18.未来の彼らと「愛してる」
転送魔術で転移が完了すると、肌に触れる空気が変わるのを感じる。
目の前にはフィーの帰りを待っていた護衛、今日はジルベールとジュリアがいた。
「「おかえりなさい。お嬢」」
「ただいま戻りました」
そして護衛二人よりも若干ガタイいい兵士が一人、ウォルが後ろに立っていた。
「おかえり」
「ただいま」
ウォルは第一部隊から離れ、本部の司令局でターゲスの側近兵(下っ端)になっているので私の護衛ではない。
けれど今回ウォルはターゲスからの指示である任務を受けているため行き先は違うが私と同じ日に転移魔術を使用することになっている。
転送魔術は改良の結果、魔術道具のようなものに変わったため、転送自体に大した魔力は必要ないが起動するのに多くの魔力が必要だからだそうだ。
「ロイクは?」
「まだ学院。迎えに行ってやれよ」
「仕方ないなあ」
現在夏の長期休暇中だから学院には警備兵や清掃業者以外ほとんど誰もいないはずだけど、たまに故郷に帰らず残る人もいる。
ウォルに見送られ自分の護衛と共に学院に向かうと馬車のまま敷地に入る事を許され、そのまま研究棟のあるエリアに入る。見慣れた研究棟の前で馬車は止まる。
「静かだね」
「それに暗い。本当に人いるんすかね?」
「おばけとか出たりして」
「やめろよ怖いな」
茶化すジュリアにジルベールが身を引いている。
学院の建物は一部屋一部屋魔術こそ施されていないけど、音が漏れない仕組みになっている。
それにこの廊下の窓が日中日の当たらない場所にあるので薄暗い。
「こんなお昼にお化け?」
「いるかもしんないよ?だってそういうのって、暗闇に集まるって言うし」
「だから本当にやめろって!」
「ジルうるさーい」
ベンジャミン先生の研究室の扉が見えてくるとそこの扉から見慣れた赤紫色の髪が見えた。
向こうもこちらに気付いたのか手にティーセットを持った状態でこちらを見る。
「あら、フィー?……もうそんな時間だったの?」
「ロイクから聞いてない?」
「聞くも何も……あぁ、先生、ベンジャミン先生!」
慌てるのは淑女のやる事ではないのでは無かったのかと突っ込むのはやめてカメリアに続いて研究室に入る。
「先生、フィラデルフィアもう来ていますわよ!?」
「もう少し待ってくれカメリア。大体貴方はどれくらいの成果を隠し持ってるんだ?そして何故学院に来てくれない!?」
「断る。それに私の専門は呪術では――」
「あなたたたちも何してるの!先生のお手間を省くようにとは言いましたが客人の予定を潰せだなんて言ってませんわ!」
ロイクの言葉を覆いかぶせるようにカメリアの説教が研究室に響く。
研究室に出入りする学生が増えたこともありカメリアは張り切るようになったけど、その姿は厳しい先輩というより『お母さん』。いや『お母様』だろうか。
自分のことを棚に上げて後輩に説教するカメリアに苦笑するが、そんなカメリアに慣れない後輩達は縮こまっていた。
「私共もカレンデュラ殿の予定は把握しておりません……」
「なぜお聞きしなかったのです?私が研究室に来た時には話が盛り上がっていたでしょうに」
「それはベンジャミン先生が進んで彼に色々話をし始めたので……」
「予定があると言われたらそれを口実にされて逃げられるではないか」
「まぁ!?」
ベンジャミン先生はそういうところがある。カメリアは驚いたものの彼ならやりかねないと察したのか「でもどうして……」と悩まし気に額に指を添える。
「それにカレンデュラ殿の話は我々にとっても興味深くあらせられます……!むしろカメリア先輩は何故お聞きにならないのですか?」
因みにロイクの研究成果をベンジャミン先生が発表した事で呪術の見方が変わり、ベンジャミン先生の研究室に来る学生が徐々に増えてきた。
その理由は今まで学院内で密かに噂になっていたカレンデュラ家の秘儀の内容が公になったことと、その研究発表に出た際のベンジャミン先生のフォーマルの姿で先生の容姿が見目麗しいことが知られ、彼目当てに研究室に来る女子学生も現れたのだ。大抵は普段の彼を見てがっかりして出ていくのだけれど。
「皆さん議論に集中していたので指摘しませんでしたが、客人をもてなさない助手が何処にいるのです?
