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女神のお願い

 気がついたら、見知らぬ場所にいた。

 白地に、ピンクで花の輪郭を描いた壁に、薄い桃色の絨毯、家具は全て淡いオレンジで、棚の上に置かれた白い花瓶には、ピンクの薔薇とカスミソウが生けてある。

 目の前には、ソファに座って優雅にお茶を飲む、見知らぬ女性。

 ウェーブしたふわふわの金の髪に、少し垂れ目の紫の瞳の、見知らぬ女性だ。


「……可愛らしい、部屋ですね」

「ふふ、ありがとう」


 会話のきっかけとして、とりあえずこの部屋を褒める事から始めようと口を開けば、すぐに嬉しそうな笑みと言葉が返ってきた。

 その笑顔はとても神々しく、女神の微笑みと言っても過言ではないだろう。


「ふふ、そうね。実際私、女神ですし」

「…………え?」


 な、何だろう?

 今何か、とても痛い言葉が聞こえた気がする。

 ……き、気のせい?


「あら、痛いとは失礼ね。正真正銘、私は女神なのよ? 女神ラクレシル、それが私の名前。よろしくね? 日比野草花(ひびのそうか)さん」


 女性はそう言ってテーブルにカップを置き、にっこりと笑みを深めた。

 ……ど、どうしよう、気のせいじゃなかった。

 自分を女神とか……この女性、痛い人だ。

 しかも初対面なのに何故か私の名前を知っている。

 痛い上に怪しい人だ。

 逃げなくては。


「まあ、酷い。痛い上に怪しいだなんて、随分な言われようね」

「えっ?」


 あ、あれ?

 私、声に出してないよね?

 心の中で思ってるだけだよね?

 それが何で……知られてるの?


「心の声くらい読めるわよ。女神だもの。信じて貰えないかしら? でないと話が進まないわ」

「え……」


 そ、そう言われても……自分を女神だなんて言う初対面の女性を信じるって、かなり勇気がいると思うけど……。

 確かに、思ってる事がわかるっていうのは、普通ではあり得ないけど……でも、ねえ……?


「う~ん、なら……ねぇ日比野草花さん? 私の背中に、何があるかしら?」

「え……コ、コスプレの、羽?」


 私が敢えて突っ込まず見てみぬ振りをしてたというのに、女性は自分から背中を指さし、問うてきた。

 仕方なく答えると、女性は眉を下げ、少し困ったように笑う。


「コスプレではなく、本物なのよ? ねぇ、私がこの羽で宙に浮かんで飛び回ったら、私が女神だと信じて貰えるかしら?」

「ええっ? そんな事できる、わ、け……」


 女性は私の返答を待たずに立ち上がると、トン、と床を蹴った。

 するとその体は宙に浮き、天井近くまで上がると、今度は羽をはためかせ、部屋の中をぐるりと一周飛び回って、元の場所へと着地する。

 私は目を大きく見開き、口をパクパクさせながらその様を見つめた。


「どう? これで信じて貰えるかしら?」

「……に、人間でないのは……わかりました……」

「そう……まあ、とりあえずは、それだけでもいいわ。なら本題に入るわね」

「ほ、本題?」

「ええ。……日比野草花さん、落ち着いて聞いてね? 貴女はつい先程、お亡くなりになりました。過労でぽっくり逝ってしまったのよ」

「へっ? か、過労で、ぽ、ぽっくり逝って……?」

「ブラック企業って怖いわね」

「……………………」

「そこで。そんな貴女に、次の生ではスローライフを用意したわ。私のお願いをひとつだけ聞いてくれたら、それをあげる。貴女、牧場経営ゲーム、好きだったでしょう? 私の加護で、それそのままの生活ができるわよ。難しい事は一切なし! 巨大作物も作れるし、鶏は愛情次第で金の卵を産むし、牛のミルクも最初から出るわよ!」

「えっ……!!」


 ぽっくり逝ったという衝撃の事実に沈んでいた私の顔が、女性の、次の言葉でキラキラと輝き出した。

 大好きだった牧場経営ゲーム、そのままの生活。

 それはつまり、牧場生活だけじゃなく、街にいるだろう婿候補との恋愛も楽しめるという事に他ならないはず……!!

 な、なんて魅力的な話……!!

 ……あ、でも、ちょっと待って?

 それを貰う条件とも言うべき、この女性のお願いって何だろう?

