第2話「ミネル三丁目池近く支店PS(ぽーそん)」
小鳥の鳴き声が近くから聞こえてくる。木の枝が風に揺れているのだろうか。前世では聞き慣れてない音だった。
「ここは……」
僕はゆっくりと目を開けて、周りを見渡した。何か月ぶりだろうか。風の匂い、暖かい太陽のまぶしさ、足から感じる芝生の感触。噴水があり人達が水遊びをしている。
日本じゃ考えられない平和さを感じる。みんなが生き生きとして生活しているのだと。
「ここが新しい僕の世界か。ここならば平和に暮らせそうだな」
内心ホッとしている。ミネルヴァが言っていたセリフが気になっていたのだけれども。僕はグッと握っていた手と肩の力を初めて抜くことが出来た気がした。
すると、噴水近くに居た女の子が僕に近づいてきた。十歳ぐらいだろうか。かわいい。頭にウサギ耳が生えていて、さすが異世界だと僕は思った。
「あの、おにいちゃん。かっこいいね。なんか惚れてきちゃったよ」
「え?惚れたって?え?」
なんだ?もうスキルがもう発生しているのか?生まれてこの方、女性への接点がなかったから、どう対応していいのだろうかわからない。くぅー、前世の僕、もっと積極的に動けばよかったぜ。
「う、うん?何かな?……」
長年、コンビニと自宅の行き帰りの弊害がここにきてて来ているだと。
うさ耳の少女は僕に近寄りながら腕を組んできた。そして耳元でボソリと、
「おにいちゃん、なんだかあたし、火照ってきちゃった。だからね。あたしと一緒に死んで来世で一緒になりましょ」
「え?」
ぐさりとわき腹を刺された感じがした。今回のは本気ものだった。血がドバドバと出てきている。なぜ異世界に転生してまで殺されないといけない。
「う、うわぁぁぁぁぁあああああああ」
僕自身、気を失いかけて倒れかけた。その時、聞き覚えのある女性の声が聞こえてきた。
「転生者よ、神の名のもとに甦れ。リザレクション」
僕の周りに円状の魔法陣が出てきた。次第に、血が収まり、傷がふさがってきた。僕が目をつぶりながら叫んでいると、頭を誰かにコツンと叩かれた。
目を開けると、さっき宮殿の中で会った女神、ミネルヴァの姿だった。
「え?助かった……のか?」
「なに早々と殺されてるのよ。あんた本当に童貞ね。バカなの?ねえバカなの?私がいなきゃ異世界入り、五分で死んでたわよ。ぷークスクス」
会って早々にバカにされた気がする。ミネルヴァは鼻で笑いながら、仁王立ちで笑みを見せていた。
「バカにするのは止めてください。それよりも助かりました。ミネルヴァさん」
「……様ね。さっきのうさ耳女は追い返したから、もう大丈夫よ」
「あのー。ミネルヴァさん?なんで、さっきのうさ耳の子は僕を襲ってきたんですか?あのスキルが原因ですか?」
「様を……。まあいいわ。ミネルヴァさんで。この世界はいわば世紀末ね。なんでこんな世の中になってしまったのかは知れないけれど、常に殺しが蔓延しているの。だから、この世界で死人が大量に発生するから私がこの地にきて、復活魔法をかけているの」
何それ怖い。そんなの聞いてないぜ。ふざけるなよ。女神。手汗がやばい。僕はズボンで手汗を拭いて、ミネルヴァさんの顔を見た。
「子犬みたいな顔しているわね。今更怖気づいたのかしら」
「だって、そんなの聞いてないですよ。戻してくださいよ。物騒じゃないですか」
「はー。何を言っているの?戻せないわよ。もう契約したんだし。クーリングオフは適応外よ。バカなの?ねえ、バカなの?」
ため息を吐いた女神は僕に向かって、続けて口を開けた。
「それに、戻れたとしてもあんたは、地獄の地獄、灼熱針千本石積み地獄よ。それでもいいの?」
そう言われるとなんにも言うことが出来ない。これはこの女神に従うしかないのかよ。
僕の中で何かが吹っ切れた気がした。しゃーねぇか、もう引き返せないしな。
「はぁー。わかったよ、言うことを聞くよ。それで、僕は何をすればいいんだよ」
「意外と物分かりが良いわね。もう少し駄々をこねるようなら、問答無用でここであんたを殺して、一生拷問地獄行きにしちゃおうかと思っていたのだけど、気が変わったわ」
「え?なにそれ?怖い」
急に恐ろしいことを言い出した、女神……、いや悪魔神に見えてきた。次第に鳥肌が立ってくる。じとーとした目で僕はミネルヴァさんを見ていると、
「……、あんた?なんか私に大して失礼なことを考えてはないでしょうね。スンスン、なんか匂うわ」
「い、いやーなんも考えてないです。何も……」
案外鋭い。逆らえないな。もう、女って怖い。
「あらそう。それじゃ行くわよ。定春。あんたのこれから働く場所へ。ミネル三丁目池近く支店PSへ」
僕はミネルヴァに手を引かれ、街中に向かって歩いて行った。
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自然豊かな公園を抜けると、石造りの街中、馬車で走りながら移動している人もいた。
この世界は車の概念はないのだろうか。コンビニの店員って言ってたけれど、食料品はどうするのだろうか?
