第1章白起先生
私と白起は解任された後、秦国の首都で生活を始めた。
白起は新しい生活に少し戸惑っていたが、私は違う。
身一つで趙の国に放り出された時と比べれば、金も知識も大きく違う。
さらに私の横に居るのは未だ秦国で絶大な人気を誇る白起である。
ましてや、白起がもう戦に出ないで良いと思うと気持ちは晴れやかで、新しい生活にわくわくしていた。
新居を定め、家具を買い、二人で料理をする。
私達はたがが外れて、昼夜を問わず愛し合った。
そんな生活にも慣れて来た頃、白起が言った。
「俺にも何か出来る事が無いだろうか。」
私は言った。
「出来る事?」
白起は答えた。
「将軍を解任されて生活に余裕が出来たのは良い。だがあまりに暇なのも落ち着かない。何か働きたいのだがなかなか難しいよな」
私は考えた。
白起は名の知れた将軍だ。
普通の人間と同じ様に職に就くことは難しいだろう。
私は言った。
「そうね。さすがに、肉体労働とかは雇ってもらえないでしょうね」
白起は言った。
「俺はそれでも良いんだがな。体力には自信がある。」
私は肉体労働を楽しそうに行なう白起を想像して少し微笑んだ。
もっとも現実的では無いだろう。
私はその後もしばらく考えていたが、一つ良い案が浮かんだ。
「学校を開いてはどうかしら?」
「学校?」
白起は私の答えを予想していなかったのか、驚き、たずねた。
私は言った。
「ええ。子供達を集めて武術を教えてみたら良いんじゃないかしら?」
白起はそれを聞くと顔をしかめた。
「子供に人殺しの術を教えるのか?」
私は言った。
「いいえ。私の世界は戦はなかったけど、武術を教えてくれる場所は有ったは剣道といってね、武術を極める事を通じて、己の精神を鍛えて、心身ともに健全な人間になることを目指すの。」
白起は私の言葉を聞いて、感心した様子で言った。
「お前の世界は凄いな。戦いのための術に過ぎない武術を使って、心身を鍛えるのか。戦ばかりしてきた俺には思いつかない発想だ」
私は我ながら良いことを思いついたものだと思った。
意外と子供が好きな白起はきっと、子供を教える事を好む。
それに、健全な形で、武術を教える事は白起の行なってきた事がかならずしも忌むべき事ではないと韓知ることに繋がるかもしれない。
白起はその後、意を決した様子で言った。
「恵子。俺を手伝ってくれるか。俺はその剣道というものを人に教えてみたい。」
私は白起が新しい目標を見つけてくれたことが嬉しかった。
そして笑みを浮かべて言った。
「ええ。よろこんで」
そして私は思わず、白起に抱きついたのだった。




