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第2章死の恐怖

それから徐々に白起という人間は変わっていった。

まず、生活にこだわりを持つようになった。

食器の配置から始まり、服の汚れ具合、物の位置まで少しでも変わればすぐに気付くのだ。


その能力は戦の準備においても十全に発揮され、白起は味方や敵のちょっとした変化にもすぐに気付いた。

そしてすばやく最善の手を採った。


私は白起の戦について趙にいた頃に聞いた事がある。

細かい作戦は無く、敵を見つけたら白起が先頭になって突っ込んで行くというものだ。


そしてその事自体に間違いは無かった。

白起は戦術家ではなく、細かい策略は考えない。


しかし、白起が全く準備をしていないといったらそれは間違いだ。

端的に言って、白起の一番の関心は、兵をどの様に用いて相手を崩すかではなく、どうすれば味方が最大限の力を発揮できるかなのだ。


そのため細かい作戦は決めず、個々の兵士の判断に委ねる。

その代わり白起は兵の鍛錬は欠かさない。

事実、戦が近づくにつれて、白起の行なう兵の鍛錬は厳しく、長く、そして細かくなって行った。


そしてもう一つ、白起は私と話しているとき急に黙る事が増えた。

そういう場合、私は必ずその理由を聞いた。

「どうしたの?」


すると白起は大抵、最初はこう言う。

「何もない」


しかし、何もないはずは無いため私が追求すると、語り出すのだ。

白起の経験した味方の無惨な死、相手の死に様、そう言った話しが突然頭の中をよぎる事を。


そして私は白起がそうなる度に白起にその内容を私に話すように促した。

そうすると白起は最初には拒むものの、最後には必ず、話をしてくれた。

本来、白起は人の話を良く聞くほうであり、一方的に話す事は少ない。

しかし、戦場における死の話をする時、白起は早口であり、内容を一方的に捲くし立てた。

私は多分、そう言った経験を一人で抱え込むのがつらかったのだと思った。

そして私に話すことで白起が少しでも楽になれば良いと思った。


ある時、白起は話の最後に言った。

「戦場における正義は生き残ることだ。それは間違いない。だが時々、思うんだ。生き残ることは正義だが同時に苦しい事だと。死者は何も語らない。死んだ奴の悲しみや、無念、憎しみを背負うのはいつだって生きている人間だ。生きているという事は苦しい事なんだ。だから恵子。俺は死なないからお前も死ぬなよ。俺にはお前の死を背負える自信は無い。」


私は笑顔で言った。

「分かりました。でも忘れてませんか?私は一回死んでるんですよ」


そう私は一度死んでいるのだ。

そしてきっと、母に悲しみを背負わせてしまったのだろう。


今度は決して大切な人を悲しませたりはしない。

私は密かに決意を固めたのだった。


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