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第3章白起の訓辞

白起は今回の戦で、投降した趙の兵を全て殺した。

その結果、過去の戦も踏まえると、100万に近い人間が白起の軍隊によって殺されたことになる。

白起が平和な世のためには、血を流す事を厭わない上に、白起の軍は無類の強さを誇るためにこの様な結果となったのだろう。


戦により多くの人間の命を奪った事に白起は苦しんでいる。

だが将軍として兵たちに自分の考えを示そうと考えたのだろう。

白起は秦軍の兵士を集めて訓辞を行なう事にした。


白起は兵士達に向かって言った。

「俺達は、母国である、秦国を飛び出して、様々な敵と戦ってきた。最強と恐れられる楚軍や匈奴、長らく秦国に歯向かってきた韓・魏連合軍。その全てを俺達は撃破した。そして今度は遂に長年の宿敵である趙も破った。趙にはもはや継戦能力は無い。このまま趙の都を落とせば、長かった戦乱の世に終止符が打たれる。そこから先にはきっと今よりも素晴らしい生活が待っているはずだ。」


これは、私が後から、秦国に戻ってから知ったことだが、秦という国は驚くほどに貧しい。

また法は厳しく、税は高い。

そのため普通に暮らして行く方法は少なく、大抵の家は息子が戦に出て、手柄を立てて始めて生活が成り立つ。

だから秦の兵士は必死に戦うのだ。


つまり、彼らは愛国心ではなく、自分の生活のために戦をしているのである。

それだけに、天下統一の後に、素晴らしい、戦が無くても良い世の中が待っているという白起の言葉は兵士達の心に届いたらしく、彼らは静かに、白起の言葉に耳を傾けていた。


さらに白起は言った。

「中には、長い戦で、多くの人間を殺したことを気に病んでいる者も居るだろう。だが気に止む必要は無い。俺が全てを許す。良いか。お前達は勇敢で、忠実で、立派な、俺の誇りの兵士達だ。仲間思いで、真っ直ぐなお前達が背負うべき罪など何も無い。それでも、もし良心の呵責に苦しむものが居たとしたら、そういう者達は俺を恨め。すべてを俺のせいにしろ。上官とはそういうものだ」


私はその言葉を聞いて良くそんな事が言えるものだと思った。

普段の白起のもがき、苦しみ、悩む、様子を見ていたからである。

だが白起は兵士達には決してその様な、様子は見せない。

迷い無く決断に行動しているように装う。


私は案外英雄とは皆こういうものなのかもしれないと思った。

私が歴史上で知る英雄は全て人間離れした、考えと行動力を持つ。

しかし、実際の彼らはもしかしたらそういう人間的な一面を見せないようにしているだけなのかもしれない。


白起は最後に言った。

「俺をここまで支えて、共に戦ってくれたお前達は俺の誇りだ。気を引き締めて、最後の戦の準備をしろ。覚悟を決めろよ。俺達はきっと伝説になるからな。」


私は今でも白起は間違っていると思う。

でも、なぜだか思ってしまった。

白起と共に秦軍に居る事が誇らしいと。

そんな彼に愛されている自分が誇らしいと。


私は必死にそういう思いを封じ込めた。

それは駄目だ。

白起を尊敬してはならない。

尊敬は白起を孤独にするのだから。


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