「大丈夫よ。街にはテレポートが使える魔法使いが居るから」
「なんて便利な世の中だ」
思わず突っ込んでしまったぜ。さすが異世界。魔法使いとか普通に出てくるのか。僕も魔法が使えるのだろうか。いつかファイアーとか使ってみたいな。
「ついたわ。ここが我が仕事場のミネル三丁目池近く支店PSよ」
見渡すとレンガの石造りで壁を固めていた。だた、それ以外は地球のコンビニと一緒だった。透明なガラスの奥には本が見えている。数人立ち読みしていたのが見えた。本格的に作りこんでいた。
ミネルヴァさんの後ろに着きながらお店に入ると、一人の少女の声が聞こえてきた。
「いらっしゃいませ」
その女の子は赤ずきんを被ってはいたが、中から見える茶髪とツインテールが印象的だった。顔も整っていて可愛い。前世ではこんな子は居なかった。この子と一緒に働けるのだろうか。それだったら嬉しいな。
僕は期待に胸を膨らませながら、彼女を、ミネルヴァの背中越しから見ていると、ミネルヴァはその子をおだてるように、
「やあ、エミリーちゃん、今日も頭の赤ずきん似合ってるね。それに今日も可愛いよ」
少女に向かってそう言った。
「な、なんですか?一体、気持ち悪いです。夜のシフトなら入りませんよ」
「そう言われると、軽く傷つくね。そういったわけではないのだけど、あ、そうそう、この子がこのお店の新しい社員になるから」
「いきなりですね。全く店長は」
後ろから聞いていると、ミネルヴァは僕を手招きし、エミリーという少女の前に紹介した。
「この子が定春君だよ。仲良くしてね」
「初めまして、山田定春です。よろしくお願いします」
「は、初めまして、あたしの名前はエミリー……です。よろしくお願い……します」
僕はペコリと返したのだけど、エミリーは赤ずきんを深く被り、顔を僕に見せないでいた。
「ふーん。恥ずかしいんだ。エミリーちゃんは女の子だね」
「う、うるさいわよ。男には慣れてないのよ」
何たる可愛さ。男を慣れていないらしい。まあ、僕自身、女には慣れてないけどな。
「まあエミリーちゃんはエルフと狼のハーフだからね。珍しい人種だよ。全く」
「ちょっと、店長……」
何それ、異世界っぽい。え?エミリーちゃん人間じゃないの?二息歩行で、見た目も人間っぽいのに。
「なんでそんなに驚いているんだい?当り前じゃないか。だって君にとってここは異世界だよ」
そうなんだけれども、実際、今まで現実、地球では存在しなかった者だし、僕としてはいきなり異世界っぽいのは嬉しい。この世界に来たかいがあったね。
「異世界?なんのことです?」
エミリーが目が点になりながら、聞いてきたのだけど、ミネルヴァがなんとかごまかしながら、
「私は今から上の方からきている依頼をすましてくるから、エミリーちゃん、定春のこと頼んだわよ。何かあったらすぐ呼んで頂戴」
そう言い残し、隣の別室に入っていった。
残された二人。少しばかり気まずい。無言になるのはまずい。これ以上、傷を広げてはいけない。あの子が困ってるじゃないか。なにか話題を……。
僕の中にあった、なけなしの話題のタンスをこじ開けた。
「ここってどんな客を相手にするんですか?」
うーん。仕事のネタでしか、話せない自分が情けない。顔色をうかがいながらエミリーの顔を見た。エミリーは、あごに指を置きながら口を開けた。
「かしこまらなくてもいいわよ。タメ語でも別に。そっちの方が楽だしね。そうね~。客層は仕事かえりの狩人、魔法使い……、そうそうたまにゴーレムも来る時もあるよ」
なにそれ、ゴーレム見てみたい。岩が合体しているのかな。人間なのか?
「人間の背丈で全身岩よ。身体は全身カチカチだけど、柔軟性は保証するわよ」
「身体は柔らかいのかよ」
そんな些細な話をしながら、レジの受付で二人、お客さんを待っていると、店内のチャイムが鳴った。別のお客さんはこのコンビニに入ってきたらしい。
「さて、定春。お客さんが入ってきたわよ。それじゃ、私の接客を見ていて頂戴。な、あなたのためにやるわけではないんだからね」
「あ、はい、お願いします」
僕はせっかくのツンデレに真顔で答えてしまった。少しながら後悔した。
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