彼と彼女の世界
少々理解し難い点があるかも知れませんがよく噛み砕いて読んでいただけると幸いです。
彼と彼女の世界originの1話と全く同じ内容です。ご了承ください。
「先生、僕の目は何でこんなことになってしまったんですか?」
先生と言ってもここは病院でもなければ学校でもない。彼は医者でもなければ教師でもない。ここは彼の家。
「先生と呼ぶなといつも言ってるだろ…。まぁ、いい。私の経験上、悪魔化、魔眼化、天使化、覚醒、とか色々とあるけど、」
彼は一旦そこで止め、こう続けた。
「世界にそうあるべきと定められたのかもしれないな」
「世界に…?」
「世界というのは結構不安定なものでね。そうだなぁ、ものというのは眼で見て、神経を通して脳に伝達されて私たちは認識する。私たちの目はそれがその形、色でそれがそうだと認識する。しかし、それは私たちの脳がそう認識しているだけで実は全然違う形、色をしている可能性もあるわけだ。君が“視て”いる世界はもしかすると正しい世界なのかもしれない」
彼は、難しいことを言ってるけど、つまるところ私にもよくわからないということだね。と付け足した。
──ただ、気をつけて。世界は異端を嫌うから。
「また何か夢を見ていた気がする…。まぁ、どうでもいいか」
目覚めた彼は不機嫌そうな顔でベッドからおりる。
「朝飯…には遅いか。昼飯…には早いな…」
時計の針は11時20分を示していた。
「散歩にでも行くか」
彼は身支度を整え、玄関へと向かう。そこで杖を手に取り、ドアを開ける。立ち並ぶ家々、電柱、次々と走り去る車。その景色の中の何処にも“生き物の姿”だけがなかった。
「いつまで経っても異様な景色のままだな…」
彼の眼は特殊で、静物は映るが、“生物だけ映らない”という眼だった。正確に言うと、“死という概念が認識出来ない”ということらしい。例え生きていたとしても生と死は表裏一体の同じものであり、視界には映らない。最初からこうだったわけではない。ある日を境に段々と視界に入る生物が減っていき、最終的には静物しか映らなくなっていた。その為、外に出る時は盲人を装って杖を持って歩いている。そうすれば人は勝手に避けてくれるので、ぶつかる心配もない。
「先生は元気にしてるかな」
先生と呼ばれることを嫌う先生。年齢的には僕と2つしか変わらないことが原因なのかもしれないけど。
「また今度会いに行ってみようかな」
自分の眼ことを教えてくれた先生はわりと近くの学校に通っている。もちろん、生徒として。
そんなことを考えながら歩いていると視界の端にあり得ないものを視た。
「そんな筈は…」
そこには、女の人がいた。
「ちょっとすみません!」
あまりの衝撃にいきなり彼女の手を掴んでいた。
「え!? 何ですか?」
急に手を掴まれた彼女は驚いて手を引っ込める。
「あ! いきなりすみません! えっと…僕はその…」
呼び止めたのはいいけど、何も考えてなかった…。何て言えばいいんだ? 眼のことを説明すればいいのか? それともこの娘が何者なのかを聞けばいいのか?
「アナタはもしかして世界に嫌われた人ですか?」
先生は昔言った。「世界は異端を嫌う」と。
「どうしてそれを…」
「ここで立ち話をしていると通行人の皆さんの邪魔になりますね。移動しましょう」
彼女に連れられて近くの喫茶店に入る。
「さて、早速本題に入りましょう。再度確認しますが、アナタは世界に嫌われた人ですか?」
「その前に確認したいことがあるんだけど、いいか?」
「どうぞ?」
アイスコーヒーのグラスを傾け、彼女は促す。
「自分から話しかけておいて可笑しな話だと思うんだけど、君の対応は不自然だ。まるで僕のことを知っているように思える」
グラスをコースターに置き、彼の目をみる。
「なるほど。アナタの言うことももっともな話ですね。ではそれを説明するに当たって私のことをお話ししましょう」
彼女は持っていた鞄から紙を1枚取り出し、3本の平行な線を書いた。
「まず私は世界に見放された者。世界の軸から外れた者」
左の線に“生”真ん中の線に“人”右の線に“死”と書き、線の外の左側に小さく丸を書いてその中に私と書いた。
「産まれてから30歳くらいまでは大体の人は“生”の線の方にいます。しかし、歳を重ねる程に“死”へと近づいていきます。そして“死”に到達した時点でその人は死ぬのです。しかし、ごく稀に“死”から動かない人、“生”から動かない人、最初からずっと真ん中にい続ける人がいますけどね」
紙に言ったことを書き足していく。
「私は昔、越えてはいけない一線を越えてしまいました。それが原因で私は死という概念を世界に剥奪されてしまったのです」
真ん中の線から右の線までを消しゴムで消す。