貴女も興味深いと仰ってましたがペンが全く進んでないではないですか。それこそベンジャミン先生のお手を煩わせないようにメモを取るべきでしょう?
カレンデュラ殿の顔ばかり見てるようですが彼はフィラデルフィアの婚約者ですのよ?今だってカレンデュラ殿を迎えに来る為に彼女がわざわざ――」
女子の後輩はカメリアに色々暴露されて羞恥と悔しさで涙を浮かべ顔を真っ赤にして私に睨み付けてくる。いや勘弁してくれ。
「カメリアそれくらいにして……?」
「貴女が強く言わないから私が言ってるのです!国から一目置かれている貴女がまだ身分を気にしているのですか!?」
「えっとぉ……」
噓ではないけどやめて欲しい。
カメリアは今年の春の初め頃に文官資格を取得した。魔術に関連する文官資格で魔法省や魔術学院で働くには必須の資格だ。
しかしそのことを知らなかったらしい彼女の両親は学院にまで押しかけて来ては彼女に問い詰めた。
その時初めて知ったがカメリアには婚約者がいた。しかし家柄は良くても歳がそれなりに離れているらしく、すでに第一夫人との間に子供がいる妻子持ちだった。向こうの家もカメリアの家の金が目当てだったようで色々お察しである。
『彼女は今後も私の助手として欲しいと思うくらいには有能で優秀だ。そんな彼女の才能が卒業後に潰されるのは惜しい』
しかし彼女の両親を窘めたのはベンジャミン先生であること、そしてそのベンジャミン先生が侯爵家の出身であることも相まって彼女の両親は身を引くことしか出来なかったようだ。
ついでに婚約も破棄された。相手の第一夫人が賛同してくれたらしい。それからカメリアと第一夫人とはお茶会をしているようで、カメリアは年上のお友達ができたと嬉しそうにしていた。
しかしカメリアは学院を卒業後、学院の助教授としてベンジャミンの助手をするのではなく魔法省で働くようですでに内定もしている。
魔法省で呪術、つまりベンジャミン中心の学会(学会という名の派閥だろうが)を立ち上げてその学問の価値を上げるのだと意気込んでいる。少しだけ微笑ましい。
そんなカメリアと後輩が睨み合っている隙にロイクはベンジャミンから抜け出して私の前に来た。
「フィア。すまない」
「構いませんよ」
心無しかロイクの服が乱れているので軽く整える。タイの留め具には白の中に虹色に輝く石がある。私があげた私の魔力がこもったチャームの留め具だ。
相当ベンジャミンから学院に来いと口説かれていたのだろう。ロイクはいつ自分の研究を彼に横流しするのは悪手だといつになったら気付くのか。
「カレンデュラ殿、僕は本気だ!」
「だから俺は嫌だと言ってるだろ!」
「先生お言葉が乱れております」
ロイクは兎も角ベンジャミン先生が学生達の前でここまで素になるのは珍しい。カメリアが一言呟けばすっと静かに姿勢を正した。
この一連の流れはロイクが学院に来る度に恒例になりそうだと思いながら苦笑した。
「お嬢そろそろ」
「ごめんね」
ジルベールに急かされ私は一言挨拶して研究棟を後にする。
窓を開けているのか外からでも甲高い口論の声が聞こえた。後輩がカメリアに食ってたかっているのだろう。賑やかになっているようで何よりだ。
「何がおかしい」
「ううん。楽しそうだなって」
「混ざれば良かったのに」
「それはまた今度にするよ」
ロイクのエスコートで馬車に乗り込み、ゆっくりと馬車は動き出す。
結局カレンデュラ家が旧カレンデュラ領の管理を手放すことは叶わなかった。
理由はロイクの後任が立てられなかったのだそうだ。
別に家が代々領主になるような家系でなくとも領地を管理する文官資格を持つ者はいる。
しかし北方地域では当時プランツ教が管理していた通称教会自治区と、その隣にある旧バーチ領の管理者が老年で後継者を立てないまま亡くなってしまったがために、状況を確認するためにも土地を再分割して早急に人材を派遣しなければならない事態になっていたらしい。
