第7章私は彼の生き方は苦しいと思う
秦の軍隊が進軍している事に対応し、趙の軍隊がこちらに向かっている。
その情報が私達の元に届いたのは、私と白起が一緒に星を見てからしばらく経った頃だった。
当然、秦の兵隊達もいよいよ訪れる大戦を前にして、ある者は恐れ慄き、ある者は武者震いを始めて全体として落ち着かない雰囲気であった。
しかし、そんな中にあっても白起は堂々としており、戦を楽しんでいる様子すら見受けられた。
そして秦の兵士達も白起の様子を見て徐々に落ち着きを取り戻していったのである。
ここまでが表向きの話だ。
白起と一緒に暮らす私の印象は全く逆のものだった。
まず趙軍が向かっていると聞いてから、全く食事が喉を通らなくなった。
食事を出してもいらないといってほとんど残してしまうし、話しかけてもどこかうわの空で反応しない。
私は白起が戦の前に死んでしまわないか心配で、食事を食べやすいものにしたり、気晴らしに散歩に誘ったりして彼を励ました。
夜中に突然目覚める事も多かった。
戦の恐怖からか突然目を覚まし、何かをひどく恐れるように叫ぶのだ。
その度、私は彼の手を握り、大丈夫だと彼に伝えた。
お陰で、私も疲れ果てていた。
人は白起を戦の天才と呼ぶ。
私はそれを真実だと思う。
なぜなら彼は、本能で戦を感じ取り、心から恐れ、その生命の全てを戦にぶつける事が出来るからである。
だけどそれは酷く恐ろしく残酷な事だと思った。
そのせいで彼は戦に出続けることなり、今も苦しみ続けているからだ。
きっと世の中のどんな人でも白起になりたいとは思わないだろう。
それほど白起は戦に苦しんでいた。
もっとも非力な私にはただ早く戦が終わってくれる事を祈る事しか出来ないのだけれど。