それに正直に答えろ!」
「そんなめちゃくちゃなことがあるんですか!」
キツネは、なんとか自力で根から逃れようと体をよじらせている。
「ここは素直に俺の言うこと信じたほうが、身のためなんじゃあないか。ふぐっ!」
どんどん根に締め付けられることで、自分の体が絞られていくように、ヘビは感じた。
「俺はここにいるみんなとゴールしたいと思っている!」
ヘビは、木の魂とやらにすでに質問されていたのか、天に向かって答えを言った。
「ふう。きつかったぜ。」
すると、すぐに根がヘビの体から離れていく。
「俺もだ!とっととこんな世界から抜け出してやる!そりゃあここの全員で一緒に抜け出すのがベストだろ?変なこと聞く暇があったらさっさと俺を開放しろよ!」
アライグマの体も、自由を獲得した。
「私もよ!」
コマドリは、アライグマと同じことを言って、根の網から飛び出した。
「こんな世界、ぜんぜん怖くないもん!うぎゃっ痛い!うそだよちょっと怖い!みんなと一緒に帰りたい!」
リスも解放され、根から地面に落ちる。
「みんなの役にもっと立ってこの世界から、みんなと一緒に抜け出したい!」
クマも同様であった。
「おいキツネ、お前も早く答えろよ!」
アライグマが、苦悶の表情をして根に締め上げられているキツネに向かって言った。
「いや、これは嘘つきをあぶりだすいい機会かもしれないぜ。」
ヘビは、目を細めてキツネを見つめた。
「俺たちにされた質問内容は大方、六人全員で帰りたいかどうかだろう。なら、奴の返答次第で、奴が裏切者かどうかわかるわけだ。」
その言葉をきっかけに、五匹はキツネを見つめだした。
「、、、この六人と一緒に抜け出したい、、、。ああっ!」
根は、キツネをさらに強く締め付けた。
「本当よ!みんなで抜けたかった!」
「抜けたかった?過去形なのは、なんで、、、。」
コマドリは呟いたつもりだったが、その声は全員の耳にしっかりと入った。
2
木が良しと判断したのか、少し高いところからキツネが落ちてきて、アライグマが前足で横たわっているキツネの体を抑えた。
「説明してもらおうか。キツネさんよお。」
「今は、まだできないの。でも、いつか必ずするから、今はまだ、、、!」
「っ。」
キツネのその強い瞳に思わず押され、アライグマは思わずその前足をどけていた。
「おい!何してんだよ!そいつは裏切り者だぞ!抑えとけ!」
ヘビは興奮した様子で、アライグマに指示した。
「いいえ、足で押さえつける必要はないわ。逃げ出したら私がどこまでも飛んで追い続けるもの。それより、どういうことなのよ。あなた、怪しすぎるわ。」
コマドリは、キツネの頭の傍に立って、キツネの目を見て言った。
「、、、。」
キツネは沈黙を続ける。
「あなた、このまま黙ってたら済むと思っ、、、。」
「もうやめようよ!」
リスの目は、うるんでいた。
「早く進もう。」
一言そう告げると、先がたまたま一本道だったからリスにも道が分かったらしく、リスはそのまま歩きだしてしまった。
「私の目はごまかせないわよ。」
コマドリは、自信に満ち、キツネに対して嫌悪感を抱いたことが容易に読み取れる表情を浮かべながら、リスのあとを追い始めた。
その後、アライグマ、ヘビ、クマと続き、少し遅れてその重い、傷ついた体を起こし、キツネも歩き出した。
「、、、。」
キツネの強い念がこもった視線を、ヘビはその背中に感じていた。
願いを叶える者、叶えられない者
1
「それでも、僕はみんなで行きたいよ。」
木の一件があった後、六匹で相談した結果、リスの意見が採用された。と、いうのも、キツネが思っていたよりみんな、六匹で池まで行きたいと思っていたらしく、リスの意見は全員の賛同を集めていた。意外なことに、ヘビまでもがリスに賛成したのでる。
「あの木の根っこどもにそう言っちまったんだから、今更さっきの意見を変えることはできないだろ。」