文官は内乱の影響で貴族への粛正で少なくなっている。平民の文官も未だ増えない状況でシャトーバニラは人手不足だった。
ついでに言うとその手続きの際に調査を担当した文官が現在カレンデュラを名乗る正当な血を引く人間が少ないことを指摘した。
確かにカレンデュラ家のなかでその先祖の血を受け継いでいるのはロイクとその父であるゲリーだけだ。他にも血縁者はいるが皆平民に落ちている。
しかしカレンデュラは現在残っているロータス、ローザ、ヘア、フィラインと同様に家格や種族に違いはあれどかつてのプルメリア帝国やファレノプシス連邦共和国の時代から存在しており、その王家の血を少なからず受け継いでいる希少な家なので、家名だけでなく血も残すように言われたのだそう。(全てロイクではなくターゲスから聞いたのだけれど)
古くから広大なバーチ領を管理していたバーチ家が断絶したばかりということもあり、国として危機感を抱いたのだろう。危機感を抱いたところで何になるのかは分からないけど。
因みにロイクも同様なことを考えたらしく、「貴方方は仮に私が玉座に座ったとして素直に従うことが出来るのか?」と煽るようなことを言ったのでまた火種を作ったのだった。
軍の敷地内に入り、そこから本部の近くにある研究所に向かう。
「ロイクは転位陣は初めてだっけ」
「あぁ、むしろ初めてな者が多いと思うが?」
「……そうでした」
人を運ぶ転送魔術は軍用目的では昨年の襲撃をきっかけに何時でも出陣出来るよう広く普及しているが、まだ一般には公開されていない。
公開出来れば遠くの町に行くのにたった数秒で着くのだからそれだけでかなり便利になるだろう。
管理する管轄や魔力を誰が補填するのかなど課題が色々残っているからだそうだ。
そう思うとつくづく自分が軍を頻繁に出入りしているかがわかる。自分はターゲスの養女であって兵士でも文官でもないただの学生なんだけど。
「遅せぇよ二人とも」
「悪かったな」
「ウォルがせっかちなんだよ」
形となった転送魔術は魔力消費を抑えることが可能な建物型の大きな魔術道具に変わった。筒状の小屋のような形をしており、予め行き先を指定してその小屋に入ると移動されるのだ。
着々と進められている準備の傍らで、私はカタバミから受け取った図面を眺める。礎の魔術が記載された図面だ。
私がカタバミの所に来るようになる前からカタバミが魔法省の者らと書き起こしていた物を写したものだ。
読んでみても私にはさっぱり分からない。現代の魔術だったら分かったかもしれないが、古代の魔術は分からないことだらけだ。
ウォルの行き先は北方地域だ。他に三人ほど調査員を引き連れていくらしく、期間は二週間を目安にしているらしい。三か月後には会談に警備隊の一人として出なければならないのに大変そうだ。
「気を付けてね」
「フィーもな。帰り遅くなって会談に行けないなんてことになるなよ」
「分かってる」
扉の中を潜るウォル達を見送り、起動する様子を眺める。すでに何回か見た光景だけど少しだけ寂しさを感じた。
私は再来月に外交官として文官の試験を受ける。そして半年後にはターゲスやウォル達と一緒にスコーピオ国へ会談に参加。
文官の資格を持っていなくても参加することは決まっているけれど、客人扱いされたくないので取れるなら取っておきたいのだ。
そんな忙しい時期に出かけるのは、今まで見つからなかった【風】の礎の場所とその安全が確認されたからだ。会談の役に立つ情報ではないかもしれないけど、それ以前に前世の子供達の姿を見ておきたかった。
ついでに卒論のネタが足りないので野外調査をしておきたいのもある。我ながらちゃっかりしている。
