第4章覚悟
その後、私たちは散々お酒を飲まされ後、魏冄に通された寝室で2人きりとなっていた。
白起は、私と白起の杯にお酒を注ぐと言った。
「少し疲れたな」
私は言った。
「そうね。」
白起は言った。
「どうだ結婚式は?」
私は答えた。
「意外と私の世界と仕組みが違うことに驚いたわ。風習とか、儀式の順番とかも知らないから、どきどきしちゃった。それと一つだけ不満が有るわ」
白起は言った。
「何だ?」
私は言った。
「どうして結婚指輪がないの?あれを楽しみにしてたのに」
日本では、結婚とは縁遠いものだった私だけど、ドラマとかで見る結婚式には憧れが有った。
特に新郎が愛を誓って、新婦の手に結婚指輪を通すシーンが好きだった。
それだけに、白起にそれをしてもらえなかった事が少し心残りだった。
すると白起は困った様子で言った。
「実は作ってもらったんだ。お前の世界では指輪を渡すという話と、それに憧れているという話は聞いたことがあったからな。だがやめた。俺はお前に、今までの感謝を込めて結婚式をする事にした。だが今後の人生で、俺が死んだ後にまで、お前を縛り付ける事になるのは嫌なんだ。わがままかもしれないが、お前には俺を忘れて自由に楽しく生きて欲しいんだ。そのためのお金や地位の保障の準備については魏冄に相談してある。」
私は酔っているせいか、少しふらふらして立ち上がると、椅子に座る白起を見て言った。
「出しなさい」
白起は言った。
「何をだよ」
私は笑顔で言った。
「指輪よ。あげる気はないとか言いながら持って来てるんでしょ。」
白起は驚いた様子で言った。
「なんで分かるんだ?」
私は言った。
「分かるわよ。長い付き合いじゃない。あなただって、私の話を聞いて私に結婚指輪を送ってみたいって憧れてたんでしょ。だから作った。でもさっきみたいな考えがよぎって渡せなくなった。でも諦めきれずに、持って来て、密かに持ってる。」
私はそのまま白起と向き合いながら、白起の上に座って話を続けた。
「本当に面倒くさいわね。西洋風の美しい顔立ちと、他を寄せ付けない気品、戦に負けた事のない天才で、もはや伝説となりつつある秦国の名将。でも人格は歪んでて、そのくせ、繊細で、優しいの。それで私のことを誰よりも愛してくれて、こんなお姫様みたいに扱って、挙句の果てに勝手に引け目を感じて私を遠ざけようとする。」
白起は私の話を静かに聞いていた。
私は白起の胸元に手を入れて、中から指輪を取り出した。
そして言った。
「私は最近思うの。どんな運命が待っているかなんてもはや私には関係が無いの。あなたと一緒なら、全て幸せだし、あなたが居なかったら全てが辛いのよ。だからね。私があなたと一緒に居て幸せでないことなんてありえないし、私があなたを忘れて幸せになる事もありえないの。覚えておいて。」
私は自分でその指輪を薬指に入れた。
想像とは違った形だけど、これはこれで私達らしくて良いと思った。
私は言った。
「今の気持ちはどう?」
白起は、言った。
「俺は俺を許せない。その事は今も変わらない。だけど、俺もだよ。あんなつらいことがあったのに、今の生活は楽しくてしょうがない。まるで夢の中に居るみたいだ。それはきっとお前のお陰なのだろう。恵子。その指輪を受け取ってくれてありがとう」
白起の嬉しそうな顔を見て、酔って自制心が弱くなっている私は抑えが効かなくなり、白起にキスをした。
白起も静かにそれに応じた。
そしてしばらく私達は情熱的なキスを繰り返した。
しかし、途中で白起がなにかに気付いたように、私を引き離した。
私は白起のぬくもりが恋しくて甘える様に言った。
「どうしてやめるの?もっとしてよ。」
白起は焦った様子で言った。
「やめろ。そんな様子で言われると、俺も自制が利かなくなる。だがそろそろ時間だからキスはまずい」
私は白起のぬくもりが欲しくて仕方なかったため白起の言葉を聞かず、白起にキスをした。
すると、突然部屋の中に、魏冄や王齕、着付けを担当してくれた女性や兵士等、10数人が入ってきた。
私が驚いていると、王齕が言った。
「軍にいるときははねっかえりの小娘としか思っていなかったが、凄い色気だな。こりゃあ。天下の白起将軍も骨抜きにされるわけだ。」
魏冄も言った。
「白起。お前も情けないな。男なら自分から行けよ。完全に尻にしかれてるじゃないか。」
私は突然のことで、怒り、殴りかかろうとした。
すると女性が言った。
「癇癪はいけませんよ。淑女のする事ではありません。恵子様はもう少し忍耐を覚えるべきです。」
女性の言葉に私がひるむと、後ろから白起が私を抱きしめて言った。
「結婚式の魔よけの儀式だ。こうやって夫婦の寝室に人間が乱入し、夫婦の悪口を言う。夫婦はそれを笑って聞き流すんだ」
私は思った。
この儀式を考えた奴は頭がおかしい。
しかし、ルールはルールである。
私は必死に笑顔を作った。
すると、私の様子に気を良くしたのか王齕が言った。
「気にせず続けて良いんだぜ。ぬくもりが恋しいんだろう」
私は叫んだ。
「うわー。もう殺してー。」
すると白起は私をお姫様抱っこして言った。
「そんな事を言うな。お前が死んだら俺は悲しい」
そして白起は私を抱えたまま、走り出した。
屋敷を抜け、夜道を進んだ。
なんでも、花嫁を地面に着けずに自宅までつれて帰るらしい。
でも私達の家は秦国の首都にある。
歩いてつける距離ではない。
私は白起がどうするつもりなのか不思議に思った。
そしてこの状況は今の私達が置かれている状況に似ていると思った。
だから私は、私自身の意志を示すという意味でも、白起に身を委ね、何も考えずに白起の感触を楽しむ事にした。
私の薬指には白起のくれた指輪がきらりと輝いていたのだった。




