ただしとってもバカになる
「私は女神パータリプトラ。
私達の創った世界へ旅立つ勇者よ、貴方の望む力を与えましょう」
「じゃあ元の世界に戻る力を」
「ぎゃふん」
一面の花園の中、褐色肌の女神が盛大にずっこけた。
華麗な花々が飛び散り、芳香を運んでくる。
「なんでそんな意地悪言うんですか! 嬉し楽しい魔王討伐異世界ツアーですよ! 強制ですけど」
「強制かよ! 明日デートだし、帰してもらえませんか? 行くならせめてデートの後で」
「もう貴方の体は異世界のものに作り替えちゃってます……お願いだから行くって言ってえー」
「いきなり泣き落としとか、神様の割にちょっとしょっぱいな」
「異世界に適応できる魂はレア中のレアなんです…ぐすっ、だからこの通りお願いー!」
「すがり付いて泣かれても困ります」
「どんな力でもアイテムでも、好きなだけあげますからー!」
「えらく気前良いですね。 そんなに困ってるんですか」
「貴方をここに留まらせるのに使ってる力の消費が半端ないんです。 正直ツラいんです」
「一週間くらい考えさせてもらっていいですか」
女神様がビャーっと泣き出して漫画じみた涙を噴水のように流した。 ずぶ濡れだ!
花園が塩害で全滅しそうだよ。
「そんなにキツいんですか。 具体的にどのくらい?」
「鼻の穴にスイカをねじ込まれてる気分ですー ううっ…ぐすっ」
「一ヶ月くらい悩ませてもらってもいいですか」
「ぐへぇー」
白目を剥いて仰け反る女神様の姿は、それはそれは色々台無しだ。
だが選択の余地は無いみたいだし、遊んでないで覚悟を決めるしかないかな、これは。
「じゃあ……オススメの能力とかアイテムってあります?」
女神様はパアッ! と明るい顔になって俺の後ろに回りこんで肩をもみ始めた。
なんでこんなに接待調なんだろう。 営業か? 売り込みか??
「はいー! あります、ありますとも! 貴方の望む能力や品物を好きなようにデザインできますが、
やはり私のオススメはシンプルかつストレートなものです!」
「ほほう、では参考のためにいくつかオススメの案を」
「はいッ! やはりまずはパワー! 無敵の怪力で敵をなぎ倒せます!
ただしバカになります」
「却下」
「なんでぇー!?」
「脳筋バカとか嫌ですよ。 他のをお願いしますよ」
「じゃあ魔力! 万物を変遷させ操る無限の魔力! 破壊魔法で強敵もイチコロ瞬殺ジェノサイド!
ただしバカになります」
「却下!」
「なんでですか!」
「バカに魔法なんてキチ○イに刃物よりタチが悪い」
「ならば鋼の肉体に不死身の能力! 首をはねられようが消滅しようがお好きな所で即・復・活!
ただしバカになります」
「却下ぁー!」
「贅沢ですねえ……一体どんな能力なら満足してくれるんですか! それとも魔剣とか神器方向ですか!」
「いや、問題はそこじゃないんですよ。 なんで必ずバカになるんですか!?」
「そりゃあ圧倒的な力には代償が必要で……ごにょごにょ」
「おや? えらく歯切れが悪くなりましたね。 じゃあ天才的頭脳とかはあるんですか?」
「ありますあります! ありますともさ! この世の理全てを解する知識と頭脳!
ただしかなりのバカになります」
「なんで天才がバカになるんだよ!」
「天才とバカは両立しますから……マッドサイエンティストとか、素敵じゃないですかー」
「ああーんッ!?」
いかん、イラっとしてきた。 一応相手は女神様だ。 穏便に、穏便に……
しかし何となく分かってきたぞ。
「要するに意地でも俺をバカにして旅立たせたいわけですね?」
「そんなあ……貴方をバカになんてしてません。 これでも真剣です!」
「そいういう事じゃなくて」
駄目だ……コイツ、何とかしないと。
「では知恵と知識と知性と教養と理性を併せ持ったりできます?」
「もちろんです! ただし、とってもバカになります」
「くっ……賢いバカにはなりたくない。 どうあってもバカは避けられないのか」
「無理でしょうねえ」
他人事みたいに言いやがって。 ひょっとしたら殴っても許される気がしてきた、この女神様。
頭殴ってお前を更にバカにしてやろうか。
いや、まてよ……?
「そうだ! 力をもらえばバカになる。 ならば答えは『何もいらない』だ!」
「何の取り得も無いバカになるんですか? 物好きですね」
パアーン!
はっ!? 思わず頭を引っ叩いてしまった。 パーで叩いたのはせめても理性か。
「いったあーーーい! 何でいきなり殴るんですかー!」
「うるさいこのバカ女神!」
「女神に向かってバカとか言う人がバカなんですぅー!」
「ああ……何か貴方に付き合ってると、本当に自分がどんどんバカになっていく気がするよ」
「いやいや、バカを人のせいにしないでください」
カチンと来たがギリギリ我慢してやる。
いや、やっぱ軽く叩いておこう。 ぺちんっ
「要するにアンタはバカを司る女神様なんだな? だからバカ転生しかできないわけだ」
「私は花の女神です。 バカも休み休み言ってください」
ぺしぺしぺし もう遠慮せずに叩こう。 やってらんないや
花の女神だから、頭の中までお花畑ってわけか。
「だがようやく理解した。 いかに神といえど、己の力を超える能力は与えられないわけだ。
バカの女神様以上に頭の良い体で転生する事は不可能、と」
「うぐっ……」
「どうやら図星のようだな。 こりゃ本気で異世界行きは遠慮したくなってきた。
勇者気取りで魔王にもてあそばれるなんて、まっぴらゴメンだからなあ」
「その点は大丈夫です!」
「なんでそう言い切れる!?」
「だって私達の創った世界ですよ。
魔王だってバカに決まってるじゃないですか」
「……ですよねー」
開いた口が塞がらない。
バカもここまで来ればいっそ見事だ。
こうして俺はバカげた能力を授かって異世界へ旅立った。
バカな仲間を集めて、バカみたいなクエストをこなし、
おバカな敵達と馬鹿馬鹿しいバトルでレベルをバカみたいに上げて、
バカの極みの魔王を倒したのだった。
結果から言うと俺はバカにはならなかった。
それに気付いたのは魔王を倒した後だった。
いや、本当は薄々気付いてたんだが、認めるのが悔しくて……
そうさ。 女神様が己の力以上の能力を与えられないなら
そもそもそんな能力の人間を召還する事自体も不可能だったんだ。
だけど、それを口にしたら終わりだ。
だってバカ世界に行ってもバカになってない事を認めたら──
「最初からバカだったって意味じゃないか!」
バカにしやがって!
バカの大安売り