カタバミから話を聞いていたとはいえども、まさか陸上ではなく沖合の海底にあるなんて思わなかったけれど、内陸にある礎もあったので魔術陣の沿線上に収まるようにした結果なのだろう。
その海底の礎に繋がる転送魔術も見つかったのもあり、ありったけの魔石を用意してその礎に向かう。
「ロイク大丈夫?」
「……問題ない」
私はが礎に向かうのはこれで六つ目。つまり今回ですべての礎を見て回ったことになる。けれどロイクはカタバミの遣いから話を聞いただけで直接見たことがない。
自分らの番が来たので扉の前でロイクに手をさし出せば彼もそれに応じてくれた。
「ロイク、礎見に行ってカレンデュラ家に着いたら、ダリアさんの墓参りしに行ってもいい?」
「……構わないが、どうしたんだいきなり」
「内緒」
護衛と他の調査員も一緒に入ると扉が閉まり、転送が終わるとかすかに潮の匂いがした。海沿いのポイントに着いたようだ。この空気が変わる感覚にも大分慣れた。
あの二人で赦しの詩を歌った夜、私が島の外から出られるようになったのかどうかは確認していない。
あの時分かったのはロイクの中から白竜の魂が消えたということだけだ。
後日二人で状況を整理して考察した結果、この島を作った白竜は【時】の竜ではなく【命】の竜だということだった。ロイクの魔法や瞳の色も相まって【時】の竜だと勘違いしたのだろう。
ちなみにややこしいけれど【命】から何かを生み出すと【虚】になる。逆に【虚】から生み出したものは【命】となる。生の【命】と死の【虚】は表裏一体の概念だ。
白竜の眷属であるアセビは【命】、白竜の力を授かって生まれたアイビーは【虚】の属性だったので、アイビーの血肉を喰らえばアセビの属性は【虚】に変ってしまっていただろうとのことだ。
しかしそれで本当にアセビは問題なかったのかは分からない。ただ一人で永遠を生きるのは辛いし寂しい。
結局あの詩でロイクの中に混ざっていた竜の魂は消えたのだろうと結論付けた。
それが良かったのかは分からないけれど、自分らやみんなの身体に問題ないのであれば大丈夫なのだろう。
扉を潜ると海が見えた。潮風が肌を撫ぜる。先方の案内で転移魔術のスポットにまで向かう。近くの灯台の地下に見覚えのある術式が刻まれていた。既に調査が入っているので使えるのは確認済みだそうだ。
おそらく礎のある場所は以前の私がぎりぎり島から出られるか出られないかの境目だ。
「行こう、ロイク」
「あぁ」
他の調査員も準備が出来ると足元の魔術陣が光る。魔力をかなり消費する魔術なので頻繫に使うことはできないだろう。魔石がなくなったら補給する手立てはあるけども。
私が弾かれてもはぐれないようロイクと手を繋ぐ。それだけでは足りなくて指を絡ませた。
襲ってくる浮遊感に思わず目を閉じる。
「フィア、着いたぞ」
ロイクの声と同時に周囲の空気が変わったのを感じた。
恐る恐る目を開く。
その先に見えた色は――。
―――
///
空を舞うのが好きだ。
飛ぶ時間が幸せだ。だから何かに縛られる生活は嫌いだった。
だけど私は長いこと縛られている。
それに気付いた時には私は意識が空に飛んでいた。
私の知ってる島の様子から様変わりしてて驚いたけど、様々なところを飛び回ってみれば、似た魔力を持った子供を見つけた。
その子はかつての私のように魔力で苦しんでいた。
は、あなた私が見えるの?声だけ聞こえる?魔力が似てるからかしら。
……ごめんなさい、その体質を治す方法は分からない。でも話し相手になってくれない?
これは何?本?物語?冒険譚?面白いものがあるのね。もっと読ませて頂戴。人に呼ばれているからこれ以上は読めない?仕方ないわね、ならまた来るわ。
いいのよ。私もこの生活に退屈してたから。
えっこの人父さま!?父さままた生まれ変わったの!?