「あなた、何か企んでるんじゃないでしょうね。」
気付いたら、その言葉がキツネの口から出てきた。
「ひどいな!せっかく俺がフォローしてやってんのに。」
ヘビはやれやれと首を振り、前を向いて進みだした。
「お前もこっちだと思うだろ?キツネさんよお。」
「ええ、池に続く道がある気がするわ。」
キツネは、ヘビに道を確認される度に、変な顔をしている、と純は思った。
(キツネはヘビを疑っているのか。そりゃあ、あんなに言われたら仕方ないか。)
六匹は再び歩き出した。
「こっちでいいんだよね?」
「この先、少し道がぬかるんでいるから気を付けて。」
リスは、急にみんなの心配をするようになった。行く先々の道を、その身軽さで全員より先に進んで下見し、また戻ってくる、という作業を、リスは繰り返していた。
「リス、気持ちはありがたいけれど、あんまり先走ってはだめよ。何かあったら危ないわ。」
キツネが不安そうにリスを見つめて言う。
「大丈夫だよ。心配しないで。」
リスは後ろを振り返り、キツネのその顔を見て言い、さらに続けた。
「まるであなたは、僕のおかあさんみたいだ。」
キツネは思わず微笑んだ。キツネだけでなく、クマやコマドリ、アライグマでさえも。ヘビも、リスを見つめていた。
しかしリスの表情は、どこか切なさを帯びていた。
2
一行は、土の道を歩き終え、たどり着いた、先の長そうな石階段を登ろうとしていた。
「この先、この階段を登りきれば、とうとう着く。ドングリ池に着くはずよ。」
「そうだな。」
キツネとヘビの会話に、各々がその顔に疲れの色の中に期待の色を表した。
「やっとね。」
コマドリが言う。
「長かったな。」
アライグマが言った。
「やっと、帰れるんですよね。」
クマの姿をした純が言った。
「ここからよ、みんな何があっても大丈夫なように、油断しないでね。」
キツネは険しい顔をしていた。
「お前、何でそんなに喜ぶ様子がないんだ。やっとだぞ。やっとここまで、、、。」
ヘビも、感慨深い気持ちになっていた。
「、、、。」
リスは、沈黙を貫いていた、とそこにいた全員が思っていた。
「リス、お前も何か、言ったらどうだ。」
アライグマがこんな穏やかな表情をしたのは意外だ、とたまたまアライグマが視界に入っていた純がそう思ったほど、あれほど乱暴だったアライグマが優しい声を出していた。
しかし、リスの返答はなかった。
「ねえ、リスはどこ。」
クマの頭より高く飛んでいたコマドリが言った。
リスはどこにもいなかった。
4
「はっはっはっ。」
短く荒い呼吸が、やけに耳に入る。背後に誰もいないか、その足音を気にしていると、周りの音に過敏に反応してしまう。以前父親に隠れていたずらした時と同じ心境だと、リス、海翔は思った。
海翔に記憶が戻ったのは、あの木の根に捕まった時だった。
(怖い。怖い、僕はこれからどうなるの、こっせつしちゃうの、死んじゃうの。)
リスの頭の中は、ひどいパニック状態だった。
(落ち着きなさい、かいと。)
リス、“かいと”と呼ばれたリスの頭の中に、不思議な、しかし妙に温かさを含んだ声が聞こえた。
(正直でいいわ。正直に、私の質問に答えなさい。いいわね?)
(わかった。)
リスも、頭の中で応じた。
(ここはどう?怖い?)
(みんなと一緒に帰りたい?)
この二つの質問に、リスは大声で答えた。
(よく答えられたわね。それじゃ、ここからはあなた自身の力で、頑張るのよ。)
リスの頭の中には、もう二度とその声が聞こえなくなった。急にリスは孤独を感じた。
「んぐっ!」
その時、リスの頭がひどく痛み、“海翔”だった頃の記憶が一気に頭に流れ込んできたのだった。
(この階段を誰よりも早く登って、僕は願いを叶えるんだ!)
リスのその小さいからだは、確かに素早く、力強かった。
(あの声は、きっと僕のおかあさんのだ。僕はあの池で、絶対におかあさんをいきかえらせて、これからは三人で生きていくんだ!)