 それに、気になる点もいくつかある……。


「あら、気になる点って何かしら? 疑問点にはきちんと答えるわよ? 何でも聞いて頂戴」

「……そ、それじゃあ。……まず、貴女のお願いって何ですか?」

「あら、それから聞くの? わかったわ、ならまず、それから言うわね。けれどそれを話すには、まず私の守護する世界の事を少し、話さねばならないわ」


 女性はそう言うとソファに座り直し、背筋を真っ直ぐに伸ばした。

 その様を見て、私も姿勢を正す。


「私の守護する世界はね、ファクセリアというの。世界として構築されてから、ゆっくりと発展を遂げていって、今では人の国が三つ、獣人の国が一つできた他、定まった住居を持たない種族が点々と暮らすようになったわ。でもね、国ができて栄えた事によって、貧富の差が顕になって、犯罪が目立ってきたの。それでも犯罪は、各国の施政者達が懸命に取り締まりをしてくれているんだけれど……問題は貧困者達ね。口減らしと僅かな金銭を目的に、苦しみながらも子供を売る人々が出てきてしまって……」


 そこまで話すと、女性は一度言葉を切り、悲しげに目を伏せた。

 そして、息を大きく吐き出すと、再び目を開け、口を開く。


「そうして売られた子供達が、人買いに道々物のように扱われ、買われた先で酷い扱いをされるのが見えるのが辛いの。だからそれを無くす為に、貴女に貧困者の子供達を一手に買い取って欲しいの。貴女に買い取りの独占権を持たせるよう、各国の施政者達に神託を下すわ。皆私を深く信仰してくれているから、きっと聞いて貰えると思うの。売る事を禁止すれば、貧困者が困ってしまう。だから貴女が子供達を買って、ちゃんと人として見て、接して欲しい。それが、私のお願いよ」


 女性は真っ直ぐに私を見て、そう告げた。

 ……その考えは、間違っていないと思う。

 貧困者の事も、子供の事も考えて出した結論だろう。

 だけど。


「あの、いいですか? まず第一に、私に子供達を一手に買うような大金がありません。第二に、いくら牧場でも、そんなに大勢の子供を育てるのは不可能です。やり方はゲームそのままとはいっても、実際に牧場を営むのはゲームとは違うし、子供達に牧場仕事を手伝って貰うにしても、私も子供達も素人のようなもので、一気に畑も動物もって手をつける訳にはいきません。そうでしょう? なのに大勢の子供達を迎えたら、支出が収入を上回って、私が貧困者になります」

「あら……うぅん、そうねぇ。……仕方ないわ。なら、初めはほんの数人にしましょうか。残りの子達は神殿預かりにして貰うわ。それと、お金に関しては心配しないで。貴女の世界でいう、チート能力を授けるわ。お金をいくら使っても翌日には使う前の所持額に戻るチートをあげる。勿論、貴女の初期所持金額は大金でね? 日本でいうところの、百億円なんてどうかしら?」

「えっ!! ひゃ、百億円!?」

「ええ。ただこれには、子供達の為だけに使うっていう制限をかけさせて貰うけれどね? 牧場経営の為の道具や日々の生活費等は、ちゃんと稼いで頂戴ね?」

「……あ……。は、はい……」

「という事で、私のお願い、聞いて貰えるかしら?」

「あ、はい……あっ、でも! 慣れて手を広げられるまでは、本当に少人数にして下さいね!」

「ええ、わかったわ。では早速ファクセリア一の大国、エバーレシア神聖国王都の隣の山に牧場を作って、各国に神託をおろすわね」

「へっ? お、王都の隣に、山があるんですか?」

「ええ。王城の背後がその山なの。だから王城の後ろの守りは万全というわけね」

「な、なるほど……そういう考えのもとに、建てられたんですね、お城」


 でもそれなら、お城の背後の守りを担う、そんな場所に、私が子供達と住む牧場を作っていいんだろうか?


「あら、いいのよ。貴女は私の、女神の(しもべ)という立場になるのだから。さしずめ、神子ってところかしら? 信仰している女神の神子が王城の背後を守ってる山に住んだところで、問題はないでしょう?」

「……な、なるほど」

「さあそれじゃ、山に転移させるわね! 牧場生活、頑張って頂戴!」


 女性がそう言うと同時に私の体は光に包まれた。

 最後に『あ、牧場仕事は体力勝負でしょうから、貴女を十代中頃まで若返らせておくわね、大サービスよ!』という声が、聞こえた気がした。

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