第3話「回復魔法(ヒール)、あなたいくら何でも死にすぎよ」
僕は、入ってきたお客さんを見てみると耳が異名に長く、目つきが鋭かった。あれも、エルフの一種だろうか。
「いや、あれは悪魔ね。たまに来るのよ。買い込みにね」
これが悪魔なのかと不思議そうに見ていると、そいつはレジに向かって来た。
「おい、エミリー、また会ったな。今日もチビだな。お前って」
悪魔がそう言うと、見る見るうちに、エミエミの表情が変わっていった。場の雰囲気が凍り付いたのが分かった。
「おい、今なに言った。おい」
エミリーはレジの机によじ登り、その姿はまるで狼のようだった。腰に掛けてきたナイフを取り出し、悪魔に突進していったのだけど、見事に棚に激突して商品が下に落ちていった。
「おい、エミ……エミリー、しっかり……」
エミリーを止めようと、正面に出た僕は、ぐさりと一瞬だった。ナイフが僕のわき腹に突き刺さるまで、数秒もかからなかった。今回の客は招かざる客だったみたいだ。否、災難、災い転じて福となす、その行動が福となすことと祈るばかりだ。ちくしょう。
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「回復魔法」
「う……、う、どこだここは、見知らぬ天井?」
目が覚めると白い天井を見た。どこか懐かしい。だけど記憶にない。覚えていない。そんな天井だ、った?
「だ。じゃないわよ。定春。あんた、今日で二回も死んでるんじゃない。さてはあんた常習犯ね」
ミネルヴァが口を膨らませながら、僕を見つめていた。僕自身、苦笑いしか出てこない。く、まだ痛む。
「あと少しで動けるようになるわ。安静にしてなさい。今日はもういいわ。エミリーに片付け等任せてあるし、動けるようになれば、あんたの住む所を紹介するわ」
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街から離れた森の奥、屋敷が一つあった。門を開けると、公園で見たような噴水があって、床は天然の芝が生い茂っていた。
「さすが、女神様が管理する屋敷だな。まるで豪邸じゃないか。やったぜ」
「そうでしょう。そうでしょう。もっと褒めなさい。称えなさい。なんせ、昔、住んでいた人が幽霊が出るからって譲ってくれたのだけれど、悪い霊だけ退治したから、心配ないわ。屋敷の掃除は当番制だからね」
ちょっと待て、ここは出るのか、出るのだな。僕は足を震わせているのを隠しながら、ミネルヴァから目を避けた。
「なに怖がってるのよ。チキンなの?ぷークスクス。笑える。大丈夫よ。そんな悪い霊なんてたまにしかいないし、たまに、パンツと靴下が無くなるぐらいよ」
「おい、この霊の中に変態がいるぞ。退治したほうがいいんじゃないか」
僕ばゾッとしたが青ざめた自分が一度幽霊になっている事を思うとため息が出てきた。
「それにしても他に住人は居るのかよ?幽霊って聞いたら一般人はいないんじゃないか?」
「もともと一般人はいないわよ。私がスカウトしてきた人だけね。今のところは。私とエミリーちゃん、そうだわ、格闘家のコニーちゃんっていう子も住んでいるわよ」
まさかの新キャラ。スカウトする女神のことだ。どうせ可愛いに違いない。
「可愛いわよ。だけど、少しばかり活発かな。機会があれば紹介してあげるわ。シフト上や副業の方も忙しいみたいだから、時間が合えたらだけど」
ミネルヴァが鼻を荒げて言った。ドヤ顔をしながら、
「定春、喜びなさい。ここにいる住人は、あなた以外全員女性よ。変なことしちゃだめ……、いや、何でもないわ。あなたは大丈夫そうね。童貞だもの」
「おい、どういう意味かな。それは、詳しく話を聞こうじゃないか」
僕は口ではそう言っているが、心の中ではガッツポーズを取った。なんせ、初の下宿所が女だらけのハーレムなんだぜ。これは僕の顔がにやけてしまう。
ミネルヴァが僕の顔を見ながら、ため息を吐いた。
「もう心の声がもろバレね。あ、着いたわ。ここがあなたの部屋よ。感謝しなさいな。後のことは定春に任すわ」
そう言いながら、ほうきと雑巾、バケツがドアの前に置いてあった。僕はミネルヴァを見ると口笛を吹きながら僕の顔を合わさなかった。
「それじゃ頑張って頂戴。綺麗になった頃にまた顔を出すわ」
そう言い残し、ドロンと消えていった。
「あの女神、いきなり消えたぞ。もう何でもありかよ」
仕方がないので僕は、部屋のドアを開けた。すると埃まみれな部屋だった。大量の本や衣類、ゴミみたいなのが大量に押し込まれていた。
「くそ女神め、面倒ごとを背負わせやがったな。ちくしょうめ」
ぶつぶつ嘆きながらも、寝る部屋確保のためにせっせと、掃除を始めた。
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「ようやくマシになったようね」
「え?」
僕は普段出さない声を出してしまった。聞き覚えのある声の主はエミリーだった。私服姿だろうか。Psの時に着ていた動きやすいような短パン姿ではなく、ワンピース姿の一人の女の子がここにいた。肩から見える白い素肌が僕の心を癒してくれる。正直、たまりません。
「さっきはごめんなさい。無礼な態度を取っておいて」
「殺されかけたのもあるけれど、悪魔が来たのも予想外だったしな。仕方ないよ」
エミリーは頬を赤くしながら、顔を扉の方向を向きながら、
「……、べ、別に、あんたなんか心配してこの部屋に来たんじゃないんだからね。……だけど、無事でよかったわ」
そう僕に述べた。
うー。なんて可愛いんだ。ツンデレもいい。こんなのメイド喫茶でしかいなかったし、金で買うツンデレなんてクソってわかるんだよね。いやー。天然のツンデレ少女なんてレアだぜ。全く。星五だな。
「何をニヤニヤとにやけているの?さては今、イヤらしいこと考えているでしょう」
「ばっ、ばか、違うよ。そうじゃないよ」
僕の額にぽとりと一滴の汗が落ちた。危ない。危ない。僕って顔に出やすいのだろうか。
「定春、お礼と言ってはなんだけど。今度、お茶でもしない。謝りたいのもあるから、なにか奢ってあげるわよ」
「本当ですかい。やった。それじゃ楽しみにしてます」
僕ば全身でガッツポーズをして、喜びの表情をエミリーに見せた。それを見たエミリーは苦笑いをしながら、
「そんなに喜ばなくても、あ、高すぎるものはダメだからね。だけど、それが良いなら奮発しちゃうわ。別に、あ、あんたのためじゃないんだからね」
なんて素晴らしいんだ。ここは天国だろうか。僕はエミリーの顔を見ながら、鼻血を出しながら倒れこんだ。
「ちょっと、大丈夫なの。ちょっと待ってなさい。ティッシュ持ってきてあげるから」
エミリーは窓の近くにあったティッシュを手に取ると、ついでに窓を開けた。
いつの間にか満月、輝く夜になっていた。風が涼しい。僕は鼻を押さえながら、窓を見た。
「もう夜だったのか、夢中で掃除してたから気づかなかった。なあ、エミ……」
窓近くにいたはずのエミリーはなぜが光に包まれて光っていた。
また来週、日曜日更新します。