リスの、海翔のその目には、強い意志の光が灯っていた。
4
「だから言ったじゃない!誰か裏切者がいるって!私の意見は正しかった!」
「やっぱりそうだ。裏切者がいたんだ。」
コマドリとアライグマは、リスがいないことに気づくとすぐに怒り出した。
「でも、リスにだって何か事情が、、、。」
「余計な口を挟まないでよ純さん!」
コマドリのその剣幕に、純は思わずその口を閉じてしまった。
「とにかく今は、追いかけるのが先だ!もし池がたった一つしか願いを叶えられなかったとしたら、全部リスの思い通りになっちまうぞ!」
ヘビは、すでに階段を上り始めていた。
「いいからついてこい!」
ヘビは完全に前を向いてしまった。
「私も、行かなくちゃ。帰るためにはあのリスを止めるの!」
コマドリの思うことは、全員共通の意思だった。あたりはすっかり夜になっていた。
逆さ虹の森
1
「ここだ。この池だ。」
そこには、まるで斧を落とせば女神が出てきそうな、丸く、たいして大きくも、また小さくもないが澄んだ水で張られている綺麗な池があった。
「お願いです!池の神様!僕の、たった一つのお願いなんです!叶えてください!」
ふう、と息を吐き、また大きく吸って、海翔は叫んだ。
「おかあさんを、返してください!」
海翔はしばらく池の様子を伺った。
「、、、。」
しかし、池からは何の反応もなかった。
「なんでっ。」
リスは、言い方がだめだと思ったのか、もう一度息を吸った。
「待ちなさい!あなた、どうして記憶を失っているのに母親のことが分かるの。」
いつの間にか、背後にはあの五匹がいたらしく、リスは吸い込んだ息の吐き場を失ってしまった。
海翔が、ただこちらを見つめている様子をみて、
「あなた、もしかして記憶が戻って、、、。それよりもなんで一人だけ抜け駆けしたの!」
と、コマドリは怒鳴った。
「う、うう、うわああああん!」
先ほど吸った息が、今涙とともにリスの体内からあふれ出した。
「おかあさんと、また一緒に暮らしたいと思っただけなんだ!」
海翔が泣きながら言うので、五匹は彼が落ち着くまで事情を聞くのを待つことにした。
「それで、ここまでこうなったわけか。」
純が、他の者では怖がらせてしまうといった理由で、五匹を代表して海翔から話を聞いた。そして、五匹はクマから、海翔の記憶がなぜ戻ったのかの理由と、海翔が一度も会ったことのない母親を生き返らせようとしていたことを聞いた。その時、アライグマが何かを感じ取ったように、動きを止めた。アライグマの周りの空間だけ時が止まったようだった。
「なぁ、俺も自分のこと、、、」
「そんなんどうだっていいんだよおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
アライグマの声が聞こえたとたん、それよりも何十倍もの大きさの声量が、まるで森全体に響くほどの、ヘビの声がした。
五匹はそれぞれが驚いて、ヘビの方を見た。
「ヘビ、お前それ、どういうことなんだよ。」
アライグマの、開いたまま塞がらない口から、弱々しい音がした。
「聞こえなかったか、もう一度言ってやる。お前らの、記憶とか、願いとか、全部どうでもいいんだよ。」
ヘビの表情は、まるで悪人そのものだった。口角は目元まで吊り上がり、目の端は鋭くとがっている。ヘビは、いつの間にか、その姿を大蛇に変化させていた。
「俺は、自分の願いを叶えるために、この世界に忍び込んだのさ。この世界のことをよく知るために、何匹もの死を見てきたよ。みんな馬鹿だよなぁ!最後には仲間割れしちまうんだ。ふっふ、思い出すぜぇ、一個一個の組の、あのたくさんの絶望の顔をよお!」
「あなた、おかしいわ!それなら、今までの人たちすべてに何かあったっていうの?」
キツネの顔には、恨みの色が濃く映っている。
「ああそうさ、ただし、全部俺が引き起こしてきたやつだったけどなぁ!」
「それ、どういう、、、」
「前回は、ウサギの姿で行動したかな。いやあ、女のフリしたらみんな結構信じてくれてさあ!」
