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くま「お、お久しぶりです。いよいよ勘違い少女が悪魔を召喚してしまいます……嗚呼、憂鬱です……」
貴船「くまちゃん、元気出して」
くま「あなたがそれを言いますか……?」
「それで、このぬいぐるみ、どうするんです?」
貴船さんに訊ねると、彼女はどこからともなく裁ち鋏を取り出しました。夕日の赤にきらりと光るその刃が異様に不気味で、隣にいた冴木さん共々、思わずごくりと息を飲みました。
「刺すの」
貴船さんは静かに言いました。
「刺すの」
いやいや、二度も言わなくても。
「ん、大事なことだから二度言った」
「や、怖いからやめてって意味ですよ?」
っていうか……
「壊すの!? せっかく作ったのに。結構私、丹精込めて作ったんだけど」
「くまの、ぬいぐるみさんだもんねーっ」
冴木さんが茶々を入れてきます。
彼女の言うとおりです。私の渾名もくまだし、くまさんにはそれなりに思い入れがあります。くまさんに限らず、手芸をするときは一針入魂しているつもりです。というか、私がくまさん壊すとか、端から見たら何かおかしい事態じゃないですかね。ものすごい自虐というか。
私が視線を送っていると、貴船さんは無表情のままぐっと親指を突き出してぼそり。
「大丈夫。丹精込めたのは私たちも同じ」
「そーだぞーっ、くまちゃん!」
横から冴木さんが合いの手を入れます。
私は机の上に置かれた二人の"くまのぬいぐるみとおぼしきもの"をちらりと見やりました。──うん、はいまあ、ソウデスネ。
主に血涙を流す赤い目のくまさんから視線を剥がしつつ、私は溜め息をそっと吐きました。これ以上ぬいぐるみについて突っ込むのは私の精神衛生上よろしくないので、胆を据えることにします。
「仕方ない、ですよね。ここまで来たら、やるしかない」
「いよっ、それでこそくまちゃん! 漢だねぇ」
「私は女だよぉ……」
力なく突っ込みながら、私も裁ち鋏を手にし、ちらりと外を見ます。外にも中にも、幽霊とか妖怪的なものは影一つありません。ここまでやって大丈夫なら、きっと、大丈夫だよね。
願望半分でそう思うことにしました。 貴船さんの合図で手を思い切り振り上げ、裁ち鋏をくまさんの脳天に──
直視していられなくて、思わず目を瞑りました。
ぐしゃっ
数秒の間、沈黙がその場に流れ、漂います。
私も他の二人もちょっと動くのを躊躇っていました。
そのときです。
「あ、くまだ〜」
緊張感を台無しにする声がして、私はきつく瞑っていた目を開けました。
場の空気を見事に乱したのは、入口から入ってきた男の人。
「あ、名切先生だ」
「む、いいところだったのに」
冴木さんは緊張感なく、貴船さんは不服そうにそちらに目を向けます。その男の人は黒縁眼鏡の奥の瞳をきょとんと丸くしました。
シャツの第一ボタンを開け、緩くネクタイを締め、パーカーを羽織る、というラフな格好をしたこの人は、れっきとした先生です。うちの学校の男子は制服が学ランなので、ネクタイをする男子はいません。けれど、この先生は顔が若いせいもあって、生徒に間違われることがよくあるのだとか。
名切勇先生。手芸調理部の顧問の先生です。
「いいところ? 何かやってたの?」
「い、いえ! ななな何も」
バレバレなくらいに焦ってしまいましたが、先生はのんびりした声で「そっか〜」と納得してくれました。胸を撫で下ろします。そこで先生が実はぬいぐるみの破片を見つけてにやりとしていたなんて、私はそのとき知る由もありません。
「くまちゃんに用事〜。ちょっと借りるよ〜」
「先生、五分百円です」
さらりとお金を要求する強かな貴船さん。
「ちょっと!? 人をお金で貸し出さないでください」
「うーん、わかった。じゃ、二百円」
「先生、簡単にのらないでくれます?」
「やった、一儲け」
「人を金儲けに使わないでよぉぉぉっ」
私の突っ込みも虚しく、先生に引きずられるように廊下へと連れて行かれました。
はあっと溜め息を吐くと。
「呼んだのはお前か?」
知らない声が耳元でしました。声変わり前の男の子みたいな?
「名切先生、何か言いました?」
「んー、僕じゃないよ〜」
「俺だよ」
そこで、私と先生の間に割り込んできたのは。
黒いウェーブがかった髪、額には二本の山羊角、背中からはコウモリのような黒い翼を一対生やして、ぱたぱたと滞空している童顔少年。
…………えっと?
「どちら様ですか?」
「何だ。わかってなかったのか」
私が呆然と問いかけると、その子はやれやれといった調子でこう告げました。
「俺は悪魔だよ」




