第8話「そうね。定春も何かしらのスキルを覚えないといけないわね。盗賊スキルとか、何か攻撃になるものを」
僕の部屋に入ると、ベットの上に一匹の黒猫が寝ていた。
なんで僕の部屋に猫がいるのだろうか?まあいいや。外に追い出そう。黒猫ってなんか縁起悪いんだよな。
猫を持ち上げようとベットに近づいた。すると、黒猫は僕の右足をすりすりと触れてきた。
「なんだよ、可愛いじゃねーかよ。ん?瞳の色が青なのか。珍しい猫もいるものだ」
僕は黒猫を摩ってやると、ふわぁ~とあくびをした。あまりの可愛さから、ついでにお腹も摩ってやった。
どうだ、気持ちいいだろう。ここ摩ってやるとゴロニャンってなるんだよね。と黒猫のお腹を触った瞬間、右手を猫の爪で引っ掻かれた。
「くっそ、このクソ猫、痛いじゃねーかよ」
引っ掻かれた手に目線を向けると、血が出ていた。がっつりやられたみたいだ。最近でも同じ怪我をした気がする。僕は再度黒猫の方を向くと、既に猫の姿はなかった。
ほどなくしてドアの前から声が聞こえてきた。
「準備は進んでいる?どうなのよ?」
エミリーの声だ。僕はゆっくりとドアを開けると、エミリーの姿はなかった。
「あれ?僕の聞き間違いだろうか。いや、そんなはずは……」
「わ!」
「ひゃん」
「くすくす。ビックリした?反応が面白いね」
ドアの反対側で隠れていたらしい。お腹を抱えながら、茶髪のツインテールが揺れていた。
くそ、裏返った声が出たじゃないか。今度、絶対にやり返してやるからな。
「ごめん、ごめん。あ、そうだ。定春はもう準備終わったの?」
「いや、まだだね。今、荷造りを始めたところ。エミリーこそ終わったの?」
「んー。実のところまだなんだけどね。どんな感じなのかなって思って見に来たの」
エミリーはどことなくほっぺのところが赤くなっていた。女の子だし、化粧でもしているのだろうか。まあ関係はないけどな。
「それよりよ。商品の仕入れとか実際どうするんだろな。魔王軍から奪ってくるって言っても、僕の力じゃ何にも役に立たないぜ」
エミリーの顔を見ながら、ニコリと言った。自慢じゃないけれど、僕の運動神経のなさは証明済みだ。だって学生の頃の体育の評価は五点中二点だったしな。
それに運動神経が良かったら、別の職業に就いている筈だ。
「そうね。定春も何かしらのスキルを覚えないといけないわね。盗賊スキルとか、何か攻撃になるものを」
「え、スキルとかこの世界にあるの?そんなのあるんだったら早く教えてくれよな」
ミネルヴァはこんな重要の事なんて言ってなかったのにな。急に異世界ぽくなってきたから、気分も上がってくるぜ。僕はエミリーの目の前でガッツポーズをした。
僕の表情を見ながら、エミリーは微笑みながら、ニコリと笑った。
「うれしそうね。それじゃ荷造りが終わったらスキルのことを教えるわ」
「了解。それじゃ、早々に終わらしてくるわ。エミリーこそ早く荷造り済ませろよ」
「はーい。それじゃまたね、定春」
手を振りながら、微笑み、ドアを閉めた。今更ながらヒロインはエミリーかもしれないと心のどこかで感じていた。初対面の時、早々に殺されかけたけれど。
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どれくらいの時間が経ったのだろうか?もうすでに星が見え、辺り周辺は真っ暗闇だった。幸い、今日は満月ではないようだ。
「ふう、ようやく終わったか。ふぁ~。もう夜だし、少しばかり眠たい。よし、エミリーの部屋に押し掛けるか」
スキルのこともあるしな。さっきの仕返しもあるし、部屋に行ってみよう。
僕は自分の部屋を出ると、階段を上り、三階へと上がった。すると、ドアの真ん中にエミリーっている看板が掲げられていた。
「凄いわかりやすい。この部屋だろうか。ふふふ、さっきの仕返しは百倍返しだからな」
