第3章魏冄の贖罪
白起が解任されてからしばらく経った頃、魏冄は秦軍の度重なる敗戦を受けながら一人物思いにふけっていた。
(鄭安平が戦に破れ、魏に下ったか。秦の将軍で負けて敵に下るなど、聞いた事がないぞ。結局、范雎と鄭安平と、俺と白起とでは覚悟が違う。真似など出来るはずがなかったんだ)
魏冄は自らの功績を思い出し、しばらく誇らしい気分となった。
しかし、自らの功績が范雎によって帳消しにされて行く様を思い出し、暗く沈んだ。
(このまま行けば、俺と白起が殺した人間は全て無駄死にになる。後世の人間も俺達の事を、私腹を肥やし、多くの人間を殺した大罪人として扱うだろう。)
そこで魏冄はやりきれない気持ちとなり、机を蹴飛ばした。
するとなぜか頭の中に白起の顔が浮かんだ。
(白起。すまない。俺はお前を大嫌いな戦場に送り続けて、手柄を立てておいて、肝心なところでお前を守ってやれなかった。)
気付くと魏冄は涙を流していた。
魏冄は宰相を辞めてから自分が弱くなった事を感じていた。
自分のやった罪によって真綿で首を絞められているようなそんな感触がするのだ。
そして自分ですらそうなのだから白起はもっとだろうと思った。
しかし、魏冄は腐っても政治家である。
どんな状況でも光を見つけ出す。
そして、魏冄は一人の人間の顔を思い出した。
桃井恵子である。
魏冄は自分が白起にとんでもない罪を負わせてしまったことについては一生償う事は出来ないと考えている。
だが、白起がこれから、自分の罪を忘れ幸せに生きて行くことができたらそれは唯一無二の贖罪になる。
そしてあの、繊細な天才が、過去の罪を忘れて幸せに暮らすなどという不似合いな事を達成するとしたら、それは桃井恵子のお陰に違いないと思った。
(そうと決まったら善は急げだ)
魏冄は家臣たちを呼び出すといった。
「良いか。金は惜しむな。人も出来る限り動員しろ。これが俺の人生最後の大仕事だろう」
そして魏冄は叫んだ。
「白起と恵子の結婚式をするぞ」
魏冄の目は昔のようにぎらぎらと輝いていたのだった。