私との会話を聞かれた?私の声聞こえる人がいるの?あなたの独り言になってるのね。あーあー、こんなに顔を真っ赤にして、また魔力が暴走したらどうするの?
父さんが何とかしてくれる?たしかにあの人なら何とかしてくれそうだけど……。信頼しすぎじゃない?
どうして泣いてるの?姉を泣かせた?ったく兄弟喧嘩でめそめそしてどうするの。私は毎日弟と喧嘩したのよ?喧嘩じゃなくて良かれと思ってやったら泣かれたの?……あなた意外と行動力があるのね。
しっかりなさい。感情が動けばすぐに体調を崩すわよ。私の時?……暴走してすぐに封印されたわ。身体は今何処にあるのか分からない。封印した人は今も生きてるみたいだけど……会いたくないわ。
母さまの話を聞きたい?母さまは……愛情深い人だったわ。私は今も大好きよ。父さんにはかなわないけど。
自分の父親が好きなのを気にしないのかって?だって、あなた達が呼んでるメガミサマはどこにもないもの。生まれ変わったんなら好きに生きればいいわ。
私は父さまって呼んでるけど別人だって思ってる。
珍しい、これは恋物語ね。私?ふふっ私にも番……旦那はいたわ。どんなって、普通の人間よ。でもこの人以外は考えられない。
あなたは……そうだった愚問ね。
え、十三になったら父さまと結婚するの?父さまが心変わりしたの?
はぁ?縁談避けのための結婚?酷いわ父さま!……なんであなたが笑ってるのよ。同じことを姉からも言われた?そりゃそうよ。女の敵よ!人の心を弄んで!
大人になれるか分からないから夢を見させてくれたと思うって……あなた一生それでいいの?父さまに寄り添ってあげたい?ふっ……健気すぎて泣けてくるわ。
え、あなたはこの父さまが好きなの?……応援したいけど……その……難しいと思うわよ?え、父さまが母さまのことが好きって本人から聞いた?そう……。
今度は何?あなたの実の親を知った。父さまよりもやんごとなき血筋で、実父が引き取りたいって言ってた?知らないわよ。あなたはあなたでしょう。
あなたはどうしたいの?父さまのために動きたい?……そう。あなたの実父は絶対あなたを自分の良いように利用するわ。言うのは癪だけど、これは父さまに利益は絶対ない。なんで分かるのかって、勘よ。
あなたが熱を出すの久しぶりね。しばらく元気だから虚弱なのを忘れてたわ。は?今度こそ死ぬかもしれない?馬鹿言ってんじゃないわよ!
生きなさい。生きてあがきなさい。私が気に入ったあなたが死ぬなんて許さないわ。
なんでここで笑うのよ。元気出た?……あなた笑ってる方が良いわ。
父さまが帰ってきたのね。ほんと遅過ぎ。あの人昔から研究馬鹿なんだから。……見たわよ。でもそれはあなたのせいじゃなくて父さまのせい。自業自得よ。
私は嬉しかった。父さまが母さま以外の人を大事に出来ることが意外だったけれど。
そうよ。あなたのことよ。
結婚おめでとう。よくここまで生きてくれたものだわ。あーあーあー、あなたの父親泣いてるじゃない。
もう何言ってるの?この私が綺麗だって言ってるんだから自信持ちなさい。ほら、あなたのお姉さんもそう言ってる。
お金の計算……あなたそんな難しいことが出来るのね。そうね。暇つぶしの達人ね。人には出来ること出来ないことがあるでしょう。私からすればあなたも十分役に立ってると思うけど?
退屈だから空を飛ぶ方法を知りたい?はー、あなた暇つぶしの達人じゃなかったの?
私みたいに意識だけ飛ばしたい。止めなさい死ぬわよ!?私?私は良いのよ。
ここも前より賑やかになったわね。あなたも本を読む時間すらないじゃない。今日は一人で買い物?…………私はそういうの得意じゃないから分からないわ。本人だからこそ、そういうのは分かるんじゃないの?でも、本当にそれだけで後悔しない?