ニヤニヤが止まらない。この後、エミリーが僕のような驚きを見せてくれることを期待する自分がいた。
「おーい。エミリー。荷造り終わったぜ。早くスキルのことを教えてくれよな」
「…………」
返事がない。どうしてだろうか?もう寝ているのだろうか?僕はエミリーの札が掲げられているドアをノックした。コンコン、コンコンと十回ぐらい。それでも反応がなかった。
「仕方がない。やりたくはなかったのだけど、大声で……」
『エミリー。荷造り終わったから……』
「わー」
「ひゃん」。
僕はすぐに後ろを向いた。エミリーだ。くそ、また変な裏返った声を出してしまった。
するとエミリーは先ほどと同じようにお腹を抱えながら、大笑いしながら微笑んでいた。
「ははは、また引っかかってる。実はこの部屋物置だよ。鍵もかかってないし、ほら」
僕はエミリーの言う通り、ドアを開ける。部屋の中は真っ暗で、昨日掃除した僕の部屋以上に埃っぽかった。
「うーわー。驚かせ損だぜ。チクショウ。せっかくエミリーの部屋まで来たってのに」
ため息しか出ない。次こそは驚かせてやろう。そう心に誓った。
「そうだ、エミリーってもう荷造り終わったの?」
「もう終わってるわ。私の部屋にはベットぐらいしかないわ」
「それじゃスキル教えてくれよな。簡単に取れるんだったら早いところ取りたいし」
僕は目を輝かせながら言った。少年のような笑みをエミリーに見せているだろうか。ただ、エミリーは先ほどと同じく、ほっぺを赤くしているだけだった。
「うーん、それじゃ、手を見せてみて……、よし出来た」
エミリーが僕の腕に赤青黄色のカラフルなミサンガをつけてくれた。これがスキルを取得するのに必要なものだろうか?
「え?これってまさか、僕のために?」
「あ、あんたのためじゃないわよ。スキルのためよ。このミサンガが切れたら無事スキルを取得できるわ。ただ、自分の性質、経験値に沿ってスキルが決まるから、望んでいるスキルが取れるかどうかはわからないけどね。欲しいスキルがあるんだったら、その経験値をためる他ないわね。……、ただ、また今日みたいなことが起こらない様にお守りみたいなものでもあるけれどね」
エミリーは赤い赤ずきんを被り、微かに見える耳を真っ赤にしながら言った。赤ずきんで表情が見えないから、どんな表情をしているのかがわからないけど、とにかくありがたい。
「そうなのか。ありがとな、エミリー。きっと素敵なスキルを手に入れられるだろうしな。ここまでやってくれて良いスキルじゃないわけない」
僕はエミリーの赤ずきん越しに頭を撫でてやった。プルプルと震えている。表情が見えない分、子ども扱いして怒っているのだろうか。
「んー。それじゃ、これでスキルの話はお終い。出て行って。まだ他にやる事あるから。それじゃ、またね定春。朝にまた会いましょ」
早急に、ドアを閉められた。うーん。やり過ぎてしまったか、仕方がない。部屋に戻るか。
僕は、部屋に戻ると、部屋の窓が開いていることに気付いた。しまった、開けっ放しでエミリーの部屋に行っちゃった……?いや、今日は開けた記憶がないぞ。なぜ部屋の窓が開いている。まあ、なにもないだろう、誰かが入ってきたらコニーや女神が気付くだろうし、ましてここは二階だ。大丈夫だろう。
「……なぜ、僕のパンツがない」
ふと、ミネルヴァの話を思い出す。『たまに、パンツとか靴下が無くなるみたいよ』
「くそ、幽霊、出てきやがれ、退治してやる。……、いや出てこないで怖いから」
何にもできない自分に、嘘だろ……。って気分になった。ただ、ここにいるだろうとされる幽霊が男か女かわからないけれど、言っておこう。
「くそおぉぉ、お代を払ってもらおうか!」
そう部屋の中で寂しげに叫んで、部屋の明かりを消さずに、ベットの布団に入った。