大蛇は、キツネの顔がみるみる怒りの色に染まっていくのを見つつ、続ける。
「今までのはすべて実験さ。長かったなぁ。なんか感慨深いものがあるっつーか、心にぐっとくるもんがあるぜえ。今回とうとう、この池を見つけることができてなぁ!ようやく俺の願いが叶えられる!俺にやっとチャンスが回ってきたんだ。なぁ!」
2
(そっか、そういうことだったのね、あの時は、あなたが)
キツネの頭の中には、“前回の”出来事が浮かんでいた。
「あの、私こっちじゃないと思います。あっちの道を探してみませんか?」
当時、夜で辺りが暗い中、仲間が一人森の中ではぐれ、全員で捜索していた。当時も、六人でこの森の中進んでいたが、行くあてのない前進だった。ウサギ、ライオン、トラ、タヌキ、ワシ、犬の六匹で進んでいたが、犬が失踪していた。
「当時私は、トラだった。」
キツネは、五匹に向かって話していた。
「あら、どうしてそう思うのウサギさん。」
「この足跡、犬のものだと思うんです。」
ウサギの指しているそれは、確かに何か動物が踏んだ跡だった。
「まぁ、ウサギさんの言うことだ。暗くてこの先どう続いてるかはよく見えないし、犬のかどうか正確には分からないが、こっちに進んでみよう。」
ライオンが言った。
「私についてきてください。皆さんしっかり足跡を見てついてきてくださいね。」
「私はその時、どうしてもウサギが信用できなくて、別の道を探したわ。当時犬とはとても仲が良かったから、彼女の足跡がどんなだったのかも、後ろからついて行ってるときにたくさん見たわ。ウサギさんの言う足跡は、なんだか違う気がしたの。それでそのまま進んだら、今いるこの池にたどり着いたわ。」
「トラさん来たのね!今から私が言うこと、いいから聞いて。」
「どうしたの、そんなに慌てて、とにかく無事でよか、、、」
「いいから早く、他の誰かが来ないうちに!」
犬は、池の傍に立っていた。
「私は、その時、この池の詳しいことを初めて聞いた。」
「いい、だから、この池には誰も近づけさせてはならないの。必ず憎しみや、争いが生まれる。」
「いた!こんなところに!二人とも心配したんだから!」
「そこで、あなた一人が来たのよね。」
キツネは、冷ややかな、極限の怒りを通りこした目で大蛇を見て言った。
「そうだ、他の奴らは俺が喰った。」
「ウサギさん!他の人たちは?」
「私を救うために、道中の崖で、、、。」
ウサギはうつむいて、トラの質問に答えた。
「犬さん、どうしよう。」
トラが振り向いたとき、犬の姿はもうそこにはなかった。
「四足歩行に慣れてなかったのか、あいつはなんと池に滑って落ちちまったのさ!」
大蛇は、この世で一番愉快なものを見た、というふうな、邪悪な顔をして言った。
キツネは黙っているしかなかった。
「なら、ちゃんと池の願いはあるっていうのね。あなたがそんなに必死になるんなら。」
コマドリがうつむきながら言った。
「絶対に全部思い出して、向こうでやり残した何かを終わらせてやるんだから!」
コマドリは、大蛇と、その過去に対しての恐怖を振り払うように、顔を上げて叫んで言った。
「そんなに記憶が大事なら、俺が思い出させてやる。」
「コマドリ、お前の名前は美沙だ。てめえは今人気の歌手なんだってなぁ。いいなぁ、自分の言うこと周りが全部すんなり聞いてくれてよぉ。」
「てめえはもうわかってんだろアライグマ、いや、琉生。俺はてめえみたいなやつ好きだぜえ。誰の指図も受けず、ひたすら自分の思い通りにならないとダメなんだ。お前ら二人、似てんなぁ、そうだろぉ?クック、そりゃあそうだ、てめえら姉弟なんだからよお。似ちまってるからそろってこんなとこ来ちまったんだよなぁ!」
ヘビの笑い声が、そこら中に響くなか、コマドリ、美沙が口を開いた。
「ありがとね、あんたのおかげでようやく記憶がもどったわ。」
「おいどぉしたぁ、声が震えてるぞぉ。」
(痛い。心がいたい。まるで抗えない力で心臓を、彼の邪悪さに上から押しつぶされてるかのようだわ。彼の言うことが、もし正しいのなら、私は今まで、何人もの人間の気持ちを無視してきたの。)