死んだら私に会いたい?ふふっ、そうね、その時は私の居場所を見つけて頂戴。絶対あの場所から出て行ってやるんだから!
名前?言ってなかったかしら。私の名前はイーリスよ。そう、あなたの母親と同じ花。
あなたは、ダリアね。知ってる。……名前負けしてるわけないじゃない。……うん、よく似合ってる。
見た目はね私と同じ紫色の髪と瞳をしてたと思う。旦那からは天使だって散々言われた。
色が同じなら私も天使じゃないのか?ふっ、たまに図々しいことを言うわね。これは私の専売特許だからだーめ。
ほら、あなたの旦那がすぐそこにいるんだから、後悔しないよう言いたいこと言ってしまいなさい。
///
―――
聖都シャトーバニラ。ここは学園都市と宗教都市の特徴が入り混じった街であり、魔術を研鑚する者と神に祈りを捧げる者が集まる場所になっている。
この街は国全体を守護するための巨大な魔術が施されており、人々から漏れ出た魔力を少しずつ吸収してその魔術を動かすリソースに変換されている。なので祈りを捧げるということは最終的にこの国の民を守ることにつながるのだ。
数百年前は王都として機能していた歴史があったようだけど、街の中央にお城があるだけで国の政治の中心は今じゃ遠く離れた南方地域に置かれ、この場所も栄えているけど第二の首都というよりただの地方都市のひとつだ。
「ねぇねぇねぇ、メープル。感謝祭の女神役に選ばれたんだって!?」
「すごいね。でもメープルにぴったりだよ」
「それは髪の色が赤いだけでしょ?」
この街では毎年女神に感謝を捧げるためのお祭りが盛大に開かれる。
その際今まで溜まっていた余剰な魔力を北方地域にばら撒くことで今後魔石が獲れるようになるのだ。
それで神話を再現する舞いで赤毛の女神と白髪の夫が登場するのだけれど、その舞のメインは赤毛の女神だ。
しかもその舞を踊り切った時に余剰魔力が北に向かって飛ばされる。私がへまをしたら来年の魔石採掘量すら影響を及ぼす。
だからそのお祭りはファレノプシス家の当主、つまりこの国の王様の末裔や魔石の輸出入に関わる国の来賓が来ることで有名だ。
「どどどどどどうしよう、え?自国だけじゃなく他国のお偉いさんも来るお祭りで?踊る?わわわわわ私踊れないのに!?」
「うわメープルが壊れたよデイジー」
「やばいねスイートピー」
上がり症にはまずい。ていうか夫役は誰なのかも聞かされていないのに迷惑をかけそうで怖い。
「もう、そろそろ練習の時間でしょ?練習しないと本当に本番でコケるよ」
「ううぅ……スイートピー背中とんとんして?」
「甘ったれんな行け」
「ちょっ!?」
親友に突き放された。自分が赤毛じゃないからって余裕ぶっこきやがって。
だけど突き飛ばされたと気付いた時には人とぶつかってしまい、そのままそろって転んでしまった。
「あいてて……君大丈夫?」
「こちらこそすみま、せ……」
男の人がこちらに覗き込んでいる。絹のようにきれいな白髪にエメラルドのような瞳。互いの視線がかち合った瞬間、知らないはずの誰かの名前が零れた。
「『ロイク』……?」
「わっ、ごめん!すみません大丈夫ですか!?」
スイートピーの声に意識が引き戻された。スイートピーが謝りに駆け寄って来たので私は彼女に手を差し出して立ち上がらせる。
「……僕は大丈夫。君は大丈夫?確か女神役の子だよね」
「は、はい。メープルです」
先ほどのは何だったのだろう。自分が自分じゃなくなるような感覚がした。
「僕はエーデルワイス。今回の夫役だよ」
「えっ!?うわ本当にすみません!」
スイートピーが平謝りをする。
「僕は大丈夫。メープルの方が気にした方がいいんじゃない?」
「だ、大丈夫ですよ。ほら、ジャンプできますし!」
そう言って飛んで見せれば苦笑しながら「なら大丈夫そうだね」と確認する。
だけどデイジーが現実を突き付けてきた。
