さ
「……だぁかぁらぁ、やる気ないんなら、役降りてくれる? ここまでダメダメだとさすがに苛つくんですけど? 雪子先輩」
台本の読み合わせが始まって何日目か。とうとう伸也先輩がキレたようです。何日経っても赤根先輩が棒読みから変わらないことに相当キテるようです。まあ、最初は渋々で恥じらいがあった諫早くんですら、女の子にしか聞こえないくらいの演技をするようになったというのに、肝心のヒロインがいつまでも棒読みでは……ちらりと聞いた話ですが、そろそろステージ練習の時間も組まないといけないそうなので、伸也先輩のみならず、苛々している人もいるようですが。
いつもはさん付けの伸也先輩にわざとらしく先輩と呼ばれたことに肩をびくんとさせる赤根先輩。それをどこか心配そうに眺める呉服副部長。喧嘩になりそうな険悪な雰囲気、私でさえ不安になるのですから、二人と馴染みらしい呉服副部長が心配するのも無理はないでしょう。
その上、伸也先輩ばかりでなく、他の部員さんたちも、冷たい視線を赤根先輩に注いでいます。それを肌で感じているのでしょう。赤根先輩はびくびくしていました。
その様子が更にかちんと来たようで、伸也先輩が刺々しく言い放ちます。
「なんですか? 自分でやりたいって言ったくせに、物怖じしてんですか? いい加減にしてくださいよ。俺はともかく、あんたの気分で周りを振り回すな!」
「っ」
赤根先輩は今までにない伸也先輩からの厳しい声に、声にならない声を上げて、部屋から出ていってしまいました。呉服副部長が何か言いたげにしていましたが、やがて気を紛らすように衣装の仮縫いを進めました。
伸也先輩は深々と溜め息を吐きます。
「……ヒロインがいなくなってどうすんだよ……」
それは全くです。
「言い過ぎたんじゃないですか?」
「そうかねぇ。まあ、自分を省みるのは柄じゃないんで」
「こういうとき、追いかけるのが主人公ではなくって?」
呉服副部長の指摘に伸也先輩は口を尖らせます。
「俺、主人公って柄じゃないしー」
まあ、怒鳴った直後に追いかけても気まずいだけでしょうからね。……しかし、赤根先輩が伸也先輩に恋愛感情を抱いていることを鑑みると、この場面で追いかけたら間違いなく落ちますね。
伸也先輩は赤根先輩の恋心にはこれっぽっちも気づいていないようですが。
「なんでわかるんだ?」
今まで黙っていたくまくん登場。乙女の勘です。
「誰がおとっ」
「日隈さんってたまに拳掲げるよね。なんで?」
「蚊のドリンクバーになりたくないので」
「えっ、蚊ぁいるの? やだやだ」
「静かになさい」
ごめんなさい。コメディやってる場合じゃありませんでしたね。
呉服副部長に謝罪に頭を下げると、作業を進めなさいとのお言葉。演劇部の方は気になるようですが、そちらはそちら、こちらはこちら、と区別をつけることにしたようです。大人だなぁ。
「ああもう、渚、雪子さんとこの台詞読んでくれない?」
「私は手芸調理部であって演劇部ではありません。私も大根なのは伸也くんが一番ご存知でしょう」
「ちぇ、釣れないの」
伸也先輩は読み合わせを進めるためにヒロイン代行を探しているようです。大道具さんや照明さんはそれぞれ忙しそうにしていますから、手が足りないのです。手芸調理部とて、応援に来たのは呉服副部長、私を含めて五人ですから、決して手が足りているとは言えない状況です。
その上、呉服副部長がばっさり斬ります。
「赤根先輩を泣かせたのは貴方でしょう。自分でどうにかなさい」
「う、そう言われると、返す言葉がないけどー……」
気まずそうに伸也先輩は目線をさまよわせます。呉服副部長は何も言いませんが、手芸調理部の先輩方も少しそわそわしていました。仕方のないことです。目の前で修羅場が繰り広げられたのですから。
「そこのおさげちゃん」
伸也先輩が誰かに声をかけます。
「いや、おさげってお前しかいねぇだろ」
くまくんからツッコミが来て、ようやく気づきました。たぶん、びっくりした顔になりました。
そして、直後、更にびっくりした顔になりました。
「作業終わってるんだろ? こっち手伝ってよー」
確かに私は型を作るところまでがお仕事で、先輩方が「厄介事押し付けちゃったからね」と縫製の方は全部やってくれるそうですが。
「つまり?」
「ヒロイン役やって」
「ふぁっ!?」
「日隈さんならいいですよ」
「呉服副部長!?」
「じゃあ、よろしくー」
伸也先輩の爽やかスマイル。
じゃなくて。
え。
ええええええっ!?