美沙は、強い重力に押しつぶされているかのように、地面に沈んでいる。
「、、、っ!」
琉生も、美沙と全く同じ状態だった。
「姉、、、ちゃん、、、。俺、ずっと姉ちゃんのとこ、行きたかったんだ。」
「琉生?」
アライグマ、琉生のか細い声が美沙の耳届く。
「俺、ずっと姉ちゃんにあこがれてきたんだ。親の反対押し切って、一人で立派に頑張ってる姿にさ。ぐああ!」
「ごちゃごちゃ、うるさいんだよおおお!」
大蛇の目は、緑色に輝いていた。
「あなた、その目は!」
「うるせえ、どうやらお前とも後でゆっくり話す必要があるようだなキツネェ!」
大蛇が目を見開くと、もともと美沙と琉生を抑えていた重力がさらに強まり、他の動物も、地面に叩きつけられる。
「聞いてくれ姉ちゃん!」
琉生は、一人その重力に抗い、その四本の脚を震わせながら、立とうとしていた。
「なっ、この重力だぞ?!」
大蛇の目がひと際強く見開かれるが、琉生は屈しなかった。
「俺、リスのこと見て思ったんだ!必死で母さんのこと生き返らせようとしてる姿見て思ったんだ。俺らの母さんは、別に俺らを大蛇みたいに陥れようとしてるわけじゃなかったって、気づいたんだ。だから俺らは、今からでもやり直せるはずだ。しっかりと一度みんなに、母さんに誤って、真摯に向き合うんだ。」
「そうね、誰かに気持ちを握り潰されそうになるって、こんなに、つらいことだったのね。琉生、私たち、これからやり直せるわよ!」
美沙は、その翼を大きくはためかせた。
「僕も、今度こそ後悔しない道を歩むんだ。しっかり彼女に謝って、やり直していくんだ!」
純も、立ち上がろうとしていた。
「みんな、、、。」
海翔は、その姿をしっかりとみていた。見なくてはならない気がしたのだ。
「あなたには、言いたいことがたくさんある。けれど、ここで散ってもらう。彼女があの時、命を賭して私にくれたこの一度限りの力で。」
「この池を、守りたまえ!」
キツネがそう叫ぶと、池から何体もの動物が現れ、大蛇に襲い掛かった。
「なんなんだよこいつらぁ!こっちに来るな、ああ!」
大蛇の肌が、ボロボロと崩れ始めた。
「あら、覚えていないの?あなたが殺した人たちの無念が具現化したものよ。」
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
大蛇は、内側からも、外側からも朽ち果て、とうとう、新聞紙を破ったあとの紙屑のにようになってしまい、その後、風にのって散ってしまった。
いつの間にか、キツネを除いた四匹の姿は人間のそれに戻っており、そして、夜が明けた。
「さて、みんなを現実に帰しましょう。」
キツネは、使命を終え、穏やかな表情をして言った。
2
「今回のこと、本当にみんなに謝るわ。実はあなたたちは、私が選んでここに連れてきたの。犬は、最初はそうやって誰かに選ばれたほうにいた私に、あんなふうな強い力をくれたの。」
「それは、池に願ったから、なんですか?」
人間の姿となった純が訪ねたのに対し、キツネはうなずいた。
「じゃあ、池の力は本当にあるんですね?」
美沙が聞いた。
「ええ、でもこの池には、一つルールがあるの。この美しい世界には似合わないルールがね。」
「ルールってなんですか?もしかして、そのルールのせいで犬の人は、、、。」
琉生が言った。
「本当に賢くなったわね、琉生。ええ、その通りよ。そのルールのせいで、彼女は死んだ。今度は、それはわたしの番ね。」
そこまで言い終えると、キツネは目をつむり、天を仰ぐ。すると、キツネの姿が、だんだんと人間に変わっていった。
四人の顔が、驚きの色に染まる。
「君は、」「あなたは、」「え、」「ふぐっ」
その姿は、純の元部下であり、美沙と琉生の元担任教師であり、海翔の、母親だった。
「久しぶりです。先輩。あなたの言葉、本当にうれしかったですよ。えへへ」
「なんだ、じゃあ全部聞いてたってのかい。それじゃ、あんなに盗み聞きしたんだ。僕の言葉に、返事をくれないか。どんなものでもいい。」