「生と死は表裏一体。生物とは産まれて、生きて、死ぬ。それで1つです。つまり、生の概念を剥奪された者は産まれてすぐ死ぬ。だから生きていられない。死の概念を剥奪された者は産まれて、生きて、死なない。そんなものは生物じゃないとして生きていると認識されない。しかし、認識されないだけで存在はしている。さらに、死の概念を持たない不完全で不可解な存在は世界から弾き出される。世界から弾き出された時点でその存在は消滅する。でも、死ねない。消えることが許されていない。そんな矛盾は体を蝕み続ける。痛みを抱え続け、世界が消滅するまで生き続ける存在。それが私です」
彼女はつまり、死なない体で、そうなった時から生き続けてるってことなのか…? でも、見た感じでは僕とあんまり年は変わらないし、最近のことなのかも…。
「そして、私は世界の軸から外れたあり得ない生物。なので、世界の正しい軸の上にいる人には認識されないのです」
「じゃあ僕は君の言う軸から外れた人間ってことなのか?」
そうでなければ自分は認識出来ない人間を認識していることになる。
「いいえ。それは違います。実は認識出来ないと言うのは少し違って、記憶に残らない…と言いましょうか。私の存在は空気と同レベルなのです。そこにいても誰も気にしない。気にならない。私は平行線上にいるんです。見ようと思えば見ることは出来ます。しかし、平行線上にいる人と交わることは出来ません。人は自分がいる軸の上しか見ることができず、同系列、同時間軸の人間にしか干渉することができないのです」
例外は何にでも存在するものですが。と付け足す。
「何かややこしいな…」
「懇切丁寧に教えることが必ずしも分かりやすいとは限りません。簡単に例えますと、私は幽霊に近い存在なのです。私は肉体がある幽霊とでも言いましょうか」
肉体がなく、見える人にしか見えない。さらに、世界に対して干渉することが出来ない。それが幽霊。彼女は肉体はあるが、見ようと思わなければ視界に入らず、僕らに干渉することが出来ない。
「つまり、私に関わることが出来たということは世界に嫌われた異端という結論に至ります」
「だからさも当然の様に僕の話しを聞く気になったのか」
「つまりそういうことですね。それで、アナタは私に何の御用なのですか? いえ、用と言う程のことでもないのでしょう。まずはアナタのことを教えていただくのが早道ですね」
彼女に隠すこともないと思い、自分の眼のことを全て話す。
「なるほど。アナタは死の概念を見ることが出来ない。しかし、私は死の概念を剥奪されてしまっている。だから認識出来るのですね。そして、アナタは元の眼に戻りたいと」
「そうなんだ。何か知らないか?」
「私としてはお話しのお相手がせっかく出来たので、元に戻って欲しくないのですけど。それに、アナタは私しか見えなくて、私はアナタにしか認識されない。利害が一致していると思いませんか?」
彼女はそう言って妖しく微笑む。
「利害が一致って…。そうだな…すまない。君のことも考えず、自分勝手を言った…」
「え!? ほんの冗談ですよ! 本気に取らないで下さい!」
予想してたのと違う答えが返ってきたせいか、凄く慌てていた。
「ならこうしよう。君も元に戻れる方法を一緒に探そう。そして、僕も元に戻れる方法を一緒に探してくれないか?」
「アナタは面白いことを言いますね。私が今まで関わってきた人たちはそんなことを口にしませんでした。私が役に立たないと知るとすぐに去っていきました」
「それは酷いやつらだなぁ。自分が困ってるからって自分のことしか考えていないなんて」
彼女は信じられないものを見るような目をしていた。
「アナタは凄いですね。自分がそんな状況なのに他人のことにまで頭が回るなんて…」
「凄い? そんなことないと思うけど。それに君も僕の話を聞いてくれてるじゃないか」
「私は自分の様な人を見たくないだけですよ」
「僕も一緒だよ。僕は皆に助けられたからここにいられる。だから、困ってる人に手を差し延べてあげたいんだ」
彼女は、こんな人がまだこの世界にいたなんて…。と驚き、目を丸くしていた。
「是非、アナタのお手伝いをさせて下さい!」
唐突に手を握られ、今度は彼が目を丸くしていた。
「あ、あぁ、よろしく。必ず君を元の軸に戻してみせる」
数多の世界の内の一つの何ということもない喫茶店で世界に見放された彼女と世界に嫌われた彼の約束は交わされた。
おしまい
『彼と彼女の世界』のその後の話、
『彼と彼女の世界のその後』がありますので、そちらも読んでいただけると幸いです。
なお、連載小説として『彼と彼女の世界origin』が掲載中です。
内容は全く同じなので、1ヶ月ほどで短編の方は削除いたします。今後はそちらでお楽しみください。
評価・感想いただけると感謝の極みです。
m(_ _)m