「怪我もないし夫役の人も分かったところで練習いってきなよー」
「え、あぁっ忘れてたのに!」
「この会話で忘れるってある?」
「はは、面白い子だなぁ」
結局二人に見送られながら私はエーデルワイスさんと練習場所に向かうことになった。
「緊張しますね……来年の魔石量を左右する踊り踊らないといけないって」
「よく勉強しているんだね。……そうだね。アレは呪術の『赦しの詩』を元にしてるから。でも魔石量を意識するなら歌の方を頑張らないとだよ?」
「そうなんですか!?ならいけるかも!」
「なら良かった。でも見栄えもあるから、来賓のためにも舞も決めないとね」
「結局両方頑張らないといけないんじゃないですかー」
「互いに頑張らないとね」
期待して損した。
「所でさっき言った『ロイク』って誰?」
「え、あ、ははは……なんでしょう。私も分からないんです。無意識に出ちゃったっていうか……」
本当になんだったのだろう。今もそうだけど私はエーデルワイスさんを初対面とは思えないくらいには話せている。
「『フィラデルフィア』」
「えっ?」
誰だそのハルジオン。
「昔の女性の政治家にいたんだ。彼女は赤毛の竜人族でその夫が『ロイク』だった」
「ぐ、偶然ですよー」
「そのロイクも白髪に緑の瞳だった」
「偶然ですよね……?」
「君ってさ前世を信じる?」
この人変な宗教を盲信してるやばい人だったりするのだろうか。ここ一応プランツ教の総本山だぞ。
「今僕をオカルトオタクって思っただろ?」
「いや思ってないですってば!?」
「どうだか」
一瞬彼の素が見えた気がするけど今のその顔はなんだか腹立つ。
「ちょうど女神役とその夫役ですし、私達が運命だって思うならもっとましな口説き方をしてください」
「あーはいはい、それなら終わった後にカフェにでも行く?ちょうど今日三番通りにカップル限定の――」
「えっ!?あの今日出た新作スイーツ!?」
三番通りにある筋肉隆々のパティシエが作っている美味しいスイーツのお店だ。店員がごついのにスイーツが絶品で私もよく通う。
「うわちょろ。変な男に引っ掛かりそうで心配になるんだけど」
「行きましょうよ!スイートピー達じゃあカップルじゃないから行けなかったんです!」
「分かったよ。分かったから先に舞の練習ね」
「はーい!」
そんな二人の様子を遠目に眺めていた黒髪の教師がいた。
「我が君」
「いい加減名前で呼べと言ってるじゃろ。再会して何年経ったと思っとる」
「ならお言葉ですがその口調で教師は無理がありますよ」
「うっさいわ!」
水色の髪をした男はやれやれと肩をすくむ。五百年。それは途方もない時間に思えて案外早かったかもしれない。
しかし老いる手段が見つかったのにも関わらず自分を見捨てず待ってくれていた彼女には感謝しかない。
そんな主の視線の先を見ると見覚えのある後ろ姿があった。
「おや、あの二人は……」
「今年の舞の二人じゃよ。ワシは何もしてないのに……互いに記憶が無くとも引き合わせるものがあるんじゃろう。いつ見ても不思議なものじゃよ」
「運命ですか」
「お主は信じるか」
その言葉に自分は主の手を掬い取り、それを握りしめる。五百年前、何が起こったのか互いの魂のつながりは彼女の付属品のような状態ではなく、どちらかが死ねば片方も死ぬような対等なものに変わってしまった。
けれど彼女はそれを自覚しているのかしていないのか手を離さないで自分がその罪を償うまで待ってくれていた。
「私が信じるのはこの温もりだけですので」
「……そうか」
「死ぬまでお供しますよ。ソーレル」
「あぁ」
終わり
ここまで読んでいただきありがとうございました!
今後は番外編に出せなかった話を公開する予定です。
https://ncode.syosetu.com/n2860if/