「そんなの、、、許す、に決まってるじゃないですか。それよりも、さっきはかっこよかったですよ。尊敬してます、先輩。」
「ああ、ありがとう。」
「あなたたち、久しぶりね。美沙、琉生。」
「お久しぶりです、先生。」
「ええ、琉生」
「お久しぶりです、先生。」
「ええ、美沙」
「二人とも本当に頑張っていて、先生感激です。これからも、頑張ってくださいね。」
『はい!』
「海翔」
「ふぐっおかっおかあさああん」
「こらこら、海翔。ふふ、ここまで一生懸命お母さんと会おうとしてくれたのね。ありがとう。海翔が今まで、頑張ってたとこ、全部見てた。お母さん全部見てた。」
「ほんと?」
「ええ。ほんと、、、。海翔、よく聞いてね。」
「うん」
「これからは、お父さんの言うことよく聞いて、、、いっぱいいい子にするのよ。ごはんもたくさん食べてね、好き嫌いはだめ。残さずたべなさい。でも無理しちゃだめ。大きくなってもしっかり生きるのよ。自殺なんか絶対しちゃだめ。したらお母さんとっても怒るんだから。それと、あと、」
「おかあさん?」
「まあこのぐらいかしらね!」
彼女の目は濡れていたが、とても満足げな表情をしていた。
3
「さあみんな、帰るわよ!」
「そうだね」 『そうですね』 「うん!」
「待ってください。先生、さっき言ったことって、、、」
琉生が聞く
「それに、池のルールってのことも。」
美沙が聞く。
「二人とも、よく人の話を聞くようになったわね、えらいえらい。」
彼女は、こちらを振り向いて、満面の笑みでこういった。
「今度は私の命を賭して、みんなを向こうに帰してもらうよう願います!」
「やっぱり、そういうことだったんだね。おかあさん、これからも僕と一緒に暮らせないんだね。」
「ええ、海翔。実はその通りなの、、、。この池のルールはね、“願いの代償は人の命”なのよ。」
彼女は、力強く、こう続けた。
「逆さ虹を登りなさい!そうすれば帰れるから!」
次の瞬間、彼女は笑顔のまま、その身を池に投じていた。
4
四人が悲しみにあまり打ちひしがれることがなかったのは、彼女があまりにも明るく笑顔で振るまっていたからなのだろう。その後そこに、円の下の部分のみが残ったような形の虹が浮かび上がってきて、彼らは一歩一歩、しっかりとそれを踏みしめて歩いていった。
エピローグ
純は、ベットの上で目を覚ました。覚醒して、すぐに自分に何があったのか、冷静に思い出した。
「なんだか遠い過去から戻ってきたみたいな、、、。心にポッカリ穴が開いたってのはこんな感じのことなのか。」
ふと、横を見ると、スマートフォンのリマインダ機能から通知が入っていた。
“一周忌”
「もう一年か。」
純は、彼女の墓参りに向かった。
『こんにちは』
純が目的地に着くと、昔どこかで、という感覚がありながらも、しっかりと記憶に刻まれている声が聞こえた。
「美沙さんに、琉生君だね。こんにちは。」
純は二人に挨拶をした後、そのすぐ隣にいる存在に気付いた。
「こんにちは。久しぶりだね海翔君。」
「こ、こんにちは。」
二人が挨拶を交わすと、走ってくるスーツ姿の男性の声が聞こえた。
「海翔ー!」
「あら、これはどうも、純と申します。以前、彼女と同じ職場でして。」
純は、社会人らしくその走ってきた男に挨拶した。すると、海翔の父親と思われる男性が、こんにちは、と挨拶を返した。すると自分の肩越しに何かを見つけた様子で、空の辺りを指さした。
「あんなにはっきりとした虹、久ぶりに見ました。綺麗なものですね。まるで、天国とつながっているみたいだ。」
海翔の父親は、本当に穏やかな顔で、その虹に見入っている。
「きれいだな、姉ちゃん。」
「ええ、そうね。海翔君もそう思う?」
「うん、とってもきれいだ。ね、おじさん。」
「おじさんって海翔君。僕はまだ、にじゅう、、、」
純が振り返ると、そこには、自分たちがあの世界から帰ってくるときに登った虹と、真っ逆さまの、はっきりとした綺麗な虹がかかっていた